コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 〜第一章 愛一の求める四角形④〜 ( No.5 )
- 日時: 2015/09/21 21:16
- 名前: ストレージャ (ID: 5NmcvsDT)
■□■□■□HEART
これから電車が向かう場所、わたしたちたちを電車が運ぶ場所。どこへ行くのだ少年少女、決まって答えるいつものところ。一人の少女は耐えかねて、窓の外へと顔を出す。
——よいこのみんな、危ないのでやめましょう。
「三葉、危ないよ」
商五みたく、くだらない詩を詠みながら、乗り出す三葉を引き留めた。
商五はすやすやと眠っている。その寝顔には、一抹の闇も思わせぬ静かな光がある。
ただただ、気持ちよさそうに眠っていた。
ふと笑みがこぼれる。
商五が一瞬目を開けたので、ただ目線が通り過ぎただけだと言わんばかりに目線を逸らしたけど、もう一度見ると、商五はまた眠っていた。
またいつも通り、4人は集まる。
決まって、いつも遊びはトランプ。毎週土曜に集まって、試蔵創士のご指導の下で。
そして少し離れた町にすむ創士を迎えに行くために、私と三葉と商五の三人は、電車に揺られて時を待つ。
中途半端に都会な田舎というものは、通勤時間帯を除けば、列車に空きが多くて、今現在においても、向かいに座る中年のサラリーマンの溜め息が、車内に大きく聞こえる。
線路のほんのわずかな歪みに従って、車両は振動を覚え、耳の好む音の形にも、また従おうとする。
ところで、どうして離れた町の創士と私たちが友達で、毎週会っているのかというと。
それは、簡単にいってしまえば、ごく簡単な話。
もともとわたしたちと同じ中学だった創士が、去年の秋に引っ越して、転校した。
創士のご両親は転勤が多くて、創士は「一つの土地に留まりたい」って頼んだらしくって、創士はお祖母ちゃんの家がある町、つまりわたしたちの町に住んでいた。
ところが、昨年お祖母ちゃんが亡くなったために、ご両親の住んでいるところへ引っ越した。
引っ越したものの、現在創士の済んでいるところと、わたしたちの町とは、決して会えない距離ではない。
長い馴染みのわたしたちは、暇な中学生同士、毎週土曜日の午後に会うのが、通例となっている。
これまで、一度として、欠かしたことはない。
同じ学校にいない寂しさはあるけど、もう会えない寂しさはないんじゃないかな、とわたしは思っている。
「次は、蘇我、蘇我。お出口は右側です。京葉線お乗換えの……」
車掌さんの気の抜けるようなアナウンスを最後まで聞かずに、三葉は扉の外へと駆け出した。跳ねる三葉の髪が、さらに風になびいた。
商五は、まだどこか眠たそうに、ポケットに手を突っ込んだまま、だらだらと歩いた。
向こうから、肩の少し上ほどに中途半端に手を上げた人が、早足に近づいてくる。
身長は三葉より少し高く、だいたい学校の机の色くらいにほどよく日焼けした肌の中に、真っ白い歯を光らせている。
彼とすれ違った一人の男性が、舌打ちをこぼしていく。
笑顔を崩さないまま、少年は徐々に距離を縮めていく。
私たちも歩き出し、速度が上がる。
「こんにちは。久しぶりだね」
創士がはにかむと、三葉がすぐさま答えた。
「久しぶりって、たった一週間ぶりでしょ?」
どこか嬉しそうな口調は、なぜか微笑ましくて、いつもクールな三葉とはまた別人のような気がする。
たかが一週間、だけど三葉にとっては長い時間、なんだと思う。
愛一に短し三葉に長しってやつだ。
「なにニヤニヤしてんだ、愛一」
「なっ、なんでもないし!」
うまいこといったなんて思ってないし。三葉はともかく商五なんかに心を読まれては困る。
「じゃ、行こっか」
昼下がりの太陽は、創士の黒い短髪に、より一層輝きを与える。その、綺麗に整った顔立ちは、また太陽の如く、輝いていた。
四人が揃うともう一度、電車に乗り込み、地元に戻る。
わたしたちがわざわざ電車に乗ったのも、迎えに来ただけで、別に迎えに来る必要もないのだけれど、せっかくだから、迎えに行くことになっている。
静寂が車内に広がっていく。
同車両に乗っているのは、わたしたち四人と、すやすやと眠る優しそうな一人の老人と、それからヘッドフォンの奏でるリズムを肩で刻む若い男性のみ。
誰も喋ろうとしないのは、話題がないのか、後のためにとっておいているのか、それは分からないけれど、それは心地よい静寂だった。
わたしは、頭の中で流れる曲のリズムに合わせて足をぶらぶらさせていた。
商五は何をするでもなく、ただぼうっと外を眺めている。
商五の目線の先を何気なしに眺めた。
幾重にも連なる、四角く縁取られた世界は、記憶の奥底にある画像と、ほとんど変わっていない。
だんだんと建物が減り、緑は増え、人は減る。
この緑が広がり、多くの田畑を山が囲むこの景色を、わたしは深く知っている。
わたしは、この景色が嫌いじゃない。
田舎育ちは都会に憧れるものだというけれど、わたしはそうでもなくて、一度東京に行ったときに、失敗した経験があってか、どうも都会は苦手だ。
——失敗については、恥ずかしいので、も……もく秘権を行使。
駅に着き歩くこと数分。いつも遊ぶ場所にたどり着いた。
表札には、「試蔵」の字。いつもわたしたちは創士の家で遊んでいる。
厳密には、創士の亡くなった祖母の家。高齢だったが、その家の造りは最先端とまではいかないまでも新しかった。
対照的に商五の家は、畳や襖が心を落ち着けてくれる、やや古風、和風な雰囲気を持っている。
かちゃかちゃと、上下二つの鍵はごく一時的に役割から放たれ、家屋が一週間ぶりの外の空気を吸い込むのに十分なほどの口を開ける。
「おじゃまします」
創士に続いて、
「おじゃまします」
三人は言った。
リビングのドアが開けられて、良い匂いが心を落ち着ける。
いつもの通りに、皆で窓を開けて、それからお菓子やジュースを分けていく。創士の好きなごまスティックとポテチの入った大きな皿をテーブルの上に置き、ファンタのペットボトルでコーナーを飾ったところで、三葉を除いて、皆一気にくつろいだ。
商五は三枚ほどポテチを食べると、
「じゃ、やりますか!」
と楽しそうに言った。何をやるかと言えば。
「創士、今日は何をやるの?」
「大富豪」
大富豪なのか大貧民なのか、呼び名は地域によって異なるこの遊びだけれど、この界隈では大富豪。即ちわたしたちは大富豪と呼称する。
「じゃーんけーん」「ぽん」
三葉から反時計回り。
ルールは簡単。自分の番が来たら、今出ているカードよりも強いカード、基本的には数の大きいカードを、重ねて出すことができる。出せない場合、出したくない場合はパスする。自分がカードを出して、他の全員がパスしたら、今出ているカードを流し、自分の好きなカードを出してまた回る。この単純作業の繰り返し。カードが最初に無くなった人が勝ち。
しかしながらこのゲーム、単純なくせに戦術がなかなか奥深い。
「4が三枚、それ以上いるか?」
あとの三人は首を振り、自分がカードを出せないことを示す。
「9。上がり—」
真っ先に商五が上がる。ジョーカーからの三枚同時出しはなかなか上手かった。
「こうなったらこの戦術かな」
得意げな顔をした三葉は、持ちうる最強のカードである、2と書かれたカードを出し、ささっと束を流し、8を放った。創士との戦術勝負に勝った三葉が上がった。
悔しそうな顔をしながら、創士がクラブのクィーンを置く。
そして訪れる、一瞬の沈黙。
四人のうち三人のカードが無くなり、自動的に四位が決定する。
レーシングゲームの十二位と同じ原理だ。
「また大貧民だし!」
再びデッキはシャッフルされる。
どうしてついているのか、部屋の隅の扇風機に煽られて、何枚かのカードがひっくり返った。
「ほら。一番強いのよこせ、大貧民」
一番弱くて頭の回らないわたしから、またカードを強奪する商五。
しぶしぶスペードの2を渡して、ハートの3を受け取った。
——中世の大貧民たちの気持ちが、だんだんわかってきた気がする。こうして,だんだんと不平等な世界はつくられていくのだ。
でもやっぱり、中世ヨーロッパの歴史は苦手です。全く、記憶に、ございません。
「愛一はどの時代の歴史も苦手でしょ」
三葉が優しく哀れむように言った。
「またそうやって心読むし。相変わらずメンタリズミカルだよね」
「何それ……」
創士に苦笑いされた。商五もニヤニヤしているところを見ると、皆に心を読まれているみたいだった。
恥ずかしいけれど、これじゃトランプも勝てっこない。
「ね、ねぇ、お菓子、食べない?」
「既に、食べながらトランプは実行中だ。逃げる理由にはならん。逃亡は甘えだ! 恥を知れ!」
わたしの浅はかな逃避は、もう見え見えだった。