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〜第一章 愛一の求める四角形⑤〜 ( No.6 )
日時: 2015/09/18 21:44
名前: ストレージャ (ID: 5NmcvsDT)

■□■□■□SPADE



「もうそろそろお開きにしようか」
 僕が言うと、三人は同時に時計に目を動かし、首肯した。
 散らかったゴミを回収し、トランプを集めて箱に入れる。
そして毎回、忘れ物をしそうになる愛一に、三葉が声をかける。
最後に商五が、床に転がった愛一の私物を見つけ、三人でバカにする。いつもの、いつも通り。
 
鍵を外し、ドアを開けると、少し眩しいのか、三葉は手で目を覆う。そのポーズはとてもクールで、さながら映画のワンシーンのようだ。
 それもいつも通りで、これが、六日置きの、僕の日常。
 いつも一緒に三葉の家を出て、駅まで並んで歩いていく。




 でも僕は今日、非常にもそんな『いつも』を壊しに来たのだ。

「三葉と愛一は、ちょっと先に行っててくれないかな。 少し商五に話があるから」
「なになに、何の話? 恋話かな〜?」
 冷やかす愛一を尻目に、三葉はそそくさと出ていった。
 愛一も、早く来てねと一言だけ言うと出ていった。近くの木陰に腰掛ける。


「で、何だ。話って。まさか本当に恋話じゃあないだろうな」
「そのまさか、って言いたいところだけど、そんなに軽い話じゃないんだよ、これが」
 商五は不思議そうに僕の顔を見る。
「どうした、言ってみろよ」
「それがさ……」
 言い淀みながらも、口を開こうとする。口は上手く動かない。
 あんなにシュミレーションしたはずなのに、上下の唇は手を取り合うように、脳の命令に抗う。

「ちょっと待て」
 商五はちょいちょいと手招きする。体を少し傾けてみると、木に隠れ損ねたのか、そこには一つの人影。
「盗み聞きは良くないって幼稚園で教わらなかったか?」
 愛一が、小さくなって座っていた。
「わたし幼稚園行ってないし」
「そういう問題じゃねえよ……じゃあ、小学校」
「聞き取りテストの練習はした記憶があるけど」
「これ、状況的に俺はからかわれてるんだろうか? それとも愛一の本気の回答を聞かされているのか?」
「どちらとも言うだろうね」
 僕はトーンを高くして呟き、一歩前に出る。


 道端に、綺麗な花が三輪、左右に揺れながら、太陽の光の一部を反射しているのが、ふいに目に留まる。その隣、誰かに踏まれた雑草は、その美しい花を、羨ましそうに眺めている。

 これでいい。これでいいんだ。

 僕が今度は、今よりもずっと遠くに引っ越すだなんて、言わなくたっていい。

 だから。
「商五、やっぱりいいや。忘れてくれ」
「…………そうか」
 商五なら、声や表情から、違和感を感じ取っただろうけど、深く言及してこなかった。 やっぱりバカみたいに最高だよ、こいつら。


 そして愛一は数歩駆け出してから振り返った。
 今まで何度聞いただろうか、その言葉を口にする。


「じゃ、行こっか」
 僕たちよりもずっと前、小さな、とても小さな三葉の姿は、闇の中に溶けていく。
 そして僕たちも、溶けていく。