コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re:   聖愛戦争。 <Chapter 1 更新中> ( No.21 )
日時: 2015/09/26 10:41
名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: HTruCSoB)




 僕が腹痛に襲われ始めたのは、ボンゴレを平らげコーラを四杯飲み終えたころだった。緊張と苦手なあさりと冷たいコーラのせいだ。最初は、時間が経てば治るかもなどと根拠のない可能性に賭けていたが、そうしている間にも痛みはどんどんひどくなっていく。ああ、腹が痛い。僕は必死で便意を堪えていたが、周期的に、しかも頻繁に耐え難いほどの便意がやってくる。便意がやって来る。僕は限界を感じて、最悪の事態を招く前に部長に耳打ちした。

「ちょっとトイレ行ってくる」

 僕はそろりと椅子から立ち上がり、忍者のようなすり足でトイレを目指す。「大丈夫?」と心配してくれる女子の声は、「何だ、腹痛かー?」という速水の笑い声に打ち消された。


 トイレでおよそ五分間の死闘を繰り広げた後、僕は平静を装って席に戻った。夕飯時ということもあってか、店内は家族連れで満席になっている。戻ったら速水に弄り倒されるのだろうと覚悟していたのに、奴の姿はなかった。ついでに速水の正面に座っていた三木さんもいない。二人ともトイレに行ったのだろうか。

「こっちの二人は?」
 僕は二人が座っていた席を指差して部長に尋ねる。

「あ、帰ったよ。一緒に」
「帰った?」

 意味をよく飲み込めていない僕に対して、女子二人が補足をしてくれる。
「愛が、門限あるからそろそろ帰らなきゃいけないって」
「そんで速水くんが、愛一人じゃ危ないからって言って、駅まで送っていってくれたんだよー!」

 僕は何とも言えない胸のざわめきを感じた。速水の奴、抜け駆けだと!? しかも僕が腹痛でトイレに行っている間に!


 それから三十分ほど四人で飲み食いとお喋りをしてから、合コンはお開きとなった。早川さんと茶髪の五十嵐さんは電車で帰るというので、駅で彼女たちと別れた後、僕は部長と二人で帰ることになった。僕は心なしか活力を失い、部長に文化祭云々の話題を振られても空返事だった。

「もしかして、三木さんのこと狙ってた?」
 玄関を開けたら時速百八十キロの剛速球が飛んできたみたいに、僕は恐れおののいた。心の中を覗かれている気がした。

「だ、断じてそんなんじゃないっ」
 ふうん、と部長は興味なさそうに返事をした。もう空は暗く、きらめく星もあまり見えない。ああ、僕は全然駄目だ。腹は壊すし、気になる女子に声を掛けることすら出来ないなんて。

「それにしても『お持ち帰り』とはやるなあ、速水……」

 ふと、部長が感心したように言う。ただ駅まで一緒に帰っただけで、お持ち帰りだなんていかがわしい言い方だと思ったが、同時に二人きりになった速水と三木さんのやり取りを想像して勝手に赤面した。
 くそう、これじゃあ速水だけ良いとこ取りじゃないか。

Re:   聖愛戦争。 <Chapter 1 更新中> ( No.22 )
日時: 2015/09/25 18:01
名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: HTruCSoB)




 ファミレスを出た私は、片側二車線道路の脇の歩道を歩いていた。隣には速水くんがいる。
 彼には送ってもらうなんて悪いと何度も言ったのだが、マリナや聡美が折角なんだから送ってもらいなよーと囃すので、結局断りきれなかった。

 既に陽は落ちていて、漆黒の闇が空を覆っている。灰色の重たい雲に隠れて、星はあまり見えない。
 まさか二人きりになるなんて。こんな時は、わざわざごめんねくらい言わないといけないのだろうが、どうも話しかける勇気がない。駅まで送ってくれるという時点で、少なくとも彼は私に悪い印象を持ってはいないようだったけど、それで余計気恥ずかしい気持ちが募った。

 人通りはそれほど多くなかった。前方に部活帰りと思しき中学生三人組が見えるだけで、車道も時折車が横を通り過ぎていくくらいだ。じっと耳を澄ませば、速水くんの息遣いまで聞こえてきそう。私の人生で、息をするのにも気を遣う瞬間がやってくるなんて。

「ちょっと寒いね」
「うん。もう十月だもんね」
 二人になった途端、会話は物足りないものとなる。こういう時って、何を話せばいいのだろう。話題話題話題……。駄目だ。何も思い浮かばない。

 肌寒い風が吹く。速水くんはジーンズのポケットに両手を突っ込んだ。ファミレスではずっと座っていたからよく分からなかったけど、今こうして道路側を歩く彼は背が高いのだと気付いた。

「三木さんてさ、」
 ファミレスを出て五十メートルほど行ったところで、彼が口を開いた。
「なんつーか、最初落ち着いた感じなのかと思ってたけど意外と人見知りなんだなって」

「そ、そうだねー」
 私はとりあえずへらっと笑ってみせる。何だ、人見知りと思われているのか、よかった。そう思われている方が気が楽だ。実は男子慣れしてなくてあたふたしてただけなんて、口が裂けても言えなかった。

「本当に? よかった」
 彼がくしゃりと笑う。私はうんうん、と大げさに相槌を打った。

「じゃあメルアド教えて」
「え?」
「駄目?」
 駄目という理由は見つからない。この人は私に気があるのだろうか。鼓動が速くなっていくのが分かる。この音、速水くんにも聞かれているかもしれない。

「駄目、じゃないよ」

 彼は気持ちよく笑い、「よっしゃー」と呟く。よっしゃー、だって。私のメールアドレスにそこまでの価値があるのだろうかと少し不安になったけど、彼につられて私も笑った。

 鞄から携帯を取り出す。鼓動は益々速くなっていく。だって、今まで男子と話すことすらまともになかったのに、急に進展しすぎというか。しかもこんなキラキラした人。脳みその許容量が追いつきそうにない。途中のステップを踏まずにホップしていきなりジャンプしたみたい。しかも高層ビルの屋上から。

 携帯を持つ手が震える。こうして恋愛は始まっていくのだろうか。


<Chapter 1 完>