コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 旅館『環』においでませ! ( No.7 )
日時: 2016/01/01 22:32
名前: 夕陽 (ID: rBo/LDwv)

更新遅くなってすみません……。

     *     *     *

百人一首2

 神社の境内に着くと、そこには既にブルーシートはひいてあり、後は札を並べるだけであった。
というか、この神社で祀られてるのって、稲荷さんのことだったんだ……。
先導して私の前を歩く稲荷さんを一瞥して、私は思わず息をのむ。

 この月黒稲荷神社は、『環』のすぐ近くにあることもあり、幼いときからしょっちゅう遊びに来ていた場所だ。
高校に上がったころには、初詣の時期くらいしか行かなかったけれど、なんとなく思い入れのある場所である。

 その神社の主と、実際に会って話しているだなんて、なんだか不思議な気分。
そんなことを考えながら、私達は紅葉たちのいる賽銭箱の前に行き、手分けをして札を並べると、円の形に座った。

 そこで私はふと気付く。

——つるさん、どうやって札をめくるんだ……?

 読むのはいいが、読んだ札をめくり次の札に進むのは手がないつるさんには不可能だろう。

「大丈夫だよ、僕が彼の助手を見つけたから」

 私の考えを読んだように稲荷さんが言う。
 稲荷さんが、懐から笛を出しそれを吹くと……、

「可愛い!」

 私は思わず声をあげる。
なぜなら木の陰から小さな狐が現れたからだ。
子狐は一直線に稲荷さんに駆け寄る。
その子狐に稲荷さんが簡単にやってほしいことを伝えると子狐は頷いてつるさんのそばに行った。
子狐はつるさんに向かって一生懸命何かを伝えるように鳴いた。
私にはよくわからなかったがつるさんには分かったらしい。

「そうなの〜。じゃあよろしくね〜」

 とにこにこしながら言った。

「祭! 早く席についてほしいのだ! 我は早く始めたくてウズウズしているのじゃ!」

 紅葉に急かされて私は自分の席についた。

「それじゃ、早速始めるわよ〜」

 不気味にウインクをしてそう言ったつるさんは、すぐ脇で子狐が銜え上げた読み札を覗き込むと、ゆっくりと口を開いた。

「ほ——」

 つるさんが最初の言葉を読んだ瞬間、すぱんっ!と乾いた音が響いて、雪ちゃんが札を取った。

 取った札は「ただありあけの つきそのこれる」
多分合っているだろう。
私が高校の時、百人一首大会があった。
その時色々覚えたのだ。
流石に全部は覚えてないが1字決まりと6字決まりは覚えている。

 そしてほではじまるのは「ほととぎす 鳴きつるかたを ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる」のみ。

「ほととぎす 鳴きつるかたを ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる」

 つるさんは私が思ったのと全く同じ和歌を読む。

「雪ちゃん強いね」
「小娘の癖になかなかやるな」

 私は思わず感心してしまう。
 十六夜もこの速さは意外だったようで驚いていた。
 雪ちゃんは、

「そ、そんなことないです……」

 と恥ずかしそうに下を向いてしまった。
白い肌なので一層紅に染まった頬が際立つ。

「まあ雪はあまり外で遊ぶのが好きではないからね。よく百人一首とかあやとりとかしてたんだよ。この中じゃあ、一番手慣れているかもしれないね」

 稲荷さんは私にそう教えてくれた。
確かに雪ちゃんは、外より中で遊ぶのが好きそうだ。

 すると、雪ちゃんの横で今まで大人しくしていた紅葉が、突然ばっと立ち上がった。
そして、楽しげに十六夜の元に駆け寄ると、私のほうを見て言う。

「あのな、あのな。確かに雪は強いがのう、一番は十六夜殿じゃぞ。確か、60年くらい前だったか……雪はまだおらんかったが、撫子と百人一首をしたとき、十六夜殿は目にもとまらぬ速さで、ほとんどの札を取ってしもうたのじゃ。我ははっきり、この目で見て覚えておる……! なあ、十六夜殿?」
「ああ?」

 黒目がちの瞳をきらめかせて言う紅葉を、気だるげに横たわっていた十六夜が、ぎろりと睨む。
しかし、そんな鋭い視線はなんのその。
紅葉は、十六夜のボロ雑巾のような着物の裾を掴むと、ぐいぐいと引っ張った。

「のうのう、十六夜殿。また見たいのじゃ、すぱーん!ってとるやつ。やってくれんかのう」
「てめえはいっつもうるせえんだよ。めんどくせえ、こんな茶番、俺が付き合うわけねえだろ」
「おお! まさに、能ある鷹は爪を隠すと。そういうことか?」
「……お前、頭わいてんのか?」

 全く会話のかみ合わない二人。
会った時から思っていたけど、紅葉ってやたらと十六夜のことを買い被っている節があるみたい。
十六夜は、最初からどう見てもやる気0だったし、何度も暴言を吐いているのに、紅葉は面白いくらいそれを良い方向に受け取っている。
一体、紅葉と十六夜ってどんな関係なんだろう。

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を、呆れたように眺めていると、不意に、十六夜が紅葉を思いっきり腕で振り払った。
小さな紅葉は、簡単に吹っ飛んで、ぼすんと地面に尻もちをつく。

「俺は寝る。やりたいならお前一人でやってろ!」

 年甲斐もなく怒鳴って、十六夜はふん、と鼻を鳴らす。
その様子に、流石に心配になって、私は紅葉のほうに視線をやった。
だが、どうやらその心配は無用だったようで、紅葉はうっとりとした表情で立ちあがった。

「な、なんと……! 十六夜殿、出番を我に譲ってくれるのか!?」
「…………」

 紅葉の言葉に、思わず絶句する。
彼女の思考回路は、一体どうなっているのだろうか。

 十六夜はもう諦めたのか、一つ舌打ちをして、それ以上は何も言わなかった。
しかし、その時ふと、私はおばあちゃんの言葉を思い出した。

——あなたには紅葉のご機嫌取りをしてほしいのです

 そうだ、なんだか色々起こりすぎて忘れていたけど、私は紅葉の機嫌を良くするために、今ここにいるのだ。
旅館『環』を経営難から救うため。
これからも学費を実家に払ってもらうため……!

 私は、意を決して十六夜を見ると、なるべく可愛い声を努めて出した。

「い、十六夜さぁん。私も貴方のかっこいいところ、見たいなぁ……なんて」

 詳しいことは分からないが、十六夜が百人一首に参加したら、紅葉は喜ぶこと間違いなしだ。
そうしたら旅館も黒字、万事解決である。