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- Re: 旅館『環』においでませ! ( No.8 )
- 日時: 2016/01/17 12:35
- 名前: 夕陽 (ID: rBo/LDwv)
百人一首3
飛躍しているものの、完璧な計画を瞬時に頭の中で練り上げる。
だが、その計画を一瞬で破壊するような冷たい声で、十六夜が言った。
「は? 人間は引っ込んでろ、ブス」
「!?」
私は、身を乗り出して言い返そうとして、でも良い反論が思いつかず、口をぱくぱくと動かしたまま硬直した。
ブスって言った……この人!? じゃなくて貧乏神!
とんでもないクソ神である。
人間とはいえ初対面の女性にブスだなんて。
大体、十六夜だって頭ぼさぼさだしガリガリだし、十分不細工である。
私は、こみ上げてくる怒りを胸に留めながら、深呼吸して身を戻した。
こういうときは、感情的になった方が負けだ。
冷静に、冷静に。
そう自分に言い聞かせて、私は再び十六夜を見やると、すっと目を細めた。
「……そんなこと言って、本当は百人一首、全然できないんじゃないの?」
「……なんだと?」
ぎろりと睨んできた十六夜の圧に押されつつ、私は心の中でガッツポーズをする。
こいつ、挑発には乗るタイプとみた。
「……だってそうでしょ? お願いしてるのにやってくれないんなんて。やらないんじゃなくて、やれないとしか思えないもの。60年前はどうだったのか知らないけど、もう百人一首なんて忘れちゃったでしょ!」
びしっと十六夜を指さして、明言する。
その光景に、紅葉と雪はあわあわと慌てた様子だったが、つるさんと稲荷さんは何やら可笑しそうにぷっと吹きだした。
なにか変なこと言っただろうか、私。
十六夜は、怒り心頭といった顔でこめかみに筋を浮かべると、勢いよく立ち上がった。
「なんだと!? 小娘の分際で! ごちゃごちゃほざいてると、てめえの財布の中身すっからかんにするぞ!」
大学生にとっては痛い一言だったが、それでも私は、負けじと十六夜を睨み返す。
「は、はあ!? なによそれ、脅しのつもり!? 言っておきますけど、私のお財布、今220円しか入ってないんだからね。そんなこと言われても、ちょっとしか痛くありませんー!」
「はっ、だからなんだ、小娘がいきがりやがって!」
「そっちこそ、貧乏神とはいえ、神様ならもっと神様らしくしたらどうなの!?」
売り言葉に買い言葉。
百人一首のことなどすっかり忘れて、私と十六夜は喚きながら言い争った。
他の面々は、しばらく面白可笑しそうにその様子をながめていたが、やがて、私と十六夜の息が切れ始めると、ぱんぱん、と稲荷さんが手を叩いて、静止をかけた。
「はいはい、もう喧嘩は終わり。折角百人一首をしてるんだから、早く続きをしよう」
「そうそう、私も賛成。次いってもいいかしら〜?」
次いで、つるさんも会話がひと段落したのを見計らって声をかけてくれる。
私は、その2人の声ではっと我に返ると、一度十六夜を見てから、おとなしく席に戻った。
なんというか、十六夜を挑発しようとしただけなのに、まさか自分の方が感情的になってしまうなんて。
地味に恥ずかしい。
いたたまれなくて、縮こまったまま黙っていると、紅葉がくすくすと笑った。
「なんじゃなんじゃ、祭。十六夜殿と仲良しじゃのう」
「ど、どこをどう勘違いしたらそうなるのよ……」
すでに疲れ果てて、恨めし気に紅葉を見ると、紅葉は更に微笑んだ。
「ふふ、まあよい。さあ、早く続きをやるのじゃ!」
その紅葉の一言で百人一首が再開する。
そのとき私は、十六夜がぎらぎらと目を光らせ、腕まくりをしたことに気づかなかった。
* * *
「楽しかったのじゃ!」
夕焼け空の下、紅葉は嬉しそうに言った。
結局あのあと、剥きになった十六夜が大健闘し、沢山の札があっという間に彼の手に渡った。
もちろん、雪ちゃんの強さも本物だったので、十六夜が一方的に札を取れていたわけではなかったのだが、それでも枚数は、年配者の意地か、十六夜が1枚差で勝っていた。
「ふん、みたか、小娘」
「あー、はいはい、すみませんでした」
得意げにそう言ってきた十六夜に、私は適当に返事をする。
けれど、実を言うと、雪ちゃんと十六夜の強さを侮っていた。
私も、本気ではなかったとはいえ、流石に2枚しか取れなかったのは悔しい。
ちなみに、紅葉や稲荷さんも2,3枚しか取れていない。
「十六夜さん、本当に強いですね……」
同じく、ちょっと悔しそうに雪ちゃんが言う。
彼女の場合、百人一首やカルタは得意なようだし、負けて悔しいのだろう。
十六夜は、いつまでも自慢げな表情だ。
「あー! 片づけをして旅館に戻りたいのじゃ! やっぱり夏は暑いのう……」
満足げだが、ちょっとぐったりしている紅葉。
だけど、こっちの暑さはまだましだと思う。
都会の方はもっと暑いよ……。
しかし、水分を取らず1時間近く外にいたので喉が渇いた。
私達は急いで片づけをしてそれぞれの場所に戻った。
* * *
「あら、祭。おかえりなさい〜」
笑顔で迎えてくれたのはお母さん。
いつも笑顔だが今日は一番機嫌がいいときの笑顔だ。
何かいいことでもあったのだろうか?
「祭、あなたも手伝って頂戴。お客様から予約が入りましたが、食材が足りないのです」
立ち話をしている時におばあちゃんが通りかかった。
お母さんが機嫌がいいのはこれが原因か。
たまにホテルを予約し忘れて困った方が環で泊まることがある。
今日もその類だろう。
「はい、分かりました」
近くのスーパーは自転車で20分ほどだ。
私が自転車の鍵を取るため自分の部屋に上がろうとした時、ばたばたっと軽い足音が聞こえて、私は顔を上げた。
その一瞬、廊下の曲がり角に、翻った赤が見える。
紅葉の着物の裾だ。
旅館には私やおばあちゃん以外にも人がいるのに、あんな騒がしい帰還の仕方で大丈夫なんだろうか。
そう思って眉をひそめていると、不意に、誰かが私の近くに寄ってきた。
「紅葉の機嫌取りありがとうございます」
耳元でささやかれたおばあちゃんの言葉。
「珍しく紅葉の着物が鮮明な赤です。紅葉の着物は機嫌によって鮮明さが変わるのですよ」
確かに最初に会ったときは赤と言っても丹色だった。
でも、今玄関でお母さんに今日あったことを話す紅葉の着物の色はスカーレットだ。
気付かなかったということは徐々に変化していたのだろう。
私は、紅葉が嬉しそうなことにほっとしつつ自分の部屋に向かった。