コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- ◆◆小黒前子に告白されまして ( No.0 )
- 日時: 2015/10/21 20:58
- 名前: OL (ID: WoqS4kcI)
小黒前子に告白されまして
その恋を応援することになりまして。
*
『 ずっと前から好きでした。付き合ってください。
放課後、第2特活室で待っています。 小黒前子(おぐろまえこ) 』
俗に言うラブレターというやつに有りがちなそんな文面に、心拍数を驚くほどに高まらせていたのは、この僕——田中タケルだ。今朝、下駄箱の中へ置いてあったそれを見つけた途端、鼻血でも吹き出しそうになって、急いでトイレへ駆け込んだ。
授業中も手紙のことが気になって気になって、上の空になっている僕を、隣の席のバンチョーにからかわれてしまったほどだった。
だって、仕方ないだろう。
僕は今まで誰かとお付き合いなんてしたことないし、ましてや、女の子に告白なんてされたことがない。
そしてなにより、手紙の差出人が、僕が長年憧れていた小黒さんだったのだから。
小黒前子。
僕は、手紙の最後に記されていた名前を、なんどもなんども指でなぞっていた。
小黒さんは、僕の幼馴染だ。ただの幼馴染ではない。住んでいるマンションの隣の部屋同士なのだ。
ただし幼馴染と言っても、僕は小黒さんのことをほとんど知らない。
親同士が昔から不仲で小さなころから一緒に遊ぶことはなかったし、小学校へ上がっても6年間クラスが同じになったこともなかった。そして中学に上がってもそれは変わらず、中2になった今も小黒さんと口をきいたことは殆どなかった。
彼女について知っていることも少ない。
ただ毎日、夕方すぎから夜にかけて、ピアノの音が小黒さんの家から聴こえてくることは知っていた。恐らく小黒さんが弾いているのだと思う。小学生のころから、学年全体で行われる合唱大会のピアノ伴奏を担当していたのは小黒さんだったし、卒業式で歌う曲のピアノ伴奏も小黒さんだったから。
小黒さんが奏でるその美しい旋律に、僕は心をときめかせていた。
別段お金持ちの住むようなマンションでもないし、小学生から公立の学校へ通っている僕らは、至って平凡な中学生だ。けれど時々道なんかですれ違う小黒さんのその姿は、平凡な連中の中でもとりわけて優雅だし、可憐に見えた。艶やかになびく黒くて長い髪が、どこか良いところのお嬢様風だ。色白で小柄な体型、可愛いらしいとは言い難いけれど、美しくて切れ長のクールな瞳。すっとしている鼻。そして血色の良い小さな唇。どうしてこんなに綺麗な人が、僕なんかが住んでいるマンションにいるのか不思議なくらいだった。
あまり言葉を交わしたことのなかった僕らだけど、印象的だったのは、去年の運動会の前日。放課後の廊下ですれ違い際に「あんたのクラスには負けないから」と小さな声で宣言されたことが1度だけあった。僕はなにかの聞き間違いかと思って、え? と小黒さんを振り返ったけれど、彼女は機械みたいにずんずん僕から離れていく一方で、結局どうしてあんなことを言われたのかその意味を知ることはできなかったのだ。
僕はそれをきっかけに、もっともっと、小黒さんを知りたくなった。
話してみたい。話が聞きたい。小黒さんを見ていたい。小黒さんに見てもらいたい。優しくしたい。優しくされたい。
一緒に登下校したい。デートしたい。できればキスをしたい。1つになりたいよ。ああ、だめだ、妄想が止まらなくなってくる。
鏡を見なくても顔が真っ赤になっているのが分かるくらいに体温を上昇させている僕は、放課後、4時20分——指定された第2特活室の前で、手紙を握り締めながら深呼吸を繰り返していた。
その先に待ち伏せているのが、悪魔だと知らずに。