コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: となりの魔王さま ( No.5 )
- 日時: 2015/10/30 18:01
- 名前: ・スN・ス・ス・ス[・スv (ID: 5kDSbOyc)
その3 魔王とそば
菓子折りの中身はお饅頭だった。
文字なのか文様なのかくねった線が押されている。
「おまんじゅう」
台所で誰となしにつぶやく。
にしても、純洋風の魔王が純和風の菓子折りを持ってくるとは。
なにか、私の中で魔王がゲシュタルト崩壊していく。
「あらあ、おいしそうね」
母が入ってきた。時刻は間もなく4時、夕飯を作るのだろう。我が家の夕飯は早めなのである。
最近の夕食にはもっぱらツナが入っている。
カレーにツナ、サラダにツナ。ご飯に、煮物に、お味噌汁にもツナ。マグロのサラダにツナなんていう強行もあった。
なんてことはない、母がツナ缶を買いすぎたのだ。それも十五缶。
なんでもお徳だったのだというが、量が量なのでプラマイゼロどころかプラスではないかと思う。
呆れる私をよそに、母は同じくお徳用で買ったそばを取りだし始めた。
おい季節感。
母よ、今は冬の入り目だぞ。
———と、思ったのもつかの間、母はそのそばを袋に入れ始めた。
「・・・な」
「ああ、ちょうどよかったわ、」
「ねえその先は私聞かな」
「ユミ、」
「あー、あー」
抵抗するも無残。
耳を塞ぐ手の隙間から聞こえたのは、にっこり笑う母の声。
———魔王さまんとこ、御挨拶行ってきなさいね
さては母よ、遠いお隣に行くのが面倒になったな。
さて魔王宅前。
ぱっと見普通のお家だが、初日に見た黒い靄が取り巻いている。
今日の私の服装は白いTシャツにショートパンツ。片手にそば。
魔王城に乗り込むには軽装すぎる。が、行くしかないのである。そう、ミッションはこのそばを魔王に渡すこと、渡したら即帰ること。
生唾を飲み込み、私はインターホンを押す。うーわー、魔王城にインターホンがあるよー、現代日本の文化ー、わー。
なんて思ってたらドアがあきました。
「ふぉあ」
「・・・隣の娘か」
「あふ」
「あふ?」
「むあ」
「むあ?」
いかん、急すぎて思考がフリーズした。
「あふ、むあ・・・とは、日本語であるか?」
「い、いえ、日本語じゃないですすみませんあのこれよかったらどうぞそばですあのこれからもよろしくございですますじゃっ」
「お、あ、待て娘」
ダッシュで逃げるつもりだったのに、腕をむんずとつかまれた。
やばい、冷たい。生き物じゃないみたいだ。
———生き物じゃないのか?
おそるおそる見上げると、魔王は表情をかえずに立っていた。おしつけられたそばを持って。
その姿はいささか奇妙である。
「娘」
「ななななんでしょう」
「この枯れ木は———この地ではどう扱う」
木枯らしが吹く。
真っ赤な落ち葉が地面を舞って行く。
魔王さま。
それそばです。
魔王はわりと世間知らずであるらしい。
生きていくのに必要ない知識を、一つ知った。