コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 冷たい雨と1LDK【短編集】 ( No.9 )
- 日時: 2016/11/13 22:14
- 名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: raanz7.S)
【巡り逢い唄(キスしたくなくない。)】
「恭! キスをしましょう!」
「……お前は発情期なのか?」
思い切って口にしたのに。恭は卵焼きを挟んだ箸を口の前で止めて、不審な目で私を見た。
屋上での二人きりの世界は少女漫画のようにロマンチックにはいかないようだ。
「発情期って! 私たち付き合って何ヵ月か覚えてる?!」
「さあ」
「3ヶ月! 正確に言うと3ヶ月と13日! そろそろキスをしてもいい頃だと思うんだけど?!」
食い気味にそう言うと、恭は卵焼きを口に入れて、私の話を自然にスルーする。そんな恭の手口にも慣れてしまったのか、私は”待て”をされた犬のように固まって次の恭の言葉を待つ。
「……何でそんなにしたいの」
恭は飲み込んでから、溜め息を付きながら面倒臭そうに言った。
「愛情表現の一種、でしょ?」
「恋愛教則本の読みすぎなんじゃない?」
「一般論だと思うけど?!」
冷たく言い放つ恭は相変わらず私に対してすごく厳しい。いや、自分にも他人にも厳しいのが恭の美点ではあるのだけれど。
「キスしなきゃ好きだって伝わらないわけ? 俺の気持ちってそんなもんだと思われてるんだ……?」
急に視線を外して、少ししょげたような声を出す。彼を責めようとした言葉が喉の奥で突っ掛かりを覚える。
そんなことを言われたら、愛されてるって思ってしまうではないか。
少し喜びを感じながら私は慌てて言い直す。
「いや、あの、恭の気持ちを疑ってるって訳じゃないんだよ?」
「じゃあ、いいよな。はい、この話終わり」
恭はすぐにいつもの調子を取り戻し、すくっと立ち上がった。
してやられたり。今日も私という犬はご主人の手で転がされたようだ。
「戻るよ、雛。授業遅れる」
「はあーい……」
気落ちした返事と共に出たのは長い長い溜め息だった。
「ーー愛されてないんじゃない? それ」
「酷いね、みっちゃん?!」
放課後、財布に余裕がない女子高生の強い味方の激安カフェで親友のみっちゃんこと、美知子に恭のことを相談していた。
恭と同じ臭いを感じる美知子の冷たさは物事を正確に見て、指摘してくれるので有難い。
「だって、校内一のモテ男が雛子と付き合ってるってのも未だに信じられないし」
「78回の告白による努力の賜物ですよ」
「……よく付き合ってくれたよね、本当に」
「いや、最後は面倒だったからだって私も思ってるよ……でも、でも!」
私は半泣きですがるように身を乗り出した。
「3ヶ月付き合ってくれてるんだよ⁉ さすがにもうキスくらいしてもいいんじゃない?」
いや知らないけど、と美知子は言いながらアイスティーを一口飲んだ。
「まあ、私から見たらの話だけど、藤野恭って誰とも会話しないじゃん。でも雛子の話は面倒臭がっても聞いてくれてるんでしょ? それって他の子とは違うし、愛されてるってことじゃないの」
「そうかな……でもキスはまた別の話だよね?」
「知らねーよ」
ついには美知子は無表情でぶっきらぼうに言い放ったのだった。
次の日、私と恭はいつものように昼休みの時間を屋上で過ごしていた。時々身体に刺さる冷たい風が秋の訪れを感じさせる。同じことを感じていたのか、恭は腕を擦る。吐く息が空へと溶けていくのを見つめながら私は恭に意識を向ける。
「そろそろ屋上で食べるのも厳しくなってきたかもな」
「そうかも。でも教室で食べると視線が気になるでしょ?」
主に恭を見る女子の視線が、と心の中で付け足した。
恭と付き合っている限り消えることがないであろう薄霧のようなモヤモヤが心に陰り、勝手に落ち込んでしまう。
「……ぺとり」
「はっ?! 熱……くない、温かい」
いきなり頬に温かいものが当たり、恭の方を見ると、手に持ったカイロを私の頬にくっつけていた。
「何考えてるのか知らないけど、俺は視線なんか気にしない。雛のことしか見てないし」
ーーそれは視線のこと? それとも気持ちの話?
そう聞いたとしてもきっと恭は答えてくれないだろう。そう分かるくらいには恭のことを理解しているつもりだ。
人工的な温かさとは異なる暖かみを頬に感じながら、私は手にしていたポッキーを1本恭の口に入れた。
「何、」
「甘いもののお裾分けですよ」
恭がふっと微かに笑う。その優しい微笑みが大好きなのだ。この気持ちで私は満たされているのだ、と感じることができた。
- Re: 冷たい雨と1LDK【短編集】 ( No.10 )
- 日時: 2016/11/13 22:13
- 名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: raanz7.S)
「ーーつまり、キスがなくても愛はあるって感じられたってことですよ!」
「そりゃあよかったね」
「棒読み!」
移動教室の間、並びながら美知子に結果報告という名のノロケを聞かせる。
「藤野君ってあんまりベタベタするの好きじゃなさそうだしね」
「私はしたい気持ちあるけどね!」
「聞いてない」
今日は美知子の冷たさもすべて寛大な心で許してしまえそうだ。
そう思っていると、ふと美知子が窓の外に目を向けた。
「噂をすれば、藤野君じゃない? ちょっと遠くてよく分かんないけど、あれ」
「え? 恭の姿なら10メートル先まではっきり見えるよ? 私」
美知子が指差す方を見ると、中庭を挟んだ奥の渡り廊下に恭と女の子がいた。しかし、恭と彼女の距離はないに等しい。胸と胸が触れ合うくらいだ。
「ちょっと待って、何か近くない?」
「密着してるっぽいね……あ?」
美知子の声が止まる。
ーーあ。キスした。
きっと、この瞬間の私と美知子の心は余ることなく重なりあったと思う。
女の子の方が少し背伸びをして恭の肩を掴んで反動にし、恭の顔を覆い被さった。丁度重なってしまい、恭の表情は見えなかったけれど。彼女の顔が離れていく。恭は能面のような無表情で彼女を見下ろした。そして、彼女はもう一度顔を近付ける。恭は腕を垂らし、されるがままになっている。
「ちょっと、止めなくていいの」
「止めるって、どうやって……」
微かに動揺を含んだあくまでも客観的な意見を述べる。
止めるって何を。あれは恭の意思かもしれないのに
そう思った瞬間、力が抜けたのか抱えていた教科書やペンケースが音を立てて落ちる。拾おうと思うより先に、私は恭の方を気にしてしまった。
ーー思わず恭を見たりしなければ。そもそもこんなところを歩いたりしなければ。恭の苦虫を潰したような顔、見なくて済んだのに。
「雛子っ?!」
美知子の声が背中にぶつかるのもお構いなしに、私は思わず走り出していた。行き先なんて見つからないまま。
息が苦しい。
ずっと勘違いしていた自分が恥ずかしい。
嫌なのは、キスという行為そのものじゃなく、私とするという行動だったのだ。
「バッカじゃないの、私……」
思わず溢れ出た涙が悔しくて仕方ない。
恐らく各教室で授業が始まっているのだろう、校内を走り抜けていても人がいない。心を心を落ち着かせる時間と空間を求めて、たまたま視界に入った図書室の扉を開けて、奥の棚の間にうずくまる。
愛されている、なんて自分自身の感情で計れるものじゃない。言葉や行為を用いて計るのならば、私たちの間に愛なんて存在しないのではないだろうか。
「私は、大好きなのになあ……」
「ーーお前だけみたいに言うなよ」
その言葉と共に、私の身体が強い力で包まれる。それが人だと、恭だと気付くのに数秒かかる。抱き締められたことも数える程度しかなかったから。
「な、んで来たの……? 私のことなんて好きじゃないんでしょ?」
「好きだよ」
「じゃあ何で……?! 何であの人とキスなんか……!」
抗議の声が強くなってしまう。思いきり力を込めて、恭の腕を払う。
「同情なんかで好きだなんて言わないで!」
「同情じゃない、あれは勝手にされただけだから」
「だって、何度も何度も……」
自分が見たものを思い浮かべて言葉にする度に、事実が心に刺さっていく。止まりかけていた涙がまた溢れ出す。
「ーー泣くな」
そう言うがすぐ、私の身体が引き寄せられ、恭の顔が近付く。唇に軽く、恭の唇が触れた。ほんの一瞬だった。よく理解できないでいるうちに、もう一度唇が覆う。先程とは打って変わった、深い深いキスだった。
「……ごめん、さっきの……先輩は、キスしないと雛に酷いことするとか言ってて、仕方なくだった。でも、お前の彼氏なのにやってはいけないことだったと思ってる」
「な、にそれ……」
呆れてしまう。
私のため、なんていう言葉で許しを乞うというのか。そんな頼りなさげに視線を惑わせておきながら、十分前に私以外の人とキスをして。それなのに、どうして私はこの人を愛しいと思うのだろう。
「……仕方がないから許してあげるよ」
「……ごめん、さんきゅ」
「その代わり!」
私は語尾を少し強めて、恭を見上げ睨む。恭は少しひるんでから、こくりと頷いた。
「もっとして。先輩のなんか忘れちゃうくらいに」
キスをしよう、と真っ直ぐに言っていたときと同じように私ははっきりと告げた。しかし、恭は視線を泳がせてからいつも通りの冷静さを見せる。
「それは却下」
「何で?!」
「言いたくない」
「そんなこと言っちゃうんだ……私の寛大な心は必要ないと……」
わざとらしくしょげてみれば、恭は喉の奥でうっ、と声を詰まらせてから、盛大に溜め息をついた。そして、目の前にいる聞こえるか聞こえないかくらいの声で話し出す。
「……1回すれば、それ以上したくなるだろ」
「……はい?」
「だから、1回キスしたらそれ以上ってなるし、離したくなくなるから困るっつってんの!」
「ーーっ?!」
恭は私から目を逸らし、言わせるな、と呟きながら顔をひきつらせる。
誰が愛されてないなんて思ったのか。分かりにくくて、不器用な愛情が何よりも愛しいと思う。
頬が緩むのを何とか堪えて、大きく息を吸う。
「恭!」
私は世界で一番大切な名前を叫んで、腕を恭の背中に回す。男性にしては少し華奢ではっきりと骨が形を現れた身体。今まで気にしなかったすべてが”恭”なのだと感じる。
「何」
「もっとぎゅっとしてよ」
「あのさ、一応言うけど今授業中。俺らサボってんだよ。健全な時間帯にそんなことしない」
「別にいかがわしいことしようって言ってないけど?!」
さっきとは打って変わった冷静な態度に回していた腕を緩んでしまう。それを見計らったように恭が私の愛の抱擁から逃れてしまう。
「授業戻るぞ」
「こんな中途半端な時間にふたりして戻ったら何か言われるよ?」
「別にいいよ。お前俺の彼女だし」
ああ、好きだ。この人が。
「じゃ、戻ろっか」
思わず機嫌が良くなってしまった私の単純脳細胞に少し呆れてしまいながら、図書室を出ようと歩き出す。しかし、あ、と足を止め私は振り返った。恭の顔を見つめる。
「大好きだよ、恭。世界で一番に!」
そう言ってすぐ、腕を引き寄せられる。はっとしたときにはすでに唇が重なっていた。顔を恭の手に軽く支えられ、上に向かされて身動きが出来なくなる。激しい交錯の後にやっと息が出来たかと思うと、恭は少し頬を染めて言った。
「……バカだな」
「な、何で……」
私の意図もない質問に答えることなくまた顔を近付けてくる。私は思わず右手で口元を覆う。恭は意地悪そうに笑って言った。
「俺とキスしたかったんじゃないの?」
「……ずるくない? それ」
腰に回された手が優しくうごめく。情けなく力が身体から抜けていく代わりに熱が溜まる
「で、したくないの?」
「……したくなくない、かもしれない」
「はいはい」
ふたつの影がそっと近づいていく。誰も邪魔しない、ふたりだけの世界で。
それは、キスするサイン。
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禿げろリア充!