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Re: 樹海のエアガール【コメント募集中!】 ( No.26 )
日時: 2015/11/29 17:24
名前: シロマルJr. (ID: TM1He8zT)

10.綾と勇樹

あれは、私が中学三年生だった頃の、5月くらいの事だった。
「こんにちはー!勇樹、遊びに来たよー!」
いつもの無邪気な笑顔で、一人の少女が私の家に来た。
この少女こそ、クラスのムードメーカーの久遠綾である。まだ5月だというのに、半袖のシャツにハーフパンツを履いて、頭には、オシャレなロゴが入っている白のキャップを被っていて、まるで真夏のような格好をしてたっけ。
「あ、綾姉さん。こんちは」
その声に、勇樹が答える。
彼女と勇樹は、なぜかとても仲が良かった。人見知りで、自分の意見が言えなかった勇樹が、綾とだけは積極的に話していた。家族よりもたくさん話してたかもしれない。他人から見れば、まるで本当の姉弟のようにに見えるほどだ。
二人はその日、一日中緑広場で遊んでいた。私は近くで小説を読んでたけど、二人共心の底から楽しそうだった。それほど仲が良い事を改めて実感した。
ーー私よりも、綾の方が勇樹の事を分かってるんじゃないだろうか?
一瞬そう思ったほどだった。思えば私は、勇樹とあまり話した事が無かった。姉弟だというのに、私は勇樹の事をあまり理解していなかった。

夕方になり、さすがに二人共くたびれたようで、広場の真ん中に並んで寝転がっていた。私はずっと小説を読んでたから、もちろんこれっぽっちも疲れていない。
すると、二人がこんな会話を交わしていたのを、たった今思い出した。
「勇樹?」
「・・・どうしたの?」
「最近どう?何かあった?」
勇樹が不思議そうな表情を見せる。唐突な質問に戸惑っているようだ。
「いや、特に何もないけど。何でそんな事聞くの?」
「ううん、ちょっと気になったからさ。最近の勇樹、何か元気ないじゃん」
「・・・」
「もしかして、またあいつらにいじめられてる?」
あいつらとは、澪也達のことだろう。この頃からいじめられてたんだろうか?
「・・・」
「あ、答えたくなかったらいいよ。あたしも悩みとかたくさんあるし」
「例えば?」
「え?そんな具体的な事は言えないよ。・・・でも、簡単に言うなら・・」
「・・・何?」
「あたし、本当にこのままでいいのかなって事」
「どういう事?」
「疲れちゃったんだよね。今の自分を演じるのに。あたしさ、一応クラスの中じゃムードメーカー的な存在に見られてて、悩みなんて無いって思われてる」
「・・・」
普段見ることの無い綾の裏側に、勇樹も私も内心驚いていた。
「人間なんだから誰でも悩みくらいあるっての。みんなあたしの周りに集まってくれるけど、誰もあたしの本当の気持ちなんて分からない。もしかして本当は、みんなあたしなんていない方が良いって思ってんのかな?」
そこまで言うと、彼女の目元がキラっと光った。泣いてるんだろうか?
「・・・」
「なんてね!くよくよ悩んでてもしょうがないよ。前に進まなきゃ」
急に綾の口調が明るくなる。強がってるのは明らかだ。
「・・・分かるよ。僕もそういう事あるから。誰も寄ってこないけど」
「・・・ありがと、理解してくれて。勇樹に言って本当に良かったよ」
ーー以上が、私が思い出した会話の全てだ。
綾は、あの時から何かおかしかった。学校では聞けなかった、彼女の本音を聞いた気がする。
ーーもしかしたらあの時、彼女は死んでも良いと考えていたんじゃないだろうか?
・・・いや、まさかね。そんなことないでしょ。大体、私は今のところ彼女と何も関わりはない。せいぜい中学時代のクラスメートだったって事くらいだ。
まあ何にせよ、綾と勇樹は親友みたいな関係だったという事だ。私はそのような関係になったのは、今んとこ凛花以外にいない。私と綾は、正反対の性格だから、絶対に仲良くなれないだろう。絶対に。

そんな明るい綾が、今まさにこんな事になってしまうなんて。
澪也と綾の口論はとっくに終わっていた。あくまで口論は。
「分かった?あんた達がやった事は、最低な行為なんだよ。人として」
綾は生前と変わらぬ、人懐っこい笑顔で澪也達に話していたが、その笑顔には、どこか邪悪な雰囲気や迫力があった。
「・・・で?結局、お前の目的は何なんだよ。俺らに謝らせる事か?」
澪也も負けじと言い返す。セリフとは裏腹に、謝るつもりは全く無いという態度だ。
「謝る?そんなんじゃ足りないよ。あたしが求めてるのは・・・」
だが次の瞬間、彼女の出した答えは、誰もが驚くべきものだった。
「あたしと同じ運命を辿ってもらう事、つまり、あんた達に死んでもらう事」
その言葉に、澪也をはじめ全員が言葉を失った。その後数秒間、みんなの間に沈黙が流れた。
「・・・本気で言ってるの?」
最初に沈黙を破ったのはソラマナだった。その小さな顔は、怒りで真っ赤になっていた。
「もちろん本気だよ。じゃなきゃこんな狂った事、簡単に言えないじゃんか。別にあたしと同じ死に方しろって言ってるわけじゃないよ。あたしはただ、友達を平気で見捨てるようなあんた達に、復讐したいだけ。あたしと同じ気持ちを味わわせて、一生分の後悔をさせたいだけ。あんな事しなきゃ良かったってさ」
ーーダメだ。彼女は完全に正気を失っている!このままじゃみんなが危ない!
「特に澪也。あたしだけじゃなく、勇樹にも深い苦しみを与えたあんただけは、絶対に許さない。そうだ勇樹、ちょっと来てくれる?」
そう言われ、勇樹は少々怯えた様子で前に出た。
「何をするつもり?」
「決まってんじゃん。澪也が今まで勇樹にしてきた仕打ちを、何も知らない凛花やマナミに教えてやるんだよ。勇樹から直接」
凛花に言われ、嬉々として答える綾。もはや何を言っても無駄だろう。

しばらくして勇樹は、これまで澪也に受けたいじめの全てを話した。広場で暴行を受けた事、金を取られた事など全て。
「ウンウン、これで全部だね。ありがと勇樹、あとはあたしに任せて。今からこの悪魔に制裁を与えるから、そこで見てて」
勇樹の供述が終わり、満足そうな表情を浮かべる綾。それとほぼ同時に、澪也の体が大木に叩きつけられた。もちろん、綾が押し付けたのだ。
「聞きたい事聞けたら、あんたにもう用はないよ。そうだ、いい事教えてあげようか。この前、樹海中学の女子高生が行方不明になって、数日後に死亡した事件があったじゃん?」
「・・・」
澪也は完全に黙り込んでしまっていた。このまま死ぬつもりなのだろう。反論する様子は見られなかった。
「あれ、3人全員あたしが殺したんだよ。この広場で、・・・こうやって!!」
そう言うと同時に、綾が澪也の首元に向かって左手を振り上げる。これで全部終わる。勇樹がいじめられる事も、私がメンドくさいことに巻き込まれることも。
ーー本当にこれで良いのだろうか?
・・・いや、ダメだ。肝心の謝罪がまだじゃんか。弁解の一つも残さないなんて、絶対におかしい。
「やめて!!!」
ーーと、次の瞬間、私は自分でも驚くくらいの大声をあげていた。みんなが驚いた様子でこちらをじっと見ている。そんな反応をするのも無理はない。普段目立たない人物が、急に怒鳴りだしたんだから。それだけじゃない。私自身、こんな大声出したことないんだから。とにかく、勇樹のこともあるし、このまま澪也がいなくなるだけで、全部振り出しに戻るのは我慢なんない。

私は意外と安定した足取りで、綾に向かってまっすぐ歩いていった。