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Re: 【住民参加型】カキコ学園2年カオス組!!【偶像劇】 ( No.75 )
日時: 2016/12/31 22:07
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 5/xKAetg)

ACT:3 天利いろは



 黒板が見えない。


「……………………」

 教卓付近で担任である王良空華が授業をしているのは、なんとなく分かる。ちらちら髪の毛も見えるから、彼があそこに立っているのは明白だ。
 しかし、肝心の彼の姿が全く見えない。ついでに言うと黒板も見えない。文字が途切れ途切れになってしまっている。
 グッと体を傾けさせても、黒板が見える気配はない。原因は、斜め前に座る大男のせいである。
 二年C組で最も身長の高い男——大山田関太郎。その名の通り、ただ大きい。見た目は熊のようである。今この時は熊のように冬眠してくれないかと思った。
 身長の高い彼が前に座っているおかげで、黒板が見えないのだ。畜生、高身長め。その綺麗に剃った頭に消しゴムでもぶつけてやりたいところだ。

「……えと、その、だ、大丈夫?」
「大丈夫じゃない。目の前の熊がすげー邪魔」

 隣の席である荻枝——確かマユとか言ったか。おどおどした口調で話しかけてきたが、いろははそれどころではないのだ。
 おそらくいろはの列はエグ○イル状態になっても完璧なノートは取れないだろう。誰だこの席順にした奴は。担任か。担任殺す。
 実際、当の本人である大山田関太郎も自分の身長なら後ろの席へ行った方がいいと判断したのか、最初の授業の時に「俺を後ろの席にしろ」と担任である王良空華に進言していたのだが、何故だか空華は「席替えはもう少しクラスに馴染めたらねー空さんが」と笑いながら却下していた。やっぱり担任のせいか畜生。
 いろはの邪悪な視線を感じたのか、それとも自分が悪いと察しているのか、関太郎は大きな図体をなるべく小さく縮こまらせてノートを取っているようだが、それでも見えない。見えないぞコンチクショウ。

「あの、よかったら、ノート見る?」
「え? 返さなくてもいいの?」

 隣からの摩由という名の天使の声に、いろはは真顔で返した。冗談ではなく本気で。しばらくノートを借りていつ返すか分からないという意味を込めて。
 摩由はさすがにそれだけは勘弁願いたいのか、苦笑いをしていた。それでも今はどこの問題をやっているのか、というところを教える為に、いろはの席へずりずりと自分の机を引きずって、ノートを自分の机と摩由の机の境目に置いた。

「えっとね、今はこの辺りをやっていて」
「ノート綺麗だね。あとで本当に借りパクしていい?」
「そ、それだけは……ちょっと、勘弁してほしいな」

 それでもノートを見せてくれる彼女の心は、なんと綺麗で優しいことだろうか。逆を言えば愚かで騙されやすい。いろはは、他人の美点を欠点としてとらえてしまう節がある。
 まあ、見せてもらえるだけでもありがたい。いろはは黒板などに集中せずに、摩由のノートに意識を注ぐ。可愛らしい小さな文字が無地のノートの上を踊り、公式と説明も分かりやすく書き込まれている。カンニングペーパーとして使いたいぐらいだ。
 やがてノートを全て書き終えて、「ありがと」と簡素な礼を述べていろはは授業を放りだす。黒板が見えていなければ話にならないから、都度摩由に見せてもらおう。

「……ちょっとすみませんね。黒板がよく見えないからノートを見せてもらえるとありがたいんだけど」
「おっと有川サン、おーけーおーけー。気持ちはよく分かるから特別に見せてあげよう」

 後ろの席である有川まよるがひそひそと声を潜めてノートを要求してきたので、摩由のノートを写した自分のノートをまよるへと手渡した。彼女もきっと同じ気持ちなのだろう。
 きっとまよるへと渡ったノートは、その後ろにいる生徒へ、さらにその後ろへいる生徒へと渡っていくことだろう。なんだろうこの伝言ゲーム。いや伝言——なんだろうか。
 すると、板書をしていた空華が突如として動きを止めた。教室中を見渡しているようだが、彼の顔は坊主頭に隠されていてよく見えない。残念。

「やーさんいないけど、いたずらしに隠れたのか単にトイレに行ったのか行先を知ってる人はいる?」

 ハイきょーしゅ、とクラス中に挙手を求めるが、行先を知っている生徒など限られてくる。いろはが知る中で、四人ぐらいだろうか。
 真っ先に手を挙げてボケるかなと思っていたのが、いろはの前の席に座っている梓啓香だが、梓啓香は机の中に仕込んだ携帯電話をすいすいと操作していた。どこかに連絡を取っているのだろうか。相手はあの八雲優羽だろうか。——まあ関係ないが。
 おずおずと挙手したクラスの美少女と名高い紅河玲奈が「多分トイレ」ということを空華に伝えていた。さらにいろはの斜め後ろに座る小田原博人が「産卵だと思う」という真顔のボケをかました。もうなにがなんだかさっぱりだ。
 早くも授業に飽きてきたいろはが退屈そうに欠伸をすると、横からニュッと自分のノートが伸びてくる。どうやら後ろのまよるが写し終ったようだ。

「ありがとう、助かったよ」
「判別できない文字とかなかった? あったとしてももう遅いか」
「返してしまったからね」

 まよるは肩を竦めて、「黒板が見えないから仕方ないね」と言う。激しく同意だ。

「それよりも、貴女は聞いたかな? 先ほど後ろの男子たちが話していたのだけど、実はこの学園に——」

 まよるが声を潜めていろはに話しかけてきたところで、ガラリと教室の後ろの扉が開いた。
 きっと担任が心配していた八雲優羽が戻ってきたのだろう。