コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: T.A.B.O.O ~僕と君は永遠を誓えない~ ( No.8 )
日時: 2015/12/22 11:49
名前: 逢逶 (ID: XnbZDj7O)

episode7
title 沈む

一週間経ち、すっかり成瀬さんとのことは忘れていた。
今日から誠は様々なレコード会社の見学に行く。
見学と言っても、大体は買収の相談である。
the SOUNDsのスローガンは〝日本音楽グループ〟。
つまり、日本全体を巻き込んだ、音楽メディアの一つの大きな流れを作るということ。

大きすぎるとも言えるその目標に挑むのは私の夫。


見学は約三週間で、その間家には帰ってこない。
社長の妻と言っても暇なのである。
友達もいない私は、食事する相手もいない。


「じゃあ、行ってくる」

「気をつけて、いってらっしゃい」


「ちょっとごめん…」

誠は私を抱き寄せた。


「…」

びっくりして声が出せない私。

「…ごめんな」


誠はぽつりと小さく呟いた。
そのまま体を離して、誠は出張に出かけた。




なんだったんだろう、今の。
頬が火照る。
久々のあたたかい抱擁を思い出し、目を瞑った。


ブーブー


携帯が鳴って、慌てて我に返る。

知らない番号が表示されていた。
不審に思いながらも、携帯を耳に当てる。


「もしもし」

『あ、どうも。俺です。…成瀬海です』


瞬間、高鳴る胸。
忘れていた人。
でも、忘れられなかった人。

「…」

『あの…、連絡…、どうしてくれないんですか?』

「その前に…、どうして番号知ってるんですか?」

大丈夫。
私は冷静だ。
成瀬さんのことなんて、なんとも思っていない。
ちょっとした知り合いってだけだ。

『待てなくて…。マネージャーを介して聞きました』

「…変な風に思われたらどうするんですか?」

『変な風って…?』

「不倫、とか…」

『別に大丈夫ですよ。マネージャーには、誠さんに連絡先交換断られたから織さんの教えて…って言いましたし。実際、誠さんは連絡先交換しないことで話は通じるんで』

テレビでは見ない、饒舌な成瀬さん。

「…連絡、しようとしたけど…」

『え…?あ、書き間違えたかも…』

「ふふ笑 意外とおっちょこちょいですね」

『すいません笑』

ミステリアスなんだけどなんだか落ち着く、ハイスペックで何でもできる、成瀬さんはそんなイメージ。
だけど、意外とお茶目なんだなぁ。

吹き出してしまうと、成瀬さんも笑っているように聞こえた。
リビングに戻りソファーに座る。

「…成瀬さんは今何してるんですか?」

『家でごろごろしてますよ笑』

「休みあるんですね」

『まぁ、壊れちゃいますから』

「そうですよね」

『誠さんもそうだと思いますよ。ケアしてあげてくださいね。俺が言うのも変か笑』

誠の名前が出てきて、思わず唾を飲み込む。
途端に頭に響く、義父と義母の子供を急かす言葉。

「…誠の話はしたくないです」

『…喧嘩しましたか?』

「喧嘩なんて、そんな距離じゃないんです。私たちは」

『そんな、』

「でも、もう慣れました。…距離より大事なことがあるんだって思うんです」




大事なのは、子供を産むこと。
ぐるぐる考えていると、成瀬さんがはっきりと言った。


『俺は今、織さんに会いたいです。もっと織さんとの距離を縮めたいです』

ずぶずぶ、音が聞こえた。
私が沈んでいく。