コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 短編集. ( No.1 )
日時: 2016/01/11 15:25
名前: 納豆 (ID: BO2eV5at)

白い雲のようなものがほつりと、肌に溶けていく。

見上げると、白い雪がふわっと降っていた。
周りを見渡せば、手を繋ぎ合うカップルたち、
キャッキャとはしゃぐ女子高生たち、
走り回る小さい子どもと、それを見守る大人たち。
微笑ましい姿しか見えないこの光景に
私はため息をつくことしかできなかった。

12月24日、今日はクリスマス・イブ。
クリスマスという聖夜のちょうど前日の今、
私は2年付き合っていた大好きな彼に別れを告げられた。
この時期の、まさかこの日に振られるとは
さすがに私も予想だにしていなかった。
彼は私に別れを告げる時、なぜか理由を話してくれなかった。
でも、彼は少しだけ目が泳いでいた。
人が動揺するときの癖である。
ああ、きっとこの人は、彼女という私がいながら、
他の女の人に惚れてしまったのだと。
理由なんて話されていないのに、何となくそう思った。
さっきまで平常心だったのに、
道を1人で歩くということが久しぶりすぎて、
男の人との関係が終わったことをじわじわと実感する。
隣には当たり前のように大好きな人がいた。
目に映る全てがキラキラしていた。
このイルミネーションに輝く街も、彼と一緒なら、もっと綺麗に輝いていたのだろうか。
しかし今の私の視界は、ただボヤけては、目を閉じると少し視界が良くなり、しばらくするとまたボヤける。
何度も何度も、頬に雫が伝わるのを感じる。
大好きな人と別れることが、こんなに辛いとは思わなかった。

「あれ?唯じゃん」

背後から、少し聞き覚えがあるような、低く明るい声が聞こえてきた。
振り向くと、そこには背の高く短髪の、見慣れた顔が微笑んでいた。
その人は、涙でぐちゃぐちゃになった私の顔を見るなり、驚いて、素早く駆け寄ってきた。

「どうしたの!?何で泣いてんの!!
てか、髪にいっぱい雪ついてるよ!?」

しばらく声の出すことができない私の肩を力強く掴んだ。
そして、雪で少し白くなった私の頭を優しく撫でて、もう一度私の顔を見てくれた。
私の小さい頃からの、幼馴染の顔。
心配そうに真っ直ぐに私の目を見て、何かを言っているようだが、それも聞こえないくらい涙がこみ上げてきて、

「冬馬ぁぁぁぁーーっ…」

と、何年かぶりに泣きじゃくりながら、幼馴染の冬馬にすがりついた。


**


「……それでね、彼は私に理由を言わずに別れてったんだよ!!目が泳いでたの!!絶対あれ浮気だよ!!もう意味わかんないよーー!!」

そう叫び、涙の跡がいっぱいの顔で、彼女は手に持っていたビールを勢い良く呑み込んだ。
俺が頬杖をついてその様子を静かに見ていても、俺のことなんか気にせずに、片っ端から愚痴を吐いている。
この様子では当分おさまらないな、と思い苦笑を浮かべると、

「何笑ってるのよ!ほんっと冬馬って、チャラチャラしてて昔から全然女の子のこと分かってないくせに急に私の前に現れて…お酒奢ってくれて……何様のつもりよーーもう本当に最高の幼馴染よーー!!…」

と、またゴチャゴチャと意味のわからない言葉を発し出す。
こいつ、完全に酔っ払っている。
クリスマスの前日に振られるという散々な体験をしたこの唯は、実家が向かい同士で、高校まで一緒の幼馴染だった。
幼稚園の頃から登下校もずっと一緒で、きっと性別関係なく、一番仲が良くて、一番信頼していたかもしれない。
そんな唯が、いつからか俺にとって大切な存在に変わっていた。
唯が他の男と話していると、その男に腹が立ったこともある。

誰にもとられたくない、と思った。
唯の笑顔を見て、好きだと思った。

高校に行って唯と離れても、どんな女子に対しても、唯に対しての気持ちと同じような感情が生まれたことはなかった。
高校を卒業してしばらく会っていなかったけれど、彼氏ができていたのは知っていた。
高校でも彼氏などできたことがなかった唯が、珍しいなとは思っていたが。
高校、大学と離れたけれど、こんな所でまさか愚痴を聞かされるなんて思ってもいなかった。
一度も止まらずに口を開閉し続ける隣の幼馴染の姿に、何だか懐かしみを感じる。
そしてその久々の喜怒哀楽の激しい表情を見て、「愛しい」という感情を思い出す。

(…高校で離れてもお前のことが好きだったなんて言ったら、こいつどう思うんだろうな…)

そう思いながら、ようやく大人しくなった唯の頭を
指で弾くと、唯はユラユラと揺れた。

「…ねむい」

そう一言を残した唯は、3秒も経たないうちに
顔を机に押し付けて眠ってしまった。
その大人げない姿を見たバーテンダーの人は苦笑い。

「すみません。連れて帰るんで。」

俺が愛想笑いして、財布からお金を出し、
唯をゆっくりと背負い店を出る。
少し周りからの視線が痛いが、こればかりは仕方がない。
のんびり歩いて帰っていると、爆睡していた唯がボソリと寝言を呟いた。

「近藤くん……」

それは振られたばかりの彼の名前。
それほど好きだったのか、と考えると、少し胸が痛む。
きっと唯は、まだ彼のことが忘れられないのだろう。
味わった幸せをまだ手放したくないのだろう。
寝ている今も、彼のことを想っているのだろう。
俺は爆睡しながら少し微笑んでいる唯を見て、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。


「いつになってもいいから、いつか俺のとこ来てよ」



**

1. "想っている人"

宮野 唯 Yui Miyano (22)
桐原 冬馬 Touma Kirihara (22)