コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

3話 とんがり山の鳥かごの家 ( No.16 )
日時: 2016/03/08 05:27
名前: りあむ* (ID: .pUthb6u)

*とんがり山の鳥かごの家 2




 やってはいけないことの決まりを作ることになりました。

「うーん、思いつかないなぁ……僕あんまりやっちゃいけないことしないもんねー」
「やめてください、博士。ニアに締められますよ」
「占められますよ、なら嬉しいのに……」
「…………」
「ああ…………」

 センが頭を抱えました。博士は耳をピコピコと動かしました。
 博士は可愛こぶるとき、頭の上の耳をピコピコと動かします。可愛い子がやることで需要のある猫耳ですが、博士ではなんとも言えない残念さです。どちらかというと、私の不機嫌を助長しています。具体的には、滅びの言葉を吐きつつ、目潰しをお見舞いしたいですね。

「……朝ごはん、作りませんよ? おじいさま」
「ごめんなさい」

 八割は猫耳に対する八つ当たりです。

「でも、ご飯とかいつもニアに任せっきりなのはダメだよね」

 センが『家事はひとりに任せっきりにしない』と書きました。なんていい子なんでしょう。涙で私の視界が滲みます。

「僕は朝一番に、あーちゃんのエプロン姿が見たいんだ」
「七歳の少女になんてことを言うんだこのロリコンエロジジイ」
「センー?!」

 博士の言葉を聞いて黒いオーラを放ちつつ、センは聡くも自分の紙に『ニアを口説かない』と書きました。

 私たちは朝食を食べた後(片付けはやってもらいました)、テーブルの上にそれぞれ紙を広げ、自分がやってはいけないと思うことを書き出すことにしました。
 そして議論して、この家の決まりにします。

「……センでもいいよ? エプロン」
「……ニア、何かないの?」

 黙ったままの私を見兼ねて、センが声を掛けてきました。博士はもういないものなんですね。
 まぁ……そうですね。

「……家の中で飛ぶこと、でしょうか」

 当たり前ですけどね。むしろ今までなぜ許されていたのか。

「あ、それ大事だね! さっきもそれが原因で、あーちゃん怒らせちゃったしね」

 博士が一生懸命『家の中で飛ばない』と書きました。
 それを見ている分には、幼児が覚えたての字で一生懸命に書いているようで微笑ましいんです。
 まぁ、実際は見てくれ年齢二十代後半、妙齢のケモミミ男性ですが。

「相変わらず、博士は読めない字を書きますね……」

 センは苦笑いですが、私は深々と頷きました。
 博士の伝言はいつも読めません。
 この間、『ちょっと出かけてくるので、夕方まで帰りません。ディナーをヨロシク☆』とメモに残して出かけていったときも、その日一日をセンと二人で解読に費やし、結局読めず、博士がもう二度と帰ってこないのではないかと私は泣きました。本当に怖い思いをしたあのことは、まだ記憶に新しいです。ちなみに帰ってきた博士はディナーがないことに泣きました。

「まぁそれはいいじゃない。僕のチャームポイントだよッ」
「せめてnとrとhの区別をつけて欲しいです」

 文字を教えてくれたのは、博士のはずなのです。しかし、センや私は博士よりずっと綺麗な字が書けます。

「走り書きにはつきものだよ。基本的に自分が読めればよかったのだもの、練習なんてしてこなかったな」
「まぁおじいさま。では今は私たちもいるので、きちんと練習してくださいね」
「そうですね、博士」
「はーい……わかったよ」

 やってはいけないことを決める会でしたが、やることも書き足すことにしました。
 やってはいけないことは、ふたりの紙に。やることは、何も書いていなかった私の紙に書きます。

「はい、おじいさまは字の練習っと」


 数時間議論し、我が家に掲げられたのは、主に五カ条。
 ひとつ、人が喜ぶことをすること。
 ふたつ、笑顔を忘れないこと。
 みっつ、喧嘩しても寝たら忘れること。
 よっつ、家の中で極力魔法は使わないこと。
 いつつ、家事は当番制にすること。

 基本的に私とセンから出た案ですが、ところどころ博士の都合のいいものもある気がします。

「よしっ、できたねっ」
「これは守ってくださいね? おじいさま、セン」
「うん。ふふ、ニアもね」

 いつつの原則が決まると博士はウキウキしだし、紙を広げながら立ち上がりました。

「じゃあ、これを魔法で綺麗なボードにしようよ。僕たちの家族記念! みたいな」

 おおっ、それは!

「いいですね! おじいさま」
「できますかね? そんな精巧なもの……」
「じゃあ、早速外でやろうか!」
「おうッ!」
「?! ニア?!」

3話 とんがり山の鳥かごの家 ( No.17 )
日時: 2016/03/24 16:15
名前: りあむ* (ID: .pUthb6u)



「「「…………」」」

 ボードを作るため私たちが外に出ると、いつも通り熊が洗濯物を食べていました。

「いや、食べてねぇし! 俺むしろ守ってたし!」



 *とんがり山の鳥かごの家 3



 熊はサッと立ち上がり、パンパンとセンのズボンらしきものを叩いて広げました。
 そして物干し竿に手際よくパッパッと留めていきます。

「まったく、お前が変な言い争いしてたのが悪りぃんだろう! 洗濯物も干さねぇまま!」
「すみません、ただの主夫でした」
「っざっけんな、だれが主夫だコラ」

 そんな家庭的で、気の利く、しかし口の悪い彼は、れっきとした熊です。熊なんです。

「おいじじい。干そうと思ったはいいんだが、少し前に雨が降ってきてよー……」
「いや、降ってないじゃん」
「降って、ないですね」
「降ってないよ」
「最後まで話聞けや」

 私は空を見上げました。
 今日も綺麗な太陽が見えます。ヴァーチカの方は少し雲に隠れましたね。ヴィーチカは今日も緑色に輝いています。ちなみにヴァーチカはピンクがかった赤色です。
 この世界にはふたつの太陽があります。とても綺麗で、大きく艶やかな飴玉がふたつ、宙に浮かんでいるようでもあります。グリーンアップル味とストロベリー味ですかね。

「今日も、綺麗な太陽が見えますね……」
「うん、ありがたいね……」
「聞けやお前……」

 この場所は天にとても近いので、私たちはヴァーチカとヴィーチカの恩恵を一番に貰っているのです。だからこんなにいい女なんですよ?
 なぜそんな目で見るのですか、セン。冗談です。

 実際のところ、ヴァーチカとヴィーチカは私たちに魔力という恩恵を与えていると言われています。
 魔力が発見されたのは、人類史で最も古いほうだと博士は言います。きっと人類が誕生するずっと前からふたつの太陽は、この世界を見守っていたんでしょうね。

「……少し前、黒い雨が降ってきてよ。今日シーツも干してたから、干してるもの全て慌てて抱え込んだんだ。じじいのクソパンだけ何故か忘れて被害に遭っちまったけど」

 わざとですね、わかります。

「黒い雨……ふむ……」
「あと俺も少し濡れた」

 ぬっと突き出された腕や背には、黒い毛の中に点々と白い斑点が出来ていました。

「「「!!?!」」」
「黒い雨が当たったところが変色した。痛みはないが、毒かもしれねぇし、どうすっかと、」
「なぜ早く言わないのですか?!」

 私が応急処置として回復魔法をかけようとすると、彼に睨まれました。受け付けないという顔です。悔しくてグッと唇を噛みましたが、急いでうちの中に救急箱を取りに行きました。

「ダメだよ、ギル……」
「…………」

 ギルバートは博士の使い魔です。だから、センや私など、博士以外の人と喋ることはありません。私は家族同然だと思っていますし(コキ使っちゃってますけど)、たとえ無視されてもあまり動じない私なので、迷惑顧みず話しかけちゃいますけどね。

 あの斑点が何によるものかもわからないまま、回復魔法をかけてしまうのは浅はかでした。悪化の可能性もあります。
 だから早く救急箱を持って行ってあげたいのですが、これがなかなか見つかりません。

「いつもの場所にないですね……あぁ、もうっ……」

 うちの人は、自分のことは後回しにする人ばかりなので、いつも心配になります。

「一番最後に使ったのは……」

 たしか博士のためです。
 書類で手を切ったぁぁあと大騒ぎをしました。血が止まらないぃいと叫んでいるので、とても心配して慌てて駆けつけたのに、人差し指の先で数ミリ切れているだけでした。その指の深づめのほうがよっぽど痛そうだったのを覚えて……。

「あ! あったっ……」

 ……あったはいいのですけど。
 博士、何故あんなところにあるのでしょうか。

 博士の書斎に来てみたところ、大当たりだったのですが、何故か書類の山のあいだっこに挟まっていて、そのままでは取れません。
 ただでさえ積み上げられてしまった書類があるのに、さらにその上に救急箱を置き、そしてまたさらに書類を積むという……。信じられない暴挙です。
 しょうがありません、登るしかありませんね。

 私は腕まくりをしました。ふんっ、さあ登りますよ……!




「遅いねぇ……あーちゃん」
「そうですね、ニアにしては……」
「ハッ、チビだから届かないとか取ってこれねぇんじゃねぇの、救急箱」
「「…………!!」」




「あ、と、もう少しで……!」

 救急箱です。指は届く距離まで来ました。
 その上の書類をどかすまでには、まだまだ登るしか……。

 低い書類の山から少しずつ飛び移ってここまで登りましたが、やっぱり高くなるにつれて、足元がとても不安定です。
 そろそろ次の一歩が踏み出しづらいですね……。

「はあ…………」

 と溜め息をついたその瞬間、足元がぐらぐらと揺れ、あっと思う間もなく、私は足を滑らせました。

「きゃあっ……ぁあああ!!」

 やがてくるであろう衝撃に備えて、私はぎゅっと目をつむりました。





「センったら、あっという間に行っちゃったね」
「お前ら家族は過保護なんだよ」
「そうかな? ……ふふふふ、家族、だって」
「嬉しそうにするな、気持ち悪い」