コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

3話 とんがり山の鳥かごの家 ( No.27 )
日時: 2016/03/23 16:57
名前: りあむ* (ID: .pUthb6u)




「博士、ちょっといいですか?」

 博士たちのところへ戻ると、センが何故か手をバキボキ鳴らしながら、顎でクイっと家の裏をさしました。

「………えっ、とセセン、どどどうし」
「いいから来てください」
「ウィッス」



 *とんがり山の鳥かごの家 5



「あー……博士とセンったら……」

 全く、ケガ人がいるっていうのに、何を遊んでいるのでしょう。
 博士たちが取り込み中の間に、私はギルバートの手当てをすることにしました。

 あの後、センがうまく救急箱を書類の間から取り出してくれました。センの手にかかれば、たとえ魔法を使わなくとも一瞬です。流石です、と思う一方、私の役立たずさをひしひしと感じます。

「私もセンみたいに何でもこなせたらいいのに……」

 家の裏の方を振り返って、思わずため息をつきました。そしてハッとします。人の前で弱音を吐いてしまいました。
 きっと聞いたとしても何も言わないギルバートの前ではありますが……。
 羨望を口にする自分は好きではありません。グッと唇を噛みました。

 ギルバートがこちらをじっと見下ろしていることに気がつきました。お、怒ってますか……? あぁ早く手当てしないといけません。

「……お前は十分……」
「…………?」

 ギルバートが何か呟いた気がして、救急箱を開ける手を止めました。驚いてギルバートを見上げますが、別段変わったこともなくいつも通りです。きっと空耳でしょう。
 ギルバートが話してくれない寂しさからでしょうか。そう考えて、ふふっと笑いました。

 すると突然、頭に重みを感じて、驚きに身を硬くします。

「ギ、ギルバート……?」

 ギルバートの手が、私の頭に乗っていました。そしてそのまま優しく頭をなぞって、何事もなかったかのようにすぐにまた元の位置に戻りました。
 何が起こったのか理解できず、ただ目を見開いてギルバートの瞳を覗き込みました。若干ギルバート本人も自分のしたことに驚いているように感じます。

 ギ、ギルバートが私の頭を撫でた……?

「…………ふふっ」

 何が起こったのかやっと頭が追いついて、だんだんと顔がにやけてくるのがわかりました。
 ギルバートから、何かスキンシップを取ることなんて、本当に初めてのことです。

「うふふふふー」

 どうしよう、嬉しくて仕方がないです。
 ギルバートにとって、私に関わることは、本当は良くないことなのかもしれません。それでも私は私の我が儘でギルバートを家族だと思い、そう接してきたことは、ギルバートにとっていい迷惑だったと思います。
 今、頭を撫でてしまったことだって、たぶん本当はいけないことです。だから、無かったことにしなくてはならないのに。

 にやにやと溶けかかっている笑みを浮かべる私を、ギルバートが嫌そうに見ています。顔のしかめ具合を見るに、ちょっとイラっとしていると思いますが、そんなギルバートに抱き着きたい衝動に駆られます。い、いけませんね。

「お、あーちゃ、どうしたほ?」
「あ、おじいさま、セン、お帰りなさい」

 センが博士を連れて戻ってきました。あれ、博士の話し方が少し変です。
 全く二人とも、何をやっていたのでしょうか。でもそんなことも、今の私の前には無に等しいです。

「なにか嬉しほうだね! いいことあったほかな」
「いいえ、何もないですよ?」

 にやにやしながら言う私の言葉にきっと信憑性はありません。でも、さっきのことは、秘密なのです。仕方ありませんね。

 そして、ギルバートの手当てが全然できてないことに気がつきました。大変です。

「そんなことよりおじいさま、ギルバートの手当てを!」
「あ、あーちゃん。たふんね、その黒い雨に、害はないんだ。だから手当てしなくてだいほーふみたい」
「そうなのですか……?」

 博士はにこにことして言いました。あ、やっぱり頬が少し腫れているような……。
 博士の言葉を聞いて、センが片眉を跳ね上げました。センから出るオーラが怖いです。

「博士、それはニアが救急箱を取りに行かなくても良かったってことですか?」
「あ…………」

 確かにそうですね。ひとりで騒いで先走った自分が恥ずかしいです。私と博士を見る、怒ったようなセンの視線は、きっとおっちょこちょいな私に向けられたものでしょう。少しへこみます。

「まったく博士はいつも抜けてるんですよ。ニアがどんな目にあったか、さっき言ったじゃないですか。またこんなことがあったらどうするんですか」
「ご、ごめん、セン」
「…………?」

 センが笑顔のまま、博士に向かって何かを言っています。小声なので、よく聞き取れませんが……一体何を話しているのでしょうか。
 よく見るとセンの目が笑っていません。顔に笑みを貼り付けたまま、口先だけ動かして話しています。なんですか、顔芸ですか。凄いですけどセン、とても怖いです。
 だんだん博士の顔のパーツがキュッと真ん中に寄っていきます。ああ……。

「あーちゃん、ごめんねぇぇ!!」

 少しして、何故か博士が泣きながら謝ってきました。ええええ、どうしたのですか。
 センがあまりにも怖いので、混乱状態の博士は私に助けを求めるのとセンに謝るのが混ざってしまったのでしょう。

 えぐえぐと泣く博士に近寄ってよしよししながら、センに「めっ」という視線を送りました。しぶしぶセンが引き下がります。
 一連の出来事を目を細めて眺めていたギルバートが、はぁああと深くため息を吐きました。

「えぐふっ」

 無言で博士の襟が大きな手に掴まれ、引き上げられました。

「ギ、ギル、ぐるじい」
「こんな茶番はどっおでもいい」
「そうだった……ね、ごめんギル」

 そっと地面に降ろされた博士は、ふるふると首を振りました。長髪がふわっと舞います。
 シャキッとした博士はこちらに向き直りました。
 あ、もう頬の腫れも引いたようです。

「よし、じゃあこれからボードを作ろう!」
「はい! おじいさま」
「……そうですね、博士」

 博士は話し方も治ったようですね。

 センったらまだ不機嫌です。それはいけません。これから大事な仕事があるのです、笑顔でいるべきです。
 少しそっぽを向いているセンの顔を覗き込みます。私が笑顔になると、センも仕方ないなというように少し笑顔になりました。

 それを見ていたギルバートはフッと笑うと、また洗濯物干しに戻って行きました。
 あ、家事は分担すると決めたばかりです。
 私はギルバートに駆け寄りました。

 竿は私には高くて届きませんが、お手伝いならできます。洗濯物をパンパンと広げて、ギルバートに差し出しました。
 ギルバートは驚いたように私を見て固まっていましたが、そろりと動いて私からハンカチを受け取りました。そして竿に留めます。
 その間にシーツを取り出して広げようとしますが、シーツは他の洗濯物と絡まって、籠から上手く取り出せません。四苦八苦していると、上から博士の手が伸びてきました。笑いながら博士がシーツを広げます。

「たまにはこういうのもいいよね、ギル」
「…………おう」

 博士からシーツを受け取りながら、ギルバートはクッと本当に嬉しそうに笑いました。