コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 謎嫌い探偵の事件簿 ( No.1 )
- 日時: 2016/01/29 12:37
- 名前: 相楽 (ID: g1CGXsHm)
『アイツ、元気にしてるかなぁ……。』
『パパ、アイツって誰なの?』
『んー?あぁ、そういえば悠には会わせた事なかったね。パパの大事な弟だよ。』
『パパに弟なんていたんだ!どんな人なの?悠も会いたい』
『わかりにくいけど、いい奴なんだ。でも、今は……。』
『パパ?』
『気を使って会ってくれないんだよなぁ……。』
『きをつかう?』
『パパやママと悠の仲良ししてる時間を邪魔しないようにしてくれてるって事だよ。』
『へぇー……。良い人だけど、ちょっと変だね!悠は会ってみたいのに。』
『だろ?でもいい奴なんだ。今度連絡とって会いたがってるって伝えてみるね。』
『うん!』
悠はそこでゆっくりと目を開けた。
いつもの見慣れた白い天井をボウッと少しの間見つめた。
それからゆっくりと起き上がり、フフッと短く笑った。
「昔の夢見るなんて……。」
とっくに忘れて去っていた、遠い、温かな記憶。
それを夢で見るなんて初めての事だった。
「お父さんの、弟かぁ。」
起き上がって学校へ行く準備をしながらポツリと呟いた。
中学で児童保護施設を出て、高校に進学してからはバイトと勉強の両立の忙しさで過去を振り返る余裕も体力もなかった。
10年前に父親は交通事故死。その5年後、母親は————。
暗いその記憶に悠は顔をしかめた。
高校生活も1年もすれば慣れたもので、最近はようやく心の余裕が生まれてきた。体力もついてきた。
だからなのか、今朝は昔の記憶の夢を見た。
絡まった糸がほどけていくように、お父さんとお母さんとの記憶が鮮明に蘇った。
遊園地、水族館、動物園、海、山へ様々な場所へドライブしたこと、悪さをして叱られたこと、夏休みの自由研究を手伝ってくれたこと、誕生日の事————そして、お父さんの弟の事。
簡単な朝食を済ませた後、ぼろいアパートの家を出た。
お父さんは両親と折り合いが悪く、勘当も同然でお母さんと結婚したので、悠は父方の祖父母に会ったことがなかった。
話もたいして聞かなかった。幼心ながら、触れてはいけない事なのだと感じ自分から祖父母について質問することはなかった。
しかし、お父さんは唯一の理解者であるらしい弟の事はよく聞かされた覚えがある。
弟の事を話すときは、いつも楽しそうで、時には困った笑みを浮かべ、しかし誇らしげだった。
駅につき、ICカードで改札を通った。すると丁度、電車が現れてそれに乗り込んだ。
『ママは会ったことあるの?』
『何回かね。最初は……変な人って思ったけれど、だんだん私も好きになっていったわよ。パパの言う通り、良い奴だったわ。』
そう言ってお母さんも笑うのだった。
母方の祖父母は悠の生まれる前に他界し、父親とその両親のいざこざがあったため、悠は父方の祖父母や親戚には会ったことがなかった。
唯一の、父が気を許した弟。
名前も聞いたような気がするが、覚えていない。
会いたいなぁ。
朝の通勤通学ラッシュで満員電車で揺られながら、悠は自然にそう思った。
その時だった。
真後ろにかすかなハァハァと息をした音が聞こえた。
それはゆっくりと耳元に近づいてきて——————
「いつも……可愛いね……。」
スカートの上から身の毛のよだつような感触を悠は感じた。
その声はとても小さく、周りは電車の騒音で全く気付いてないようだった。
「高校生みたいだけど……はぁ……小学生みたいだね……。」
悠は冷静に次の駅名を目を動かすだけで確認をした。
『次はー…通り駅ー…通り駅ー……降り口は左側に変わります……。』
アナウンスが聞こえ、悠はふぅと呼吸をした。
相変わらずスカートの上からもぞもぞとした感触があった。
「ふふ……こ、声も出ないのかな……?いいんだよ、ハァ、声出しても……。」
『…通り駅です。降り口は左側です。お足もとにお気をつけて———……』
停車し、ドアが開くのを確認すると、悠は真後ろの痴漢男の手をひっつかみ駅に降り立った。
そのまま、えいやっと男を突き飛ばした。
男は盛大にしりもちをつき、ギョッとした目で制服を着た小学生のような少女を見つめた。
悠は男にたいし、盛大な睨みとドスのある声をきかせて言い放った。
「女がみんな弱いと思うなよ、ハゲ。」
クルリと背を向けて、悠は足早に人ごみに紛れた。