コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.1 )
- 日時: 2016/07/09 19:10
- 名前: 河童 (ID: DxRBq1FF)
第一話 「一人ぼっちの幸せもの」 その1
4月7日、月曜日。午前7時35分。公立渦杜(うずもり)中学校。その校門に僕こと、音桐宗谷——オトギリソウヤは居た。
今日は入学式。花の中学校生活の始まりである。友達がいる奴は。僕? 僕は——いない。いや、まあ、超完璧に0人というわけではない。2,3人はいた。しかし悲しいことに全員家が遠く、別の中学校……公立柿根超(かきねごえ)中学校に行ってしまった。
くっ! こういうことなら人見知りなんてせずに小学生生活をエンジョイしていればよかった!
と、後悔するのも後の祭り。この中学校に来ることは決まっていたけれど、友人がいなさすぎて、自分が転校した気分になる。転校しようかなあ。
無理だと思っていてもこんなことを考えてしまう。……駄目だ駄目だ、友達がいないってことはこれから作れるってことだよ。うん、ポジティブに考えていこう!
と、クラス分けの表を見ていると、
「ねえ、貴方が宗谷くん、だよね?」
「え」
え、である。女子の声。女子の声だ。はて、僕のことを『宗谷くん』なんて親しげに呼ぶような友達、しかも女子はいたっけ。いや、いない。僕は小学校六年間クラスの隅でそっと佇んでいたはずだ。時々困った人に手を貸していたけれど、そんな人との関わりはそれっきりこっきりだった、と思う。
「ねえ、宗谷くんだよね! いやー、よかったよかった! 貴方じゃなかったらどうしようって思ってたんだよ! やっぱり貴方って目立つね。ちょっと後ろの方でもわかったもん。ね、私とどろきって言うの! これからよろしくね!」
「……確かに俺は、宗谷です、けど」
自分の名前を言う前に自己紹介をされてしまった……。振り返ってみると、2つ結の前髪ぱっつん、見るからに真面目そうな顔立ちの少女がそこに居た。
ちなみに僕の一人称が俺だったのは気にしないで欲しい。カッコつけたいんだよ。皆俺って言ってるじゃん。だから僕っていうの恥ずかしいんだよ。
話を戻させてもらう。この子はとどろきちゃん——いや、とどろきさんというらしい。凄い名前だ。とどろきて。いやとどろきて。親のネーミングセンスはどうなっているのか。
見た目と名前のギャップが凄いぞ。
「俺になんか用ですか?」
「ああ、んっとねえ」
とどろきさんは手を顎にかける。そしてこちらに顔を向ける。
「私と友だちになろう」
「…………」
ちょっと待て。いやちょっと待て。この子は一体何を言っている? 友だちになろう? 聞き間違いではなく? その言葉を言われていい者はなんかこう、見た目からコミュニケーション能力が溢れているような人では無いのか?
僕の初の女友達が……こんなに呆気無く?
「ちょっと、聞いてるー? 友だちになろうよー。おーい」
「人違いじゃ、ないすか」
「ううん。違うよ。私が友達になりたいのは、君」
なんだか少し告白されたみたいでドキドキする。いやいやいやいや、ただの友達になろうという誘いなんだ。そこにやましさなんて欠片もない!
でも、少しは期待させてもらってもいいだろ、うん。
「いいんですか、俺で」
「うん。友達ってなっていいとか悪いとかじゃ無いでしょ? なりたいからなるんだよ!」
「でも、何で?」
疑問。こんな見た目から真面目が溢れる彼女が、なぜ見た目から根暗溢れる僕なんかに。僕ごときに。もしかして、新手のいじめか? 一旦こんな可愛い子に声をかけさせておいて、『あんたなんて、友だちがいる意味無いのよ!』みたいな。……こっわ。中学生活怖い。
そんないじめに傷つくくらいなら……。
「さよならっ!」
「ちょっと!? なんで逃げるのっ!」
逃げる。脱兎のごとく。意外と僕、足速いな。ダダダダという効果音が後ろから聞こえてくるくらい。
……後ろ?
まさか——チラリと後ろを見ると。後ろからダダダダ、と先ほどの真面目少女が追いかけてきていた。足、早っ! 真面目少女だと思ったら文学少女なのか? 実は体育会系なのか。なんて思ってる場合じゃない! 捕まる! 捕まってクラスの真ん中に放り込まれる! そんなのは、嫌だ。
僕は本気の本気で走った。入学式初日から。きっと校則にも『廊下は走らない』とあるだろうが、走った。
どれくらい走ったかというと、走れメロスの最後らへんくらいのスピード。
僕にはセリヌンティウスのような友達は居ないのだが。セリヌンティウスも大変だっただろうな、3日も磔にされて。あれってただの巻き添えだろう。主人公はセリヌンティウスだろ。
さっきそんなこと思ってる場合じゃないと思ったばかりなのに関係ないことを考えている僕は、意外と間抜けなのかもしれない。
いや、間抜けだ。だって——。
自分の教室を、見るのを忘れていたのだから。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.2 )
- 日時: 2016/07/09 19:12
- 名前: 河童 ◆PZGoP0V9Oo (ID: DxRBq1FF)
第一話「一人ぼっちの幸せもの」 その2
で。結局学校の外だけでなく中まで走り回った僕がどうなったのかというと。
「なんで逃げたの?」
「いじめられるかと思って」
「ええ……。そんなこと思われてたんだ、ちょっとショック」
「ごめんなさい」
捕まった。この人足の速さが化け物級。しかも、『こんなの誰だってできるよ、』だそうだ。できてたまるか。世界人類誰でもその速さで走ったら地球がぶっ壊れるわ。多分衝撃波とか出てたもん、アレ。
今は教室に連行されている最中だ。歩いて。連行ということで手を繋がれている。やばい、勘違いしそうだ。めっちゃ柔らかいよォ!
ちなみにクラスは1年3組で、半本さんも同じだったらしい。運命かな?いやいや。
教室に着き、ガラガラと音を立てて教室の戸が開けられる。おはようございます、と半本さんが挨拶をすると、2,3人ほどが返事を返す。
クラスには10人ほどの生徒が居た。あの脱走劇がなければもう少し少なかったかな。なんて思っていたら、数人の女子がこちらを見てヒソヒソと話をしている。気になるので聞き耳を立てる。僕の耳は良いほうなのだ。
——あの人達、手、繋いでない?
聞かなきゃ良かった! しかも半本さんの友達らしき女子も僕の手を取る人に話しかける。内容は言わずもがな。
「ああ、宗谷くんが廊下を走ってたから、捕まえてきてたの。私もちょっと廊下走っちゃたけどね」
「へー。とどろきちゃん真面目だね。私だったら捕まえれないよー」
合っているけども……。その事実は合っているけども、少し事実がねじ曲がってないから? まあ、走ったのは認める。私もちょっと走っちゃったんだよねー、じゃない。ちょっとじゃない。あれはマッハだ。
「席順とかってどうするの?」
「わかんない。てきとーに座ってる」
「随分大雑把な先生だね……」
席順はテキトーらしい。友達さんとの会話が盛り上がっているタイミングで繋いでいた手を離す。できるだけさりげなく。
席を自由に決めれるなら、と黒板から一番離れている、ドア近くの最後列に着席。我ながら素晴らしいさりげなさ。
「後ろに座るって、なんからしいね」
おい。さっきまで君は友達と会話していたはずでは?
「二回も逃げられるなんて思われなかったよ。さっきのはあの子との会話中に逃げられちゃうし」
気づかれていた。どこが『我ながら素晴らしいさりげなさ』だ。
そしてさりげなく半本さんは僕の隣の席に座り、背負ってきた学校指定のリュックサックを降ろす。カチャリ、と鞄の金具を外す音が聞こえる。そういえば僕もリュックを降ろしていなかったな。机の上にリュックを降ろす。
今日は入学式のため筆箱だけ机の中に入れ、個人ロッカーに鞄を置きに行こうとすると、半本さんが話しかけてきた。
「まあでも私らしいかな、それは」
「え?」
私らしい、とは。話が見えない、と思考していると、ああ、そんな難しい顔しなくていいんだよと言われた。難しい顔をしている自覚なんて無いけれど。
「不幸自慢ってわけじゃないけど、私、やることなすことが基本的に悪い方向へ運びがちなんだよねー」
鞄の金具を今度はかけながら。にへら、と気の抜けた笑いで軽く言う。え、え、え。話がいきなり過ぎるだろ、さっきから。
初対面でしていい話ではない。運びがちなんだよねー。って、軽すぎる。普通そういうのって、もうちょっと仲良くなってから、『私、実は——』みたいな感じで切り出すような事柄なのでは。
「そういえば、宗谷くん、制服似合ってるねー」
「え、あれであの話題おしまいなの?」
制服が似合ってるって言われた! 嬉しい! 超嬉しい、けれども。
しかし問題はそういうところではないのだ。先ほどの不幸の話は『そういえば』で片付ける話じゃないだろう。重い話を先に話そうと頑張った結果なのか、と思いちらりと半本さんの顔を見る。微笑み返される。違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。僕が欲しかった反応はそういう学園のアイドル的反応じゃない。可愛かったけれど。
「あの話題って?」
「悪い方向に運びがち、のくだりですよ」
「敬語はやめてよー、同い年でしょ?」
だから、そういう話じゃない。これが所謂天然か? そういえば所謂、という漢字を『しょせん』だという読みだと思っていたこともあったなー。これで『いわゆる』なんて読まないだろ、ふつー。
「じゃあ説明するね。えーっと、昔からなんかやるとダメな方向へ一直線! みたいな」
「話の内容の詳しさが変わってない!」
むしろさっきよりわかりづらい。説明する気あるのかよ。
……まあ、話したくないという解釈をしておこう。それ以外はこの子が天然だという結末に着地してしまう。流石に初対面の子にそんな印象を持っては駄目、だよな?
「あ、詳しく話してって意味か。例えば——。あ、時間だよ! そろそろ先生が来ちゃうよ」
「え、あ、本当だ」
時計を確認すると、もう八時近い。先程よりも随分騒がしいと思ったら10人ほどだった生徒が全員来ている——否、1つ空いている席があった。イスが余ったのか?
「ほら、可及的速やかに鞄をしまわないと!」
「可及的速やかにって……」
頭がいいのか悪いのかわからない話し方だな。
それはともかくロッカーに今まで背中を預けていたそれを入れる。鞄を『背中を預けるもの』と言うと凄く格好いい。どうでもいいことだが。
しまい終えて、さあ席につくぞ、という所で、空席の持ち主——に、なるであろう生徒が現れた。
黒髪を肩につかないぎりぎりくらいで切っていて、前髪を白いピンで止めた、まあそれ以外に言い様がないような、そこそこ普通の少女だった。あとは少しツリ目気味だということくらいか?
言ってしまえばその辺にいそうな子で、少なくとも遅刻はしなそうな印象を持つ。人は見かけによらないと言うしな。きっとそういう子なんだろと思いながら見ていると、空いた1席に座り、リュックサックを降ろし、金具を開ける。しかし、女子にしては珍しく、だれとも話さない。いや、女子でも話さない子はいるけども、この子はぽつんと、孤立というか孤独というか。そんな風に見える。どことなく周りから距離をおいている——いや、距離を置かれている。
ふむ。僕と一緒の匂いがする! 具体的にはぼっち感が溢れてる! きっとあの子は僕と同族だな、なんて思いながらぼんやりしていると、名前も知らないあの子がロッカーに鞄を入れ終え、席につく。それを見計らったかのようにチャイムが鳴り、騒々しい教室が、水を打ったようにしんとなった。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.3 )
- 日時: 2016/07/09 19:13
- 名前: 河童 ◆PZGoP0V9Oo (ID: DxRBq1FF)
第一話「一人ぼっちの幸せもの」 その3
『話したくない』と『話されない』が違うように、『距離を置く』と『距離を置かれる』は違う。
距離を置く、は自分から離れていく。距離を置かれる、は相手から離れられる。自分がS極なら相手はN極だ。自分は友達になりたいのに、ひらひひらりと躱されて。1人に躱されるとそこから連鎖していく。「あの人が貴方を嫌いと言ったから」「わたしの好きな人が貴方を嫌いだから」なんて言って、他人に理由を擦り付けて、誰かを嫌いになる自分を正当化して。人を嫌うことは悪いことではないのに。それを悪いと思って理由を作って取り繕う事のほうがよっぽど悪いことだというのに。
なんて。そんなことを思いながら僕は入学式の席にいた。ステージの上では校長先生の長ったらしい話が続いている。
あの子もなにか理由があって人から距離を置かれているのかな。チャイムが鳴る前の光景を何度も何度も思い出していた。無表情でだれとも話さない、名前も知らない子。チャイムが鳴ったあと、担任の先生——反役(はんえき)先生、とか言ったかな? 先生が来て入学式の説明、これからの日程を説明をしている時も、名簿番号順に廊下に椅子を持って並ぶ時も。ずっと黙っていた。悲しい顔もしないで。
まるで昔の僕みたいだ。僕は距離を置かれていたわけじゃないけど。
彼女の名簿は9番目。僕達のクラスは男子が13人、女子が14人の27人クラスだ。ちなみに半本さんは7番目。名前も知らない子——ぼっち子とでも呼ぼうか、いや、可哀想過ぎる。どうしようかな。考えてみれば人のアダ名を考えることなんて初めてだ。黙ってたから、黒犬ちゃん? いや、無表情だったから、ポーカーちゃん? いやいや——。
「校長先生、ありがとうございました。続いては——」
おっと。長い長いと思っていた校長の話も、終わってしまったようだ。次は校歌斉唱らしい。全員起立、の掛け声で一斉に立ち上がり、ピアノの伴奏が鳴り出す。教室に貼られていた歌詞を一瞥するくらいで、半分も覚えていないような歌詞を脳みそから必死に引きずり出しながら歌う。二番に突入し、ふっと音量が小さくなる。やはり一年生の殆どは二番の歌詞など覚えていないようで、あー、だの、うー、だの、うろ覚えを誤魔化すように音程だけ合わせながら歌うだけだ。
しかし、半本さんはおそらく合っている歌詞で歌っている。僕と話していて歌詞を覚える暇なんて殆ど無かったはずなのに。すげえ。
最初の3分の2になった歌声も途切れ、伴奏も段々と小さくなって、やっと校歌斉唱が終わる。
そして終礼。
教室に戻るぞー、という藍央先生の声でクラスに戻る。その途中で誰かが椅子に足をぶつけたようで、ゴン、という音がした。見てみると、半本さんだった。不幸がどうのこうのというのは本当だったらしい。
ガラガラ、と閉められていた教室の扉が横に開かれる。名簿番号2番の僕は、皆より遅く着席する。席順はそのままだ。入学式前と同じように隣には半本さんが居る。窓際にはあの子が居る。
ガヤガヤと集会直後特有の会話がたくさん聞こえてくる。あの校長話長すぎだよねー、とか。校歌歌えって言われても覚えてないし、とか。
ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ。人見知りとは無縁、というレベルで煩い。この人達には初対面の人に対する気まずさは無いのだろうか。しかし、この喧騒も、次の瞬間消えた。
「静かにしろよー。廊下まで響いてるからな」
気だるそうな猫背に無気力そうな目。入学式だというのにへろへろのスーツを着ている大人。この人こそが僕達の担任。
「さっきも言ったけど、俺の名前は藍央 反役(らんおう はんえき)。敬ってくれてもいいぜ」
胡散臭い。第一印象はこの一言に尽きる。生徒と同じ目線で、というわけでもなく、私は大人ですよオーラを醸し出すわけでもなく。少し上から見下されている、とでも言うのだろうか。見下すのではない、見下ろされるのだ。見透かされているというか、見破られているというか。
「ええと、これから一年生は下校だ。給食もない」
やったーという歓声とともに、えー、給食無いのーという不満が教室を埋める。静まった喧騒がぶり返して、さっきより煩くなった。
はいはい、と藍央先生が机を手でパンと叩く。静まる。
「いいか、小学生でも言われていたと思うけど、寄り道だけはするなよ?」
一応そういうところは先生なんだな、と考えていたら、付け加えられた「面倒被るのは俺らなんだからな。面倒嫌いだ」という言葉にがっかりした。コイツ屑だ。
「連絡事項はこれくらいだ。じゃあお前ら、ちゃんと仲良くしろよ? 上辺だけでも良いから」
なんてことを言うやつだ。『仲良く』が難しい人だって居るのに。
なんて、考えても無駄で。時の流れは残酷で、チャイムとともに起立し、さようならの一言で、僕の中学生一日目はあっけなく終わった。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.4 )
- 日時: 2016/07/09 19:13
- 名前: 河童 ◆PZGoP0V9Oo (ID: DxRBq1FF)
第一話「一人ぼっちの幸せもの」 その4
「ああ、あの子? あの子は壕持四美(ほりもち よみ)ちゃん……だったかな。同じ小学校だったんだけど、クラスも違うし話したこともないし、あまり知らないんだ。ごめんね。でも、可愛いっていうか、綺麗だよね」
「距離を置かれている? うーん、小学3年生くらいからかな。なんだか皆彼女から離れていってる——うん。距離を置かれている、のかな。理由? ごめんね、分からない。」
「知ってることはこれくらいかな。でも、どうしたの? 宗谷くん、四美さんと初対面だよね? 一目惚れとか? あはは、そんな顔しなくたっていいじゃない、冗談だよ。ごめんね? あ、私の家こっちだから。ばいばい、また明日ね」
僕は登校途中に、昨日の下校時に半本さんから言われたことを想起していた。1つの話題で3回も謝られた。逆にこっちが申し訳ない。
ぼっち子(仮称)の名前は壕持四美さんらしい。距離を置かれているのは三年生から。きっと理由があるんだろう。友達になってあげたいな。できることなら。僕も半本さんが友達になってくれた時はとても嬉しかったし。きっとあの子も友達を作れたら嬉しいだろう。と思って昨日から方法を考えているのだが、全然思いつかない。いきなり話しかけたら絶対に気持ち悪いと思われるよねー。
まあ、いいか。どうせ無理だ。元々僕は友達の作り方なんて知らないし。きっと誰かが友達になるだろう、多分。
一緒に登校する友達もいないので早足で学校にむかう。友達がいないと人を気にしなくていいから楽だよね! ……自分で言っていて悲しくなってきた。
10分もせずに学校に到着。早い時間なのでやっぱり人っ子一人いない。いるとしても先生くらいか。
靴を履き替え、廊下を歩いていると前から猫背のくたびれスーツ姿が歩いてくる。藍央先生か。一応挨拶しておくか。
「……お、おはっ、おはようござまーす」
噛んだ。それも盛大に。挨拶しなきゃよかった。慣れないことはするものではないなー、うん。
「おはよー。速いな、感心感心」
朝で眠くて噛んだことなんて気にしちゃいられないのか、僕の恥ずかしいという気持ちを汲みとってくれたのか、噛んだことに触れない先生。意外といい先生……なのかな?
まあ、アレがいい先生でも悪い先生でも知ったこっちゃないな。教室に向かわなくては。職員室の隣にある保健室の横も通り過ぎ、廊下の突き当りで左に曲がる。階段を上り、踊り場を過ぎ、二階に到着。僕のクラスは二階の一年生棟の一番端。1組、2組の教室を少し見ると、まだ誰も来ていないようで、明かりが灯っていないし、ロッカーに鞄の姿もない。
この調子では3組にも誰も居ないだろうな。
3組の教室の前のドアに手を掛け、開ける——。
と、人が居た。壕持さんだった。僕よりもよっぽど前に来ていたらしく、ロッカーに彼女の鞄が置いてあり、席に座り読書をしていた。電気がついていないから、誰も居ないかと思った。
座っている彼女のオーラなのか、教室が暗く感じる。電気がついていないというだけではなく。暗いし、重い。
どんよりとしたムードを解消するためにも、電気をつけるか。……そうだ、電気をつけるときに、さり気なく話しかけて、会話を成立させよう! そしてあわよくば、友達になろう! これは良い作戦だね! 完璧すぎる。
よし、そうと決まれば——。
「わー、電気ついてない、こんな所で本なんて読んでたら、目を悪くしちゃうよ〜……」
はい、さり気なくない。全然さり気なくない。前もこんな感じだった! 僕のさりげなく、レベル低っ!
ほら、壕持さんもこっちを睨んでる。効果音を付けるとしたら、ギロリ。
「何? 私に話しかけてるんですか? それなら無駄よ。私は友達を作らない主義ですから」
敬語とタメ口が混じった口調で返される。先ほどのセリフから分かることは、僕がこの子に対して悪対応をしてしまったということだ。
まあ、そうだよね。席に座って本を読んでたら白々しく、アホみたいな話しかけ方で声をかけられるのだ。しかも自分は友達を作らない主義(らしい)のに、だ。うわあ、僕、めっちゃ酷い奴じゃん。
でも、友達になりたいなあ。なぜかは分からないが、妙なシンパシーを感じる。友達とまではいかなくとも、こう、ちょっと気軽に話せる知人くらいのポジションに収まれないだろうか。
「と、友達を作らない主義って——」
「友達なんて作っても無駄ですからね。私は性格が悪いらしいから、きっと貴方も私の事嫌いになると思いますよ。貴方はあの……半本さん? と仲良くやってればいいじゃない」
「……」
君の性格がよろしくないのはなんとなく分かったよ。仲良くやってればいいじゃない、なんて……。もうちょっと言い方があるだろう。
でも僕は諦めません! 初めて僕が自分から友達になりたいと思ったんだ! ここまできて折れるとか、格好悪すぎる!
「でもほら! 一回くらいお試しみたいな……」
「お試し? なに、貴方はそんなPCソフトみたいな人なの?」
例え方おかしいだろ。PCソフトって。まあわかるけどさ。製品版は高いけど体験版もあるよー、みたいな奴でしょ?
「お試しでも朝飯でもいいから、そんな独りよがりの友達ごっこなんて、他の人とやりなさい。友情っていうのは、絆っていうのは重いものなんですよ」
「で、でも……」
「ああ、もう。煩いわね!私が一人ぼっちだから興味を持って近づいてきたみたいだけど、見て面白いものでもないし、お友達になって楽しいものでもない」
僕がこの子に近づいた理由がバレてる! どうしよう、これは感じ悪いぞ。僕も「君がぼっちだったからちょっと話してみたかったんだよねー」とか言われたら怒るもん。心のなかで。
ああ、話せば話すほど事が悪い方向へ転がっていく! 半本さんの不幸癖が移ったか?
「私が一人ぼっちな理由を知りたいんでしょう? いいわ、教えてあげますよ。それは——」
彼女が話そうとした途端、ハッとした顔をする。何にそんなに驚いているのだろう?
と、僕が壕持さんの向いた方向を向くと。
「友達を作らない主義?」
僕の隣に仲良くやってればいい女子こと、半本さんが居た。……すっげえニコニコしてる!
うわあ、嫌な予感しかしない。(恐らく)初対面の僕に対して「友達になろう!」と言った彼女だ、友達を作らない主義とまで言った彼女に対しても言いそうだ。
電気をつけながら、半本さんは、壕持さんに指をさす。
「それは、人生損してるよ。75%くらい!」
100%ではないらしい。まあ、人生の娯楽って色々あるもんね。友達だけが人生じゃないよ、うん。
「損? 損なんて——」
してない、と言おうとした壕持さんを、「してるの」と、半本さんが遮る。笑顔も消えて、無表情になり。
そして、言葉を続ける。
「私は損をしてる人を放っておけないの」
「何? 情けでもかけてるつもりですか?」
「だから」
壕持さんの言葉を無視するように、半本さんが言う。
「私と、友達になろう」
やっぱり。やっぱり言った。
壕持さんは苦虫を噛み潰したような表情で僕を睨みつける。僕のせいじゃないよ!
そして彼女は溜息を付き、
「お断りよ」
半本さんの誘いをすげなく断ったのだった。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.5 )
- 日時: 2016/04/28 23:35
- 名前: 河童 ◆PZGoP0V9Oo (ID: DxRBq1FF)
第一話「一人ぼっちの幸せもの」 その5
こうして友達になろうという誘いを断られた半本さんは、少し悲しそうに目を伏せ、自分の席に戻るのだった。
嘘である。実際は面白いゲームをするかのように目をらんらんと輝かせ、「断られちゃった、残念。またねー」と、またねの部分を強調しながらひらひらと手を振って自分の席に戻るのだった。
そして、昨日と同じように鞄から道具を出し、ロッカーにしまう。そして普通に意味のない無駄話を僕と半本さんはしていた。
ちらり、と壕持さんの方を見てみると、先ほどの事が無かったかのように、昨日とは違う本を読んでいた。かなりの速読家のようで、ページをめくったかと思うとまたページをめくる。きちんと読めているのか? ただのパフォーマンスなの?
——ん。そういえば、彼女は昨日凄く遅く来ていたのに、今日は僕よりも速く席についていたな。なんでだろう。それを半本さんに言うと、
「ああ、昨日は寝坊したらしいよ。二度寝が原因だったんだって」
「へえ。そうなんだ。でも、なんでそれを知ってるの?」
「え? 友達が遅刻してきたら、その訳を探るのは普通でしょう?」
「普通じゃない」
怖いよ。どうやって知ったのかも怖いし、どう考えてもあっちからは友達だと思われてないはずなのに半本さんは壕持さんを友達扱いしているのがもっと怖い。
「またね、って言ってたけど……」
「うん。また話しかけにいくよー。ついてきてね?」
え。断ろうと口を開こうとしたが、半本さんの温和そうなタレ目が、怖いくらいににこにこと笑っていたので、慌ててやめる。
「でも、取り付く島もないように見えるんだけど。 どうするんだ? 作戦……っていうか、考えはあるの?」
誤魔化すように話題を変える。しかし嘘ではない。普通に気になる。きっと考えもなしに話しかけに行くわけでもあるまいし、作戦かなんかあるだろう、多分。
「え? ないけど?」
絶句。二の句が継げない。この子は見た目的に頭がいいと思っていたけど、実は馬鹿なんじゃないかな、なんて失礼なことを考えてしまう。
当の本人は『え? 何か問題でも?』みたいな顔をしている。くそ、可愛いぞ。でもダメなんだ。君、爆弾発言しちゃったもん。考え無しであんなバチバチの悪口を言う子に勝てる(勝負ではないのだが)わけがないよ。
「十分休みとか、一緒に活動する時に、がんがん話しかけちゃえば、あの子もきっと根負けして、友だちになってくれるんじゃないかな」
「……そうですか」
友達ってそんな根負けしてなるようなものだったかなあ? さっきまでかなり真面目な雰囲気だったのに、随分とのほほんとした空気になってしまった。
半本さんは友達になれることを微塵も疑ってないらしく、『どんな風にはなしかけようかなあ』なんて言っている。お気楽だなあ。そもそも話しかけることができるのかが心配だけど。
「宗谷くんにも協力してもらうからね?」
「えっ」
「えっ、じゃないよ! 宗谷くんも壕持さんと友達になろうとしてたんでしょ?」
それを言われると言葉も無い。あの馬鹿みたいなさりげなさで話しかけたのが全部バレてる。ああ恥ずかしい。
「あ、そろそろチャイム鳴るね。読書しなきゃ」
「ホントだ。読書の本、読書の本……」
渦杜中学校では、朝の一度目のチャイムの後に、10分程度の読書時間がある。ただ、先生が見回りに来たりはほぼしないので、大体の人はお喋りをしている。真面目な半本さんや、ぼっちの僕なんかは、しっかりと読書する。はずなのだが……。
「えっと、半本さん」
「なーに?」
「読書の本忘れてきちゃった……。貸してくれないかな」
「いいよー、どれにする?」
昨日家に持って帰ってそのまま忘れてきてしまったらしい。
半本さんが机の中から本を——。1、2、3……25冊出した!? え? は? それだけの量を持ってくるのもおかしいけど、机の中に25冊も本入るんだ! しかも全部昔の文豪の作品。一切ライトノベルやアニメのノベライズなどは入っていない。
僕は基本軽い現代小説が好きなのだが、選択肢にないのでは仕方ない。江戸川乱歩の小説を手に取り、読むことにした。
……やばい、全然読む気にならない。いつもの小説と表現が違いすぎる。家でじっくり読むなら良いのかもしれないが、僕みたいな薄っぺらい読書家には学校の10分程度じゃ読めないよ。
ただ、一切読まないのも貸してくれた半本さんに悪いため、読むフリをして、同じ行を80回読む作業をする。それを20セットやり終わった頃、二度目のチャイムが鳴る。
ガラガラ、と教室の戸があき、寝癖を治そうとする努力の見えない藍央先生が入ってくる。
「朝の会を始めるぞー。きりーつ」
やる気のなさそうな掛け声で全員が立ち上がり、挨拶をする。着席し、欠席の確認。今日も全員揃っている。
「今日の予定はー。ええと、アレだ、アレ。一時間目に教科書類を渡して、二時間目に係、委員会を決めてもらう。三、四時間目はホームルーム。そして午後は部活説明会。んで、帰る。給食はあるから安心しろよー」
係。委員会。部活。ああ、係はともかく、委員会と部活——部活は特に僕に関係がなさそうだ。
部活の青春? 大会目指して力を合わせて頑張るぞ? ハッ、僕には力を合わせる仲間が居ないよ。
なんだかネガティブになってしまったところでまた気の抜けた号令が上がり、起立をし、挨拶。僕の学校生活二日目が本格的に始まるのだった。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.6 )
- 日時: 2016/07/09 19:15
- 名前: 河童 ◆PZGoP0V9Oo (ID: DxRBq1FF)
第一話「一人ぼっちの幸せもの」 その6
そして朝の会が終わった後の10分休み。さて、教科書が渡されるから、名前ペンを出すために筆箱を出そうと思ったら。
「ねえ、宗谷くん、行くよ」
「え」
半本さんが声をかけてきた。
どこに? 聞くと、半本さんは、壕持さんのところ——と言って、僕の腕を掴み友達をつくらない彼女の席へ歩き出す。僕がみっともなくバランスを崩してよろけているころ、半本さんは無情にも僕の腕から手を離し、壕持さんの席に居た。僕も慌てて彼女の側に行く。
昨日会ったばかりの人の席の前で堂々と仁王立ちができる半本さんのメンタルは凄いと思う。しかし壕持さんは無反応。半本さんではなく机を見ている。なので半本さんは、壕持さんの顔の前で手をひらひらと動かす。それでも相手が無反応のため、半本さんは彼女の机をトントンと叩く。
その行動に壕持さんは、チッと舌打ちを返し、うっとうしそうにこちらを向く。流石にここまでされて無反応では居られないらしい。
「何?」
「友達になろうと思って」
本当にこの子、十分休みにガンガン話しかけていきやがった。しかも僕を巻き添えにして。巻き添えにされるのは慣れているけれど、こんな巻き添えは嫌だ。
「だから、嫌って言ってるでしょ? 貴方はその音桐君と仲良くやってればいいじゃないですか」
「貴女は嫌でも私が友達になりたいの。主義がどうとか、昔に何があったとか関係なく、ね」
「何と言っても無理。嫌なんです。ねえ、音桐君、貴方この人の友達なんでしょ? 止めてよ」
おおう? こっちに話が飛んできた。想定外のことが起きて、僕はうーん、と唸る。何かをしゃべろうと口を開くが、言葉が何も出てこない。ていうか、僕は巻き込まれただけなんだから止める義理とか無いような……。
いや、仮にも友だちになったんだし、半本さんのやったことに対しての責任は僕が取るべき……なの、かな?
「ほ、ほら。半本さん、壕持さんもこう言ってることだしさ。無理に友達になろうとしなくても——」
「ねえ。どうして貴女はそんなに友達になりたいのよ。いい加減にしてよ、貴女の友情ごっこに巻き込まれる筋合いなんてありません」
おい。僕に振ったのにそれを遮って質問するってどういうことだよ。……まあ、いいか。この人達に関わるときは諦めが肝心だと、理解してきたぞ。
尋ねられた半本さんの方を見ると、『貴女は何を言ってるのよ』とでも言いたげな顔で溜息をつく。
「貴女は何を言ってるのよ」
本当に言った。
半本さんは続ける。
「私が貴女と仲良くなりたいなって思っただけです。理由なんてない」
「そう。私は貴女と仲良くなりたくないと思ったわ。理由なんてない」
壕持さんはバッサリとそう言うと、これでこの話は終わりというように、机の上の本に目を戻した。
『ねえねえ』と半本さんが声をかけても一切無視だ。ちょっと半本さんがかわいそうになってきた。と思ったら半本さん、『ねえねえ』の声をミュージカル風に言ったり、チンピラ風に言うという芸をしだした。壕持さんもちょっと笑ってるし。本で隠そうとしても見えてますよ。
壕持さんがあまりにも無視をきめこむので、
「ねえ、宗谷くん。君も一緒にねえねえってやって!」
「えっ?」
という無茶振りをされてしまった。
その後、2人でダンスをしながらラップ調で『ねえねえ』を言ったり、『やっほー! みんなのアイドル、NE☆NEだよー!』とアイドル風に『ねえねえ』を言ったりしたのだが、その辺は割愛。
アホな真似をしたせいでもう予鈴1分前。名前ペンを鞄から出していないことに気付き、取り出してきてから着席する。
まもなくしてチャイムが鳴り、先生が入ってきた。
「よーし、全員着席してるな。じゃあ男子、教科書を下から取ってくるんで、手伝え」
げっ。これだから男子って損なんだよな。力の強い女子だっているし貧弱な男子も居るじゃないか。僕とか。
まあ、そんなことを言っていても仕方が無いので先生についていく。教科書ってどこにおいてあるんだろう? という疑問もすぐに解決した。1階にある技術室だ。木製の大きいテーブルに、教科書が置かれていた。規則的に並んでいるようなので、おそらくクラス順だろう。
「前から3番目の机にうちのクラスの教科書があるから、それを持ってきてくれ」
はーいと誰かが返事をすると、皆がその机に行き、教科書を持っていく。僕は美術の教科書だった。ただ、上巻下巻になっていたので、2人で持つことに。
2人で持つとなると、僕みたいな奴は友達がいないし、最悪1人で持たないといけないかな、と思っていたら、優しい誰かが持ってくれた。
誰だろうと名札を見ると、『山脈道理 羽端』と書かれていた。苗字がすごいことになってる! ええと、普通に読むなら、『さんみゃくどうり はねはた』かな? うーん、苗字が四文字って初めて見たぞ。
おっと、流石に感謝もしないのも山脈道理君に悪い。
「ありがとう」
「いやいや、これくらいいいよー」
優しい子だ。僕たちは1年生の棟に繋がる階段を登る。ついでに、名前の読み方を聞いてみた。
「うん? 名前? 『さんみゃくどうり はばた』だけど」
「へえ。珍しい名字だね」
「あはは、よく言われる」
はばた君らしい。それよりも『山脈道理』のインパクトが強すぎるのだが。まあ、うん。世の中こんな苗字も居るだろう。
そう考えている内に教室についた。結構重かったな、美術の教科書。結構ペラペラなのに。僕は皆がそうしているように教科書をロッカーの上に置き、席に戻る。他の子も帰ってきて、先生も戻ってくる。……よく考えたら、先生、手伝ってくれとか言ってたくせに自分は何も持ってきてなかったな。ずるい。
「皆持ってきたなー。じゃあ廊下に近い方の席から教科書を順番に取ってこい。2冊持ってこないように注意しろよー」
一番廊下に近い列は僕の居る列だった。僕は席を立ち、教科書を取りに行った。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.7 )
- 日時: 2016/07/06 21:44
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)
- 参照: トリップを変更いたしました
第一話「一人ぼっちの幸せもの」 その7
「ふぬう」
「どうしたの?」
皆が教科書に名前を書いている時に、隣の半本さんがいきなり声を上げた。
「なんであの妙案で壕持ちゃんと友達になれないのかな」
「いや、あんなテロみたいな話しかけ方で友達になる人なんてそうそういないと思うよ……」
『妙案』を、字のごとく『妙』な『案』という意味で使ったのでなければあの方法は妙案という言葉からかけ離れている。ラップ調に『ねえねえ』を言うとか、アイドル風に『ねえねえ』を言うとか、頭がおかしいとしか思えない。ほんと、あんなのをやるなんてどうかしてるよ。
まあ、やったのは僕なのだけれども。
「テロって……。でも、宗谷くんはそのテロみたいな方法で友達になってくれたじゃない」
「ぐっ」
それを言われてしまうと言葉も無い。聞こえなかったふりをして僕は教科書に名前を書く。思うのだけれど、こういう、名前をひたすら書く作業って、学校側で名前のシールを作ってくれれば5分もせずに終わる作業なんじゃないだろうか。ネームペンのインクも無駄にならないですむし。
「半本さんは名前書き終わったの?」
「うん。ほら」
半本さんが教科書を差し出してくる。
うわっ、字うまっ! 書道でもやっていたのかというくらいの字のうまさだ。しかも書くのが速い。皆がまだ書き終わっていないのに、もう書き終わっている。
アルファベットと数字もうまい……。どんな鍛錬を積んだらこんな字になれるのだろうか。
「あはは宗谷くん、あんまりじろじろ人の教科書見ないでよ。恥ずかしいよ」
こんな字だったら恥ずかしがることもないのに。まあ本人が言うのだから恥ずかしいんだろう。
「話を戻すけど」
返した教科書の端を揃えながら彼女は言う。僕はまだ半分も教科書に名前を書いていないので、それを聞きながら名前を書く。
「なんであの子は友だちになってくれないのかな。すごく不思議だよ。SFだよ」
「この程度でサイエンス・フィクションを名乗られたらSFにすごく失礼だと思うけど」
もしくは、S(少し)F(不思議)。半本さんの思考回路が、という意味だったなら、SFで問題ない気もする。ほんと、半本さんの言動が読めない。今日の朝彼女から借りた小説より読めない。
「やっぱり計画を練り直さなきゃダメなのかなー。今度は待ち伏せでもする?」
「どんどん犯罪じみてきたけど」
「奇襲をかけるしかないかなあ」
「テロじみてきたけど」
「紀州梅をかけるしかないかなあ」
「それをやって何の意味があるの」
ちょっとふざけてないか、この子。目的を見失ってる気がする。
「一応、あの子と友達になるのが目的……何だよね?」
「うん、そうだよ?」
大真面目な顔で言う半本さん。『今更何言ってるの?』という声が聞こえてくるようだ。
「今更何言ってるの?」
言った。僕は友達になるの、そんなに乗り気じゃないんだけどなあ。ちょっと怖いし。やっぱり第一印象って大事だと思うんだよね。——あの子の僕に対しての印象も最悪な気がするけれど……。流石に変な行動をしすぎた。
「じゃあ、作戦を考える——」
よ。と言い切らない内に藍央先生が手を叩き、皆を注目させる。
「はいはい、じゃあ時間だから教科書をしまえよー。チャイム鳴るぜー」
と言った瞬間、見計らったかのようにチャイムが鳴る。
——起立、礼、着席。先生が言い、皆が着席した。ガラガラという椅子の音と、ざわざわというクラスメイトの話し声が混ざり合う。壕持さんは、やっぱり1人。凛とした表情で、本を読んでいる。カバーを掛けているため何の本を読んでいるかはわからない。
……しかし、あの子本読むの速いな。もう4回もページをめくっている。沢山本を読むと本を読むのも速くなるのだろうか?
「——やくん! 宗谷くん!」
「っ!?」
いきなりの声に僕は跳び上がってしまう。机に膝をぶつけた。超痛いぜ。
何かと思えば、半本さんだった。
「ほら、行くよ?」
「えっ、ちょ……」
なんて、抵抗するのも虚しくずるずると引きずられるように僕は壕持さんの机まで連れてこられる。
「ねえねえ、壕持さん」
「…………何」
不機嫌そうに、こちらを向く壕持さん。無視をしないのは、前回無視をしたことによって酷い目(ねえねえ地獄)にあったからだろう。かわいそうに。
まあ、犯人は僕だけれど。
「友だちになろ!」
「却下するわ」
即答。即答すぎる即答だった。『友だちになろ』の『な』の所で拒否された。
しかし半本さん、めげない。にこにこと笑みを浮かべて壕持さんに脇腹に手を添える。……何をする気だ? ……ん? なんとなく想像はついた。けどいや、まさか、流石に、いきなりあれは……。
「こーちょこちょこちょこちょこちょーお!」
「きゃあ! あ、あははははっ! ちょっと、やめ、やめなさい! やめてください! やめろっつってんでしょ聞こえないの!?」
「友達になったらやめるよー」
「ちょっと、ほんと、やめなさっ」
くすぐったーっ! 強行手段に打って出たーっ! くすぐり——弱い人は本当に弱いからなあ。僕も弱い。特に脇。そして奇遇なことに、壕持さんも弱い側の人間らしかった。
友達ってこういうものだったかなあ? 友達がいなさすぎてよくわかんないけど、少なくともくすぐりから発展するのは違うと思う。
「ほらほら、友達にならないとやめないよお?」
半本さん、超笑顔である。今までで一番笑顔。一番輝いているよ。黒く。半本さん、実はサディスト疑惑。
「わかった、わかったから! なる! 友達になるから!」
「ほんとに?」
「ほんとにほんとに! ……あっ」
罠にまんまと引っかかった壕持さん。可哀想だ……。『あっ』って時の顔に、感情が何一つこもっていなかった。真顔をレベル化できるなら、もうカンストしているような真顔だった。
「……わかったわ。言ってしまった以上なってあげるわよ……」
「うわあ! ありがとう! よろしくね! 私半本とどろき! こっちは音桐宗谷君!」
「……よ、よろしく」
僕が挨拶をすると、壕持さんは真顔で頷く。……気まずい! 可哀想すぎる! うわあ、うわあ……。僕がやったわけでもないのに罪悪感が半端じゃない。心のなかで僕は彼女に土下座した。
そして、顔を上げた彼女の。
「次の時間——覚えてなさいよ」
ボソリと付け加えられた一言に、僕は怯えることしか出来なかった。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.8 )
- 日時: 2016/07/16 23:04
- 名前: 河童@スマホ (ID: MXjP8emX)
第一話「一人ぼっちの幸せもの」 その8
さて。結局その後僕がーーいや、僕達がどうなったかというと。
「えー、お前らが委員長達……もとい、学年委員会のメンバーか」
現在時刻16時35分。委員会顔合わせの時間である。
藍央先生が面倒臭い者を見るような目で言う。確かに面倒臭いだろう。見るからに『曲者』と言える人たちが、ここーー生徒会議室に集まっているのだから。
長いポニーテールの少女、背の高いニヤニヤとした少年、癖っ毛で目が死んでいる女の子、地味なようで内に秘めた物がありそうな男子、などなどがそれぞれを品定めするように見つめている。
そしてそこに。
僕と、半本さんが。1年3組委員長と副委員長が居た。
こんなことになってしまったのはなんでだったっけ? 思い出してみよう。
確か、委員会決めの時だったと思う。藍央先生が、
「まず委員長と副委員長を決めるぞー。なったやつは自動的に学年委員会に配置されるからな。委員会の掛け持ちはできねえぞ」
と言い、まず、立候補を募った。が、まあ当然、委員長を自らやろうなんていう物好きはそうそう居ないので、全く手が挙がらなかったのだ。
しかし。その次に先生が誰か推薦する奴はいないか、と言った瞬間に、まさかと思う人が手を挙げた。
そう、壕持さんである。この時点で嫌な予感しかしない。友達を作らない主義の彼女が推薦する人物なんて、わかりきっていることだった。
お願いだから先生、壕持さんを発表させないでくれ!
「ん、壕持か。なんだ、推薦か?」
「はい、推薦です」
「誰だ」
「半本さんです」
うわあ。……うわあ! 反撃の仕方が陰湿だ! 仮にも友達にするような仕打ちではない。でも多分それを壕持さんに言っても『友達だからこそ推薦したのよ』とか言いそうだ。そして半本さんはそれをころりと信じてしまいそうだ。これが噂のチョロインという奴か。
ん? でも委員長は半本さんだとして、副委員長は誰になるんだろう? ……いやまさか、でもあの子ならやりかねない。
「えー。半本、お前委員長でいいか?」
「えっ……。いや、あの」
断れ! 断れ半本さん! チョロイン化を防ぐんだ! このままでは僕に火の粉がかかりかねない。
「じゃあ……やります」
おい!
僕の必死の願掛け虚しく、彼女は委員長になってしまった。せめて僕だけでも壕持さんの魔の手から逃げ出さなければ。
隣の半本さんを見ると、嫌そうな顔はしていない。何故だろう? やりたいわけじゃあ無いはずなのに。
「じゃあ次、副委員長……」
「はい」
先生が話した瞬間手が2つ挙がる。……2つ? 壕持さんはともかく、半本さんまで挙げている。おいおい、冗談もいいところだよ。やめてね? 僕を副委員長に推薦するーみたいな真似は。フリじゃないよ? 本気の懇願だよ?
と、心の中で土下座をする僕をよそに、話は進んでいく。
「ええと、じゃあ、半本。推薦だな?」
「はい、推薦です」
先程と全く同じ答え方をする半本さん。なんで友達になって1日も経っていないのにそんなに心通じ合ってるんだよ。なんかギャグみたいになってるけれど僕にとってはかなりの問題なんですけれども。プロブレムですけれど。
「誰を推薦するんだ?」
「はい、宗谷くんです」
はい僕の人生終わった。教室にあふれる『宗谷って誰?』感が痛い。びしびし僕に突き刺さっている。まさか半本さんに裏切られるとは思っていなかった。
恨みがましく彼女の方を見ると、半本さんがかなり切羽詰まった表情で、
「死なばもろとも!」
というアイコンタクトを送ってきた。いやいやいやいや、死なばもろともじゃないんですけれど。何巻き添えにしてくれてるんだよ! おかしいでしょ! そんなに嫌だったんだったら最初自分が推薦された時断ればよかったんじゃないか!
しかも壕持さんがこっちを見ながらすごい笑顔で親指立ててる! 笑顔が怖い、なんて現象初めてだ。
「ええ、じゃあ、音桐。それでいいか?」
断れ僕。簡単なことじゃないか、『嫌です』の4文字を言えばいいだけだ。片手で収まる文字数でしょ? 口に出すのなんてもっと楽だよ。一秒もかからないわけだ。しかも『嫌です』と言えば先生も『ああ、そうか』で会話が終わる。それに対して『わかりました、やります』と言えば『えええー!? やるのー!?』的会話が行われるに違いない。クラスが騒がしくなり、先生に注意されることは想像できる。僕のせいでみんなが怒られるなんて嫌じゃないか。そう、僕は別に、『面倒臭いから』みたいな自分勝手な理由で断るわけじゃあない。皆の為を思って、クラス全体のプライドを保つために断るのだ。
そう、断ればいいだけなんだ。さあ、今口に出せ僕。あの4文字を!
「わかりました、やります……」
そして今に至る。はい、こんなことになったのは僕の意志が弱いせいでした。ええ。
しかし、やるしかない。自分でやると決めたからには、この、曲者揃いの学年委員会で生き残るのだーー。
第一話『一人ぼっちの幸せもの』 完