コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: そんな君に、ずっと好きだと叫びたい。 ( No.8 )
- 日時: 2016/03/07 17:10
- 名前: スプリング (ID: .wPT1L2r)
私が入学する高校は、電車もバスも自転車も使わずに、家から徒歩で行けるくらいの距離のところにあった。
昔から地元の子たちはその高校を目指していて、私も物心がついた頃にはそこに通うんだと意気込んでいた。
しかし、意外にその高校は難関で、進路相談のときに私の実力ではぎりぎり到達しないレベルだと知った。
それでも今、こうして入学までたどり着けているのは、紛れもなく自分の実力で、本当は幻なんじゃないかと思った。
けれど、幻なんかじゃない。
現実なんだ──と実感したのは、その高校を実際にこの目で見たからだ。
「すごい──」
私今、夢だったあの高校にいる。
これから毎日、通うんだ。
いかめしい校門の前に『入学式』と達筆に書かれた看板が置かれていて、まるで私を歓迎してくれているように思える。
厳格そうな校門の隣に植えられたやわらかな印象を与える桜は満開で、周囲を優しく包み込んでいた。
やっぱり桜はいいな。
一人でじんわり和んでいると、奥に見える巨大な建物が目に留まった。
──校舎だ。
外壁は全体が真っ白に塗装されていて、少しでも汚れたら目立ってしまいそうだ。
かわいげのない、あるのは清潔感だけのその高校は、いかにも“学校”だった。
これが、私の目指していた高校──。
たどり着いたんだ。
これ以上ない達成感に、口元がほころぶ。
この校門をゴールテープとして、私は今、そのゴールテープを切ろうとしている。
さあ、ゴールだ──。
石造りの校門をくぐり抜けて、両手を広げる。天に向かって伸ばした腕を、ゆっくりと胸の前でガッツポーズに変えたとき──。
「はい君、大幅遅刻だよ」
ごま塩頭の、職員らしき老人に残酷な現実を告げられた。
- Re: そんな君に、ずっと好きだと叫びたい。 ( No.9 )
- 日時: 2016/03/11 21:41
- 名前: スプリング (ID: .wPT1L2r)
「君も、遅刻ね」
現実を思い知らされた私が絶望的な気持ちでうなだれていると、横でまたおじいさんの声がした。
なんとなく目を向けてみたら、真新しい制服に身を包んだ、自分と同じ新入生とおぼしき男の子が遅刻宣告を受けていた。
その男の子は気だるげで、眠たそうにあくびまでしていた。遅刻したことに対して、全く反省の色が見られない。
しかしまあ、同士がいるだけ、その分心が救われる。
思ったけれど、男の子の保護者らしき人の影が見えなかった。先に体育館に行っているのかもしれないし、もしかしたら私みたいに来ないのかもしれない。
「早く行きなさい」
新入生も保護者も在校生代表も、もうすでに体育館に集まっているらしい。
なんとか折れかけた心を持ち直して、お年寄りの職員から体育館の場所を教わり、初対面の男の子とともに体育館に直行した。
入学式の日に遅刻するなんて、まるで漫画だ。
迷うことなく無事体育館に到着すると、私はおずおずと中に入った。一方男の子はものおじした感じはなく、堂々たるその姿勢には尊敬しかない。
入り口に立っていた先生に声をかけて、自分たちの席に案内してもらう。
若干目立っていたけど。なにごとかとひそひそささやかれていたけど。
その方向は見ないようにして、空席だった椅子に座った。
──あーあ、初日からやっちゃった。
最後まで沈んだ気分でいたため、式の内容はほとんど覚えていない。
ただただ自分に嫌けがさして、親のことをとやかく言える立場ではないことに気づいた。
そうやって自らを責めていると、一緒にここまで来た男の子の座った後ろ姿が目に留まった。ちょうどこの席からは、彼の全身がよく見える。
なんか……もったいないなぁ。
彼を眺めていて、そう思った。
まず、いかにも「寝起き」という感じの髪。アッシュグレーがきれいなのに、後ろ髪が一か所ちょこんとはねている。
──そう、彼は美しいのだ。
それなのに、その美しさをむだにしている。有効利用できていない。
寝癖のついた髪も、曲がった姿勢も、やる気のなさそうな表情や態度も、何もかも。正しさえすれば、きっと活用できるのに。
さっき機会があって正面から見た、やや薄い色の瞳、長いまつ毛、純白の肌、整った顔立ち……。垣間見える彼の美貌は今、野放しにされている。
- Re: そんな君に、ずっと好きだと叫びたい。 ( No.10 )
- 日時: 2016/03/11 22:12
- 名前: スプリング (ID: .wPT1L2r)
入学式が終わって、新入生にクラス分けが発表された。これから自分たちの教室に行き、担任の先生からホームルーム指導があるという。
一年生は四つクラスがあって、私はA組だった。
中学校までは数字で分けられて一組や二組だったため、アルファベットで分けられるのは新鮮だ。
一年A組。
私は心の中で何度もそうつぶやいた。
教室に着くと、同じ制服を身にまとった男女がたくさん集まっていた。これからをともに協力し合いながら過ごす仲間──クラスメートなのだ。
身だしなみを整えて、私は教室内に足を踏み入れる。
全ての席に、それぞれ自分の名前の書かれたプレートが置かれていた。そのプレートは、後々ブレザーにつけて名前札になる。
私も自分の席を探した。月影葉子、と書かれたプレートがあった。そのプレートの載っている机が、この先私のパートナーとなる机だ。
「私の席……!」
憧れの高校に、私の席がある。
ずっと夢見ていた高校に、生徒として私がいる。
喜びに満ち溢れている胸を両手で押さえて、ゆっくりとその席に近づいた。
──そのとき。
「あーっ! 入学式に遅刻してきた人だ!」
突然、ボリュームもキーも高い声がした。耳をつんざくほどのその声に驚き、私は首をすくめる。
一体なにごとだろう、と思って振り返ると、恐らく大声を出した主であろう女の子が好奇心旺盛な瞳でこちらを見ていた。
こっち……?
私も女の子が見つめる方向に目を向ける。しかし、その方向にはただ窓があるだけで、人っ子一人いなかった。
そこでもう一度女の子を見ると、やはりこちらを見つめている。
誰もいない方向と女の子を交互に見返して、はっとした。
まさか……。
「……私?」
女の子は私に対して甲高い声を上げていたのか。
確かに、「入学式に遅刻してきた人」は私だ。
「そうだよ」
当たり前のように言われて、私はがっくりする。
遅刻って、罪だ。ものすごい代償がついてくる。
こんなに悪目立ちしたことなんて、今までに一度もなかった。
恥ずかしい。
女の子は自分の席に座っていて、無邪気な笑顔を浮かべていた。お花の髪飾りがついたヘアゴムで髪を一つに束ねていて、それが余計に幼く見えた。
そんな女の子の隣に座る男の子も、私を見て笑っていた。しかし、男の子は女の子のように愛らしい笑顔ではなく、いたずらな笑顔をしていた。
──こんな仕打ち、ある?
- Re: そんな君に、ずっと好きだと叫びたい。 ( No.11 )
- 日時: 2016/03/15 00:46
- 名前: スプリング (ID: .wPT1L2r)
「私、結城澪(ゆうき みお)」
女の子──結城さんが、そう言って白い歯を見せて笑った。
高い位置に結われたその髪型は、言うところのポニーテールだ。
ポニーテールは、結城さんにとてつもなく似合っていて、今まで私が見た中では一番顔とマッチしていた。
ポニーテールがあってこその、この結城さんだろう、と私は思った。
結城さんの隣の席の男の子は、まだ笑っていた。あの意地悪そうな笑顔が憎たらしい。きっと性格も意地汚い人なのだろう。
ふんわりとしたマッシュショートが印象を柔らかくしてくれているのに、残念だ。
「俺は、成瀬祥太郎(なるせ しょうたろう)。遅刻ってウケ狙いかと思った」
そう言うと、肩を震わせてまた笑う男の子──成瀬くん。
内心むかっとするけれど、髪を染めていないところや自己紹介したところを考えて、そこまで悪い人ではないかもしれない、と思った。
「……私は、月影葉子っていいます」
雰囲気に流されて、恐る恐るだけれど口を開いた。
そんな私の自己紹介に、結城さんは心底嬉しそうにうなずいた。男の子も、承知したというように片手を挙げてくれた。
なんか、仲よくなれるかも……!
「私のことは、澪って呼び捨てで呼んで! この人はねー、ショーちゃんだよ」
「おいっ、お前バカか!」
澪……。いきなり呼び捨てでいいのだろうか。
まあ、本人がいいって言ってるわけだし、そう呼ばせていただこう。
それにしても、ショーちゃん……。
祥太郎だからショーちゃん、というのは理解できるのだけれど、なぜ澪は彼をこうもなれなれしく呼ぶのだろう。
「もしかして、二人って知り合い?」
むしろ、知り合いでなければおかしい。ショーちゃん、なんて……。
「うん。知り合いっていうか、幼なじみだよ。幼稚園のときから腐れ縁みたいにずっと一緒なんだ。ねー、ショーちゃん」
「ふざけんな、俺はお前が幼なじみなんて思いたくもないね」
「でも幼なじみなんだよー、一応」
二人のそんなやり取りを見て、仲いいんだ……と思う。
ショーちゃんの方は一見澪を嫌っている風だけれど、なんだかんだ言って結構仲がいい。いちゃいちゃしているようにも見える。
「あっ、じゃあ月影さんのことはどう呼べばいい?」
ショーちゃんとじゃれ合うみたいに言い合っていた澪は、突然思い出したように私に問うた。
月影さん、という呼び方は若干よそよそしく思える。自分のことは、いきなり「呼び捨てで呼んで」と言ったというのに。
「私も、葉子って呼び捨てでいいよ」
少しばかりむきになって、私はそう返したのだけれど。
「ほんと!? やった!」
澪の、まるで子供みたいなその喜び方に胸を突かれた。
そんなに喜んでくれるなんて……。
刹那、先ほどまでのすねたような気持ちがまるでなくなって、すっきり晴れ晴れとした気分になった。
澪は罪な性格をしている。相手の心中を自在に操る。実際にはそんなつもり、本人にはないのだと思うけれど、こちらにとっては操られたようなものだ。
「これからよろしくね、葉子!」
だって、こんなにも嬉しいのだもの──。
うん! と、「よろしく」の代わりにはじけんばかりの笑顔で私はうなずいた。
澪、ショーちゃん……、早速入学式初日に新しい友達が二人もできちゃった!
- Re: そんな君に、ずっと好きだと叫びたい。 ( No.12 )
- 日時: 2016/03/15 00:44
- 名前: スプリング (ID: .wPT1L2r)
「葉子の席はそこだよ」
澪が、目の前にあった机を指さす。
確かにその机は私の机だ。なぜなら、私の名前の書かれたプレートが置いてあるのだから。
「うん」
よかった、澪の前の席だ。逆に言えば、私の後ろの席は澪。
そして、澪の隣はショーちゃん。私の斜め後ろの席。
身近に友達がいる。心配なことはなにもない。いっぱい話ができるし、楽しみなことばかり。
私は、ひとまず今年一年の高校生活に安心した。友達ができないかも……なんて悩みは解消された。勉強面も、分からない問題があったら聞けばいい。
これで私は、独りぼっちにならなくて済む。
澪はいい子みたいだし、ショーちゃんは澪さえいればなんとかなるだろう。
いい知り合いができてよかった。
私はにこやかに椅子を引いて、指がさされた席に腰を下ろした。
──と同時に。
隣が動いた。
「……ん」
私の、左隣はベランダのある窓側で、右隣は男の子が机に突っ伏して居眠りをしていた。
だから顔は分からない。
でも、その髪には見覚えがあった。
全体のカラーはアッシュグレー。
レイヤーショートではあるけれど、後ろが少し異質な感じではねている。恐らくそれは寝癖だ。
この人って……──。
「ふぁー……」
両手を広げてゆっくりと伸びをして、大きなあくびまでかます男の子。どうやらお目覚めのようだ。
目に涙を溜めてこちらを向いた彼の顔は──。
「あ、ど……ども」
入学式に、私と一緒に遅刻していった人だった。
- Re: そんな君に、ずっと好きだと叫びたい。 ( No.13 )
- 日時: 2016/03/15 22:23
- 名前: スプリング (ID: .wPT1L2r)
気まずいながらも、私は挨拶をした。初対面ではないのだから、「初めまして」はおかしいだろうと思い、「どうも」を選んだ。
そんな私を、男の子はじっと見つめる。
な、なんか私、変なこと言った……?
それとも、私の顔になにかついているのか。
見つめられれば見つめられるほど不安が募る。私は自分が気になって、そわそわし始める。
「んー?」
急に様子が変わった私を、後ろの澪は不思議に思ったようだった。
澪は、私の隣を見た途端、はっとした。
「入学式に葉子と遅れてきた人だ!」
澪は気づいた。彼が私と同類の人物であることに。
しかし男の子は澪に目を向けられた瞬間、私を見つめるのをやめた。
恐らく、私に見覚えがなかったのだろう。
つまり彼にとって、私とは初対面のようなものだということだ。
この教室内にいる誰しもと同じ程度ということ──。
私が誰だか分からないから、会話する必要もないと踏んだようだ。
再び机に頭を預けた男の子は、すぐに寝息を立て始めた。
無視されたような気になって、私はちょっと寂しさを感じた。
というか、澪の興味がこちらに向くなんて……、この流れは危険な気がする。
「すごい! 入学式に遅刻したコンビが同じクラスで、しかも席が隣同士だなんて……っ!」
澪は瞳をきらきらさせて私たち二人を見るけれど、ショーちゃんは違う。
またあのいたずらな笑みを浮かべて、私たち二人をいやらしい目で見る。
「お前らなに? つき合ってんのか!」
そう言ったショーちゃんに、澪はびっくりしたように聞く。
「え!? 二人って今日初めましてじゃないの?」
そうだよ、そうなんだけど……。あー、ショーちゃんのせいでややこしくなる!
「この人とは、今朝校門で初めて会った。遅刻したもの同士、一緒に行くはめになっただけ。知り合いでなければ、彼氏でもない!」
通常のときよりなるべく声を上げて、澪とショーちゃんに言い聞かせるように私は断言した。
- Re: そんな君に、ずっと好きだと叫びたい。 ( No.14 )
- 日時: 2016/03/16 00:39
- 名前: スプリング (ID: .wPT1L2r)
「なんかそれって運命みたい!」
私の話を聞いて、澪はつぶらな瞳を輝かせて言う。
希望に満ちたその目を、私はある意味尊敬する。
現実はそんな甘いものではないのだよ……。夢物語みたいなことが私には全く想像できないし、この世に存在するとも思えない。
一方──。
「ちぇっ。なんだよ、つまんねーな」
心の奥底からつまらなさそうに、舌打ちまでして吐き捨てるようにショーちゃんは言った。
冷やかしがしたくてカップルを追い求める……。まるで小学生みたいだ。
「高校生になってもまだそんなだとねぇ、彼女なんてできっこないよ」
私は少し哀れみを交えて、そう言い放つ。
ショーちゃんはモテない男の象徴だ、と。
「あちゃー、今会ったばっかの子にずばっと言われちゃったねー、ショーちゃん」
澪もまた、小学生みたいにショーちゃんをいじる。
本性見抜かれちゃったね! となぜか嬉しそうだ。
きっと、今まで好き勝手言われ続けて、うまく言い返せなかった分の恨みつらみが溜まっていたのだろう。
「うっせー、黙れっ。あとショーちゃんって呼ぶな!」
思いも寄らぬ相手からの思いも寄らぬ攻撃に、ショーちゃんは興奮した様子で必死に反抗する。
無様だ……。
実に無様である。
ショーちゃんの荒れ狂うその姿はまるでヒーローからものの見事にやっつけられた悪者で、無様としか言いようがないくらい「ざまあみろ」な光景だった。
「あっはは! やったね、澪」
「うん! すっきりしたー。ありがと、葉子!」
口が悪い子はすぐ滅びるのよ──。
膝を折り曲げて木の床につけ、黒髪が生えた頭を抱えて撃沈したショーちゃんを前に、私と澪は二人で手を取り合って喜んだ。
- Re: そんな君に、ずっと好きだと叫びたい。 ( No.15 )
- 日時: 2016/03/17 17:14
- 名前: スプリング (ID: .wPT1L2r)
「……さっきからうるさいんだけど」
突然のハスキーボイスに、私も澪もショーちゃんも驚く。
誰だ? と声が聞こえた方をたどって、三人は私の右側を見た。
すると。
──男の子が起きていた。
机に頬杖をついて、私たち三人をいかにも迷惑だというように眉をひそめて眺めている、隣の席の男の子。
先ほどまで机上に据えた腕に顔をうずめて、すーすーと安定した寝息が聞こえていると思っていたのに……。
「えっと……、私たち?」
どうやら彼は、私と澪とショーちゃんが騒いでいることに対して、「うるさい」と注意しているらしい。
その目が、私たちの姿を確ととらえて、強く訴えている。
「……ごめんなさーい」
首をすくめて、私と澪は謝った。
──けれど。
「知るかよ。んなとこで寝てる方が悪いんだろ」
敵意をむき出しにして、ショーちゃんは男の子に牙を剥ける。
漆黒の瞳が鋭く男の子を射抜いている。
男の子の方もまた、ショーちゃんを見据えていた。冷ややかで、その目からはなんの感情も汲み取れない。
「……なんだよ。なんか文句あんのかよ!」
ショーちゃんは逆上して、完全に自分を見失っていた。
澪がこれ以上男の子に迷惑をかけまいと、ショーちゃんを落ち着かせて止めようとするけれど、興奮したショーちゃんはまるで聞く耳を持たない。
「言いたいことがあるんならはっきり言えよ!」
男らしくねえぞ! とついには説教までし始めた。
こりゃだめだ……、と私は額に手を当てる。澪はむだな制止を諦めて、すっかり呆れ返っていた。
男の子の方はなにも言わずに、ただただ冷淡な目でショーちゃんを見つめている。それがむしろショーちゃんの怒りに火をつけているので、どうにかしてほしいのだけれど……。
人間味を感じられないその表情は、淡い希望の芥子粒さえも粉々に打ち砕く。