コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: わんだーらんど いん わらび ( No.15 )
- 日時: 2016/10/31 02:12
- 名前: 燐曇 ◆5O0Pt6Rshc (ID: IoxwuTQj)
#8
————全ては海底の淵に。
彼女はその時、一人ではあった。微かな意識と微かな記憶がそこに彼女を存在させる。けれど、彼女はそこに自分自身を感じてはいなかった。自分自身ではあるけれど、それは自分ではない、強い嫌悪感を覚えそうなもの。者。物。意識————ああ、しかし、それは確かに自分でもある。
感情か。それは有り得ない事ではない、のだけれど。けれど、彼女はそれを認めようとはしなかった。それどころか嫌悪し、退け、もっと、もっと奥へとそれを追いやって、閉じ込めて、鍵を、錠を、紐で、縄で、針金で、板で、鉄で、出られないようにしてしまった。消したのではない、あくまでも追いやったのだ。追いやることで、彼女はそれを肥大、さらには意識を与えてしまった。
だから————————
「行きますよー、畔角さん」
「はい、大丈夫デス」
「頑張ってェー穂連ちゃーん!」
「いい加減離れてくれませんかねホント……」
十はあくまでも傍観者で、少し離れた位置へと、緑髪の少年の腕にしがみついたまま移動していた。香と因幡もまた同様に、対峙し合う姫島と畔角から距離を取る。
誰も、別に事をさほど深刻に見てはいない。否、一人は能力が通じなかったために、多少はそう感じているのかもしれない————が、それでも、意識は決してそこではなく、その立方体の中身に向いている。立方体が破壊できるかもしれない、破壊された後はどうなるのか——誰にも分からないから、彼女達は自分の興味を優先できるのかもしれない。
「行きますよォー」
姫島が片足を上げ、野球の投手のような姿勢を取ると、畔角もそれを受け止められるように身構える。姫島の周囲に、徐々に旋風が巻き起こるのを捉えた少女は、微かに息を呑んだ。
————本気だ。本気で来る、あの先輩は————
さらに、少女は息を呑む。
不安もある、けれど好奇心もあるのだ。今対峙しているあの先輩でも破壊できなかったものを、自分が破壊できるのか。そんなものを——もし、できたとすれば、それは、きっと————。
————ビュンッッ!!!!
風を切るような音を、少女は聞いた。
いや、聞こえたかどうかも分からない。眼で捉えるのもままならないほどだ。
——バチッ!!
しかし、音は確かに響いた。電気のような音を、その場にいた少年少女の全員が聞いた。
音源は畔角で間違いなかった。なぜなら彼女が立方体に向かって突き出した片手から、眩いほどの電気のような光が発せられていたからだ。
————ガリガリガリガリッッ!!!!
刹那、今度は何かが削れるような音が耳に届けられる。何が削れているのか、それは光のせいで捉えることはできない。しかし誰もが眩しさに目を細める中、香だけは、どこから取り出したのかサングラスをかけてその光景を見守っている。
彼女の目に映ったのは、姫島によって豪速で投げられた立方体が、畔角が展開した薄い膜のような壁と反発しあっている光景だった。畔角の能力は自身に対するあらゆる干渉を反射するものだが、立方体はその壁をも破壊しかねないほどの速度を持っていたらしい。畔角の周囲に溢れる電気のような光は、立方体によって削られた壁の破片だろうか。
「おお……」
しかし香は、至って平常心で口角を上げているだけだった。
——————……
さて、畔角の能力と立方体の格闘から約一分。
「おいこら手前因幡どうしてくれやがるんですかねこの状況」
「知るかハゲ自分でどうにかしやがれいやていうかマジでどうするオイどうすんだよ」
「もうどうだっていいや〜」
「「真面目に考えろォオ!!!」」
「いやそれきみらブーメランだよ」
一同はパニックを起こしていた。
簡潔に言うならば、立方体が破壊されたのだ。とはいっても完全ではなく、一部が削れて中が少々覗けるといった程度なのだが。
しかし、一同が混乱を起こしたのはそこではない。
その削れた一部から、白く、細い、人間の腕が出てきたのだ。