コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: きみが転校してしまう前に[短編集] ( No.11 )
- 日時: 2016/05/15 00:46
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: K/8AiQzo)
くら寿司のビッくらポンが外れた、間抜けな音が僕達のだるい沈黙に流れる。
ゆきこは小さく舌打ちをして、「はずれ」と画面いっぱいに書かれた言葉を指でつついた。
別れて二ヶ月経っても、ゆきことの関係は消えなかった。別に不純な関係ではないことは確かなのだが、いつまでもこうしていれば、お互い次の相手などできないだろう。
学校帰りに、突然回転寿司に行こうと誘っても二つ返事で了承してくれる、妙に居心地のいい異性は、やはり失いたくはないのが本音だ。かといって、また付き合いたいかと言われれば、それもなんか違う気がする。
僕とゆきこは、こんなゆるい関係を、どっちかが死ぬまで続けていくのかもしれない。
厳選一貫中トロしか食べないゆきこは、さっきから無言で箸を口元に運び続けていた。
「食いすぎじゃね?」
ゆきこのせいで、来店から30分でびっくらポンが5回くらい開催されている。もちろん全部外れで、僕達は少しだけ期待に輝かせた瞳を元通りに淀ませるのであった。寿司シール集めてるんだよな、と呟くと、ゆきこは、奇遇ね私もよと言う。
「回転寿司みたいに、食べたいものが勝手に回ってくる人生が良かった」
鮮度くんに乗せられて回ってきた中トロをうまく取り出して、ゆきこはわさびも付けずに醤油だけ足し、その小さい口に運ぶ。
「でも、本当に食べたいものは隣の席の人に取られて、結局妥協して食べたくもないトロサーモン食うんだよな」
僕も鮮度くんを開いてアジを取る。この作業はもはや片手で出来るので、我ながら手馴れたものだと思う。昔から、ささいな贅沢といえば回転寿司だったからな。
「昨日、告白されたんだよね」
三杯めになるアイスラテが颯爽と流れてきて僕らの元に届いたのとほぼ同じくらいの時、ゆきこはそう言って頬杖をついた。
このアイスラテ、ゆきこが頼んだ奴だろ、自分で取れよ。僕はその言葉を押し込めて、無言で取ってやり向かいのゆきこに手渡し、本題を聞く。
「誰に?」
「隣のクラスの男の子」
ガムシロップをたっぷり入れて、ゆきこは僕に「どうしよう?」とでも言いたげな視線を向けた。
そんな目をされたって、こっちにかけてやる言葉はない。もはや自分の女ではないゆきこを、縛るものはなにもないのだ。
「付き合ってみれば」
「彼、顔はかっこいいしテニス部だし、かなり優良物件だと思うんだけど、さ」
アイスラテを飲み込んで、ゆきこは続ける。
「あんたとこうやって寿司に行けなくなるなら、付き合いたくない」
「なんだよそれ」
二個目のアジの皿を手に取って、わさびと醤油を加えて口に入れて、返却口に皿を返した。
こんな単純な作業を繰り返していると、ゆきこの言葉がやけにはっきり聞こえてしまう。テニス部でイケメンの男より、僕との寿司を取るゆきこだ。
「でも、あんたと付き合いたいってわけじゃないのよね。あくまでこれが好きなの、これが」
流れている寿司を、箸で差してゆきこは言う。奇遇なことに、こっちもそうだ。ゆきこと付き合いたいわけじゃないんだ。それなのに、どうしてこんなに複雑な気分になるのだろう。
余計なことを考えて寿司がまずくなるのが嫌で、僕はほったらかしてぬるくなってしまったお茶を手に取った。
「男女間の友情って成立すると思う?」
「さあな、するんじゃね?僕とゆきこは友達だろ」
「ヤリたいとか抱きたいとか、そういう感情全部抜きにしてってこと。あたしはそんな関係は無いと思うな」
そこで、唐突にまたビッくらポンが始まった。カウントは現在40皿目に突入したらしい。
絶望的に勝負運が悪い僕らは、またもや外してしまうことが決まっていたので、もうそれに対して怒ったり拗ねたりしなくなった。ただ、ゆきこに返す言葉を頭の中で少しずつ摘み取って、紡いでいくだけ。
「僕は、もうゆきこのことは......」
「これから、一緒にホテル行こうって誘われたら断れるか、って話」
無理でしょ、あんたには。そう付け足す。
いつの間にか、さっき頼んだばかりのアイスラテは半分以上減っていた。
「......や、僕は断るけどね」
「ほんとに?」
きょとんとした目で、こっちを見るゆきこ。隣の席ではビッくらポンでも当たったのか、楽しそうにしているカップルの声がやけに大きく聞こえてきた。
少しの沈黙の後、ゆきこはその大きな目を細めて、珍しく笑った。
「これからも、こうやって寿司食べに来ようね」
「んー、まあ、暇な時にな」
レーンから三匹目のアジを捕獲し、わさびと醤油をつける。その間にゆきこはカバンからスマホを取り出して、突然電話を始めた。「告白の件だけど、実は私も気になってたの。付き合おっ」と、まるで業務連絡のような会話だ。僕がゆきこに告白した時も、ゆきこは業務連絡のノリで返していたのだろうか。だとしたら、だいぶ嫌だな。別れて正解だった。
「次は焼肉だからね」
「すき家か?」
「違う違う、焼肉よ」
ああ、お腹いっぱい。ゆきこはそう言って、箸を置いた。たぶんこいつのことだから、これからデザートも食べるし、もう一つアイスラテを頼むだろう。それなのに、とても細い体を見ていると、一体どこに吸収されているんだと思う。いや、そんな些細なことはどうでもいいんだ。
「ゆきこ、」
「ん?」
「友達だからな、僕達」
「わかってるわ」
今日も楽しかった、ありがと、とゆきこは言った。
暗くなってきた外。時計を見るともう午後七時で、夜ご飯を食べに来た家族連れで店内は溢れかえっている。おやつを食べに来た高校生は、そろそろ追い返される時間だ。
そこからは、特にとりとめもない話をして僕らは店を出て、そのままお互いの家へ帰った。どうせまた一週間後くらいに、ゆきこから焼肉を食べに行こうとラインが来る。
また会えるんだからと思っても、やっぱりひとりで帰路につくのは寂しかったので、ゆきこが言うように男女間の友情なんて、本当はないんだろうと思う。心の奥底ではわかっていたことだ。
早く、ゆきこなんか忘れて次の彼女ができたらいいのに。そう思いながら、街灯の灯る道を歩いた。