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Re: きみは最後の天使[短編集] ( No.13 )
日時: 2016/09/01 20:58
名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: 0K8YLkgA)

 時刻は午後十時を少し過ぎている。互いに帰る口実を探し始めるような時間だった。
 セブンイレブンの明るい光が遠くなっていくにつれて、足取りも重くなっていく。学校帰りにカラオケの約束をしたのが間違いだった。明らかに疲れが出た体を引きずって、明日も学校だねとか、そういった会話を力なく交わす。
 正直、あんなに騒がしくなるとは思わなかった。僕のクラスの柏野と、他校の男子である若葉くんが共同で主催した今回のカラオケ会は、隣の部屋から苦情がくるほどの盛り上がりで、僕らもついさっきまで二次会の焼肉に参加させられていた。さすがにお開きにはなったが、すっかり意気投合してしまった若葉くんと柏野の気まぐれに、またいつか付き合わされるのだろうかと思うと、今から気が重い。
 それは隣の雪弥くんも同じだったようで、彼も明らかに疲れた顔をしていた。

 「……長かったね、今日」

 コンビニの袋をぶら下げて、街灯の下を歩く。真っ黒な空に、星は一つもない。
 雪弥くんは他校の男子だけど、教室における立ち位置が僕とまったく同じポジションだったから、似たようなものを感じてすぐに仲良くなった。僕らのような人間は、余計な敵を作らず、空気を読み、カーストの高い奴に気に入られ、グループを形成していくのが得意である。お互い大変だよねと笑い合った。もう少し、気楽に生活したかった。
 夜はどこまでも深くて、溶け込むみたいに歩いていく。僕の家の方角は反対側だから、今もかなり盛大に遠回りをしている訳だけど、僕の住んでいるところがバレるよりは、遠回りをして帰る方が百倍は良い。雪弥くんの家はたぶんこっち方面だから、帰りは送っていってあげよう。

 「あ、ストロー。一本しかない」

 誰も居ない公園のベンチに座る。さっきセブンイレブンで買ったいちごみるくを袋から取り出した雪弥くんは、一本足りないストローに気付いて、「仕方ないか、あの店員さん新人っぽかったし」と苦笑いを浮かべた。さっきは僕の分の飲み物も買ったから、ストローは二本入っていなければおかしい。

 「あげるよ。瑛太くんが飲みなよ」
 「いいって、別に喉乾いてないし」

 こうやって譲り合っちゃうとことか、似てるよなあ。そう言って笑い合って、結局、どっちも飲まないことにした。コンビニの袋に戻されたいちごみるくを端に寄せて、疲れたからもう少し休憩しようよと提案する。制服さえ着ていなければ、もう少し長い時間繁華街で遊べたのだけれど、こんなに疲れている以上騒がしいところには行きたくないし、ここで静かに雑談して帰るくらいでちょうどいい。
 いちごみるくの入った袋を、ほんの少しだけ名残惜しそうに見る雪弥くんに、「セブンの店員もアホだよね、二人でレジ行ったのにさあ」と笑いかけた。雪弥くんは僕に同調すると思いきや、笑顔のまま「でも俺はセブンが一番好きだよ」なんて言うから、セブンイレブンに何か強いこだわりでもあるのだろうかと思う。バイトの女の子が可愛いからローソンが一番好きだと主張する、僕の友達の翔みたいなものなのかもしれない。
 街灯だけが照らす夜の公園は、どこか寂しげだ。

 「……瑛太くんって、どういういきさつで今の彼女と付き合ったの?」
 「え、んー、なんだろう。付き合う前から、たまにご飯とか奢ってあげてたけど、デートの約束こぎつけて告白して、みたいな」
 「そっか、いろいろ苦労してんだね」

 雪弥くんはそう言って僕を見る。本当は、苦労しているのは僕じゃなくて矢桐なんだけど、「まあね」と笑ってごまかしておく。

 「俺、瑛太くんみたいに器用じゃないから、好きな子に優しくするのってすごい難しくて。彼女もいないし」
 「……え、てっきり雪弥くんはいると思ってた。フリーだったんだ」

 顔立ちは整ってるし、立ち振る舞いもちゃんとしているし、こんなに話しやすいのに、意外だな。うちのクラスの女子なら放っておかないだろうに、もったいない。
 十時四十五分、僕らはそのあとも取るに足らないような会話をしたけれど、なんだか煮え切らないままで、このまま帰る気にもなれないので、近くのファミレスに行くことにした。
 普段、ファミレスなんかめったに行かない。でも近くのサイゼリアの光を見て、ミラノ風ドリアが食べたいな、なんて一度考えてしまえばその気持ちを無視することは出来なくて、僕らはベンチを立って歩き出す。置いていたいちごみるくは、二本とも雪弥くんにあげた。どうせ、もうぬるくなってしまっただろうし、ストローも一本しかない。僕の家の冷蔵庫はとても小さいので、いちごみるくなんか冷やしていたら、確実に姉さんに怒られるだろう。「その、好きな子と飲みなよ」と言いながら手渡すと、彼は少しだけ微妙な表情を浮かべて、ありがとう、と受け取った。