コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 青春を殺して僕らは大人になっていく [短編集] ( No.3 )
- 日時: 2016/04/20 23:10
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: zfEQ.qrn)
「やだ! わたし、絶対この人と結婚するの!」
呆然とする俺。隣で世紀末のような顔をしている妻。今にも吹き出しそうなのを堪えている長男。死んだような瞳で見つめている次男。
大切に育ててきた長女が連れてきたのは、25歳歳上の男だった。
□
「なーんでああなったんだろ〜......」
妻、葉摘。43歳。俺の昇給祝いで買った高いテーブルに突っ伏せて、子供のように駄々をこねている。
「ふっははは、マジでウケる! あいつ、馬鹿なんじゃねぇの!」
長男、敦史。工事現場で働いている25歳。昼間から缶チューハイを飲みながら、ソファーでバタバタ暴れている。
「......いや、笑い事じゃないでしょ。どうすんの、あのおっさん。父さんと母さんより歳上だよ」
次男、貴史。国立大学一年生、19歳。たぶんこの場で一番冷静である。
「......」
俺は何の言葉も出なかった。この家でただひとりの女の子、香摘を、俺は心の底から可愛がってきたつもりだった。
私立の高校に入るための学費も出したし、欲しいっていう服も買ってあげたし、母である葉摘との仲も良かった。はじめての給料で、俺達を温泉旅行に連れていってくれた時は、なんていい娘を持ったのだろうかと感涙した。なのに、なんてことだ。俺達はどこで間違ったのだろうか。
隣の和室に香摘と歳上の男は通してある。これから俺達は話し合いをするのだが、早くも心が折れそうだった。
今朝香摘から、結婚相手を連れてくるとメールが来た時は、葉摘と一緒にこれ以上ないくらい喜んだ。もう娘も23だからと、前々からある程度の覚悟はしていたし、なんとなくモテなさそうなオーラがある娘だったから、こんなに早く結婚して幸せになってくれるのが心の底から嬉しかったのだ。
夫をいびるつもりなんて全くなく、むしろ一緒に飲みに行ったり遊びに行ったりする計画を葉摘と一緒に立てていたのに、連れてくる相手が48のオジサンってなると話が違う。俺が今43だから、5つも歳上じゃねえか。職業も、俺が言うのもなんだけど全然パッとしない。一体どこで知り合ったのかを聞くと、営業のお得意さんだと。俺は疲れきって何も考えられなかった。それは葉摘も同じようで、いまだにテーブルに伏せている。再起不能だった。
「......行く?」
「......」
ちょんちょんと葉摘の肩を叩き、催促をするも返事はない。二人をあのままにしておくにはいかないだろ。ていうかまず、俺の家に知らないおっさんが上がり込んでるってのが気持ち悪い。
渋々立ち上がる葉摘に、後ろから「楽しそー、俺も話し合いしてーなー」と茶化す敦史。妻と二人、部屋を出て和室へ向かう。地獄の幕開けだった。
□
「香摘さんとは、半年ほどお付き合いさせていただきまして......」
「はあ、そうなんですか......」
こっちが敬語になってしまうのは、もはや仕方のないことだと思う。隣の葉摘も極めて居心地が悪そうだ。娘の表情は、あまり見たくはなかった。ただ、少女漫画みたいな、心酔しきった目をしていた。結婚に憧れる年齢なのはわかるが、これは流石に、酷い。
改めて、そのおっさんをよく見てみる。服装は、まあちゃんとしている。態度も決して悪くない(が、よくもない。なんだか緊張しきっているのが見て取れる。少なくとも、女性にモテそうなタイプではない)し、俳優みたいに整った顔をしているわけではないし、まあ、どこにでもいそうなおじさん。昔部署にいた上司に、どことなく似ている。
おじさんは、狭い和室をぐるりと見渡し、おずおずと俺のほうを伺いつつ、聞いてくる。
「娘さんを、僕にいただけないでしょうか...?」
□
「あー、ターイム!! 無理無理、ありえないって〜!」
葉摘は涙を浮かべながらそう叫んで、ソファーに倒れ込んだ。長男敦史は未だに爆笑しており、次男貴史は半ば諦めたようにコーヒーを飲んでいる。お前らもなんか、あのバカに言ってやれよ。俺も疲れて何もできそうにない。
香摘は幸せそうな顔をしていたな、と思った。考える隙間もない頭で、ふと。
自分で言うのもなんだが、香摘はどちらかというと、父親似である。40を過ぎてもまだ美人な葉摘に似ていれば、こんな冴えない上に俺より歳上男を連れてくることもなかったのにな、と思う。
「んで、どーすんの? とーちゃん。俺は反対だよ? 25も上のおっさんを義弟として見るなんて、俺がジジイみたいじゃーん」
長男敦史は未だにけらけら笑っている。
敦史が生まれた時、俺と葉摘は18歳だった。
子供を身ごもっているのを知ったのは、高二の冬で、17歳。どうしようと泣く葉摘を見て、言い表せない感情を子供ながらに感じていた。
翌日葉摘の家に行って、お義父さんに顔が腫れるほど殴られた。お義母さんは泣いていた。最後までふたりは許してくれなかったけれど、どうしてもこの子を産みたいという葉摘に負けて、俺達は一緒になることに決まった。子供が産まれたら、なんだかんだお義父さんもお義母さんも祝福してくれて、今は良好な関係を続けている。
俺は学校を辞めて働き、葉摘も出産した後は夜間の高校を出て念願の小さな服屋を始めた。そのあとまた二人産まれて、今じゃあどこにでもある幸せな家庭だ。幸せの形なんて、人それぞれなのだ。
「......どうする? 父さん」
貴史はじっと俺を見ている。馬鹿に囲まれて育ったせいで、しっかり者な子に育った。顔は葉摘に似ていて美形なのにな。
「......香摘の幸せを壊すようなこと、したくないものねえ」
昔を懐かしむように、葉摘はため息をついた。それこそ、昔の俺達は、今の香摘達以上に歓迎されなかった。もしあの時お義父さんが俺と葉摘の交際を認めてくれなかったら、俺は今頃どうなっていただろう。葉摘は子供を降ろしたことを一生後悔するだろう。今俺達は、これでよかった、と本気で思っているのだ。その俺達が、子供の幸せを壊すことが、あっていいわけがない。
もう子供じゃない。この前まで少女だった葉摘は、すっかり母としてそこに立っている。俺も父だ。最後くらい、晴れやかに娘を送り出してやらないといけない。
よし、行くか。俺と葉摘は隣の和室へ向かう。全ては、たったひとりの娘を幸せにするため。そのためなら、どんなことでも受け入れてやるつもりだった。
□
「なあ、兄貴」
「んー?」
「父親より歳上の男に惚れがちな女ってさ、父親からの愛情が欠如してるんだって」
「あー......わかるかも、お母さんっ子だよな、香摘って」
「兄貴は今回の結婚、うまくいくと思う?」
「知らねえよ。じゃあ賭けでもするか? 外した方が焼肉」
「それ、乗った」