コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: ストライド・バンド!! ( No.7 )
日時: 2016/05/05 12:50
名前: Cookie House (ID: l.IjPRNe)

第一話 事件


 「きゃあああ!!」

 名前も知らないクラスメイトの女子数名の絶叫が聞こえたのは、五月十五日の朝、つまり今しがたのことだった。
 絶叫、といっても事件が起きたわけではない。
 いや、彼女たちにとっては事件なのかもしれないが、手を取り合ってはしゃぐ姿を見る限り、彼女たちにとって喜ばしい事件であることは間違いないようだった。
 ___ああ、『あの事』か……
 今朝のニュースでも取り上げられていた、喜ばしい事件。
 新聞の一面を飾るようなものほどではないものの、僕たち高校生にとって大きな話題のひとつになることは確実の、そんな事件。

 「今年の《ストライド・バンド》のテーマライター、《HARU》だって!!」
 「聞いた聞いた!活動休止中だったのに、復活したのかな?」
 「うーん……でも新曲とかは出してなくない?」
 「……ま、いいじゃん!ヤバイ、めっちゃ楽しみなんだけど!」
 「分かるー!ヤバくない?!」

 知り合ってわずか一ヶ月経つか経たないかの女子三人をくっつけるのだから、ヤバいという言葉は相当ヤバい力を持っているのだろう、ヘッドフォンをつけた耳にも否応なしに声が飛び込んでくる。
 外界の音を遮断するようにプレーヤーの音量を少し上げて、僕は流れてくる曲に没頭した。


 《ストライド・バンド》という夏のイベントが開催されたのは、二千二十年、某有名動画投稿サイトでのこと。
 ネット社会の現代において、テレビ文化が衰退するのはしかたのないことなのかも知れなかった。
 職業・老若男女問わず誰でも投稿できるという自由さ、好きな動画を好きなときに視聴できるTPOを選ばないスタイル、なんと言っても豊富な種類の動画が人々を魅了し、ついにはテレビという媒体そのものを置き去って発展した動画の数々は人々の生活を潤し、いつしかほぼ全ての人口が利用する文化に成り果てた。
 その数あるジャンルの中でも特に支持を得たのが_____、音楽。
 あまりにも人気が絶えなかったためか、サイトの運営者が企画したのが、件の《ストライド・バンド》というわけだ。
 春先に”テーマライター”と呼ばれるアーティストを一人決め、そのアーティストの曲を課題曲として開かれるコンクールのようなもので、全世代に向けて開かれている。
 出場チームは主に”メディアバンド”と呼ばれ、好成績を残したチームはサイトのライブイベントなんかに呼ばれることも少なくない。
 予選はネット上の選挙で行われるが、毎回応募数が多く、前回、四回大会には応募総数が九千を超えたという。
 今年の五回大会のテーマライターは《HARU》、尚のこと応募数が高まりそうだ。


 _____と、なんとなく《ストライド・バンド》の歴史を振り返りながら窓の外を見やっていると、不意に耳からヘッドフォンが外れる感覚がした。

 「___なっ」
 「八咲君、でしたか」
 「……ええっと……ごめん、誰?」

 僕からヘッドフォンを剥ぎ取ったのは、女の子らしかった。
 黒髪のショートカットにフレームの大きいめがね、制服のシャツには蝶ネクタイが下がっている。

 「誰だなんて、失礼ですね。クラスメイトなのに」

 人がつけてるヘッドフォンをいきなり取り上げる奴も相当失礼な部類の人間だと思うけれど。
 
「え……あ、うん、ごめんなさい」
 「私は結崎四糸乃。八咲響也君に、お願いがあって来ました」

 クラスのことになんて興味がなかったから怒られるのも仕方ないとは思ったけれど、僕の思考は他の事にとらわれていた。
 ド直球に言うと、目の前にいる人物が可愛いことに尽きる。
 パッチリした二重に長いまつげ、すらりと伸びる手足、色白な上に小柄だから、冗談なしに人形のようだった。
 あ、人形はメガネないか。___そう思い直して会話に戻る。

 「お願いって?」
 「はい。唐突で申し訳ないのですが___、ちょっと私と、付き合ってください」
 「……は?」


「付き合ってください」という言葉を即座に勘違いしたあたり、僕の精神年齢はまだまだ子供なのだろう。
 それとも、彼女なんて持ったことがない僕にとっては、仕方のないことだったのか。
 仕方のないことだったのだと切に願う僕は、童貞も童貞だ。
 言葉の意味に気づいて、無言の時間がやけに長く感じられて、僕は息苦しさから逃れるためにとっさに言葉を紡ぎ出した。

 「えっ……」
 「あ、すみません、内容もろくに言わずに。実は_____」
 
 ガラリ、とドアの開く音に、結崎さんの言葉の続きは遮られた。
 
「結崎いるか?」

 この学校は私立だから、設備は十分すぎるほどに整っているはずで、別にさして大きく音がなったわけでもないのに、クラスの殆んどがドアのほうを振り向いた。
 見ただけでも伝わるサラサラの茶髪に細く逞しい体つき、よく通る声は男の僕でも惚れ惚れしてしまうほどだった。
 当然、と言うのもおかしいかもしれないが、目鼻立ちが整った、いわゆるイケメンと言うやつだ。
 首元には黒に赤ラインのヘッドフォンをしていて、それでもチャラい印象は決してない、清潔感のあるイケメンだった。

 「あ、栄倉君」

 「ちょっと待っててくださいね」と僕に言伝して小走りでドアに向かった結崎さんは、栄倉君と並ぶとまさに美男美女のカップルな感じがして、入り込めない空気感を持っていて、必然的に僕が教室にぽつんと取り残される形になった。
 ……うーん……
 唸りたい。
 さっきまで僕が話してたのになあ……
 なんだか虚しくなったけれど___、どうせ僕には高嶺の花だ。停止ボタンを押し忘れられた挙句机に放置されたヘッドフォンを首元に掛けなおす。
 ふとドアを見やると、なんだか既視感に襲われた。
 つまりは、栄倉君のヘッドフォン。
 ___僕と、同じ……?
 僕のヘッドフォンが青だから色は違うけれど、まず間違いなく同じモデルの機種だ。
 ミクサー社特注、限定二百台の《HARU》モデル。
 優れた音質と限定のデザインが特徴の、コアなファンしかもっていないことで有名なヘッドフォンだ。
 あの人も《HARU》のファンか……
 話が合いそうだとも思ったけど、なんとなく話したくないなあと思ってしまう自分に思わず苦笑いがこぼれた。

 「八咲君、ちょっと来てください」

 呼ばれて振り返ると、結崎さんが手招きしているのが見えた。
 行ってみると、件の栄倉君がやたらとこっちを見ている。

 「どうしたの?」
 「さっきのお願いのことです。そのヘッドフォン見る限り、八咲君《HARU》のファンですよね?」
 「え……あ、うん」


 「私達と、《メディアバンド》になりませんか?」


 無言でこちらを見続ける栄倉君にプレッシャーを感じながら、僕は結崎さんの言葉を反芻していた。

 《メディアバンド》か………



 「《メディアバンド》ッッ??!!」