コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: ストライド・バンド!! ( No.8 )
日時: 2016/05/05 12:52
名前: Cookie House (ID: l.IjPRNe)

第二話 青春

 《メディアバンド》になるということはつまり、当然「俺たちとバンド組まないか」的な意味になるわけだけれど、それを僕が《HARU》ファンだというだけでさしも当然の様に誘ってきたこの二人組みは___、いや、この目の前の四人組はいったいどういう考えを持ち合わせた変人なのか、というのが今の僕の一番の疑問だ。
 僕は今、音楽室に来ている。
 あの後結局「放課後部室に来てください」との結崎さんの申し出を断れず、放課後、この部屋に来てしまったというわけだ。
 現在、この部屋には二つの部活の部員たちが居る。
 ひとつは放送部___、結崎さんの所属する部活。
 もうひとつはというと、軽音部___、栄倉君の所属する部活。
 なぜこんなまるで関係の無い両部活が同じ部屋で共存しているかというと___、話は一昨日まで遡る。



 「放送部と軽音部で、合併しないか??」

 瞳に希望の色を浮かべた軽音部部長、有馬詩織は、放送部部長、夏目勇に、そう言い放った。
 五時の日差しはまだ明るいもののほんのりと赤みを帯びていて、楽しそうに見えるのはこの光の所為なのかもしれないと夏目は思ったが、少し下に見える相手の顔にはまさに嬉々とした表情が浮かんでいて、すぐにこの考えを取り消すことになった。
 「合併ってことはつまり___、軽音部と放送部をひとつの部活にしよう、と?」
 「ああ、そうだ。うちの学校の部活動の容認に関するルールは知っているな?」
 「そりゃあまあ……、確か、設立するのも存続させるのも部員数が最低七人必要なんですよね?」
 「ウチは部活の数が多いからな。出来るだけ部活を少なくしようとして多目の人数に設定してある。軽音部が二人、放送部が二人だから、合併すれば六人、あと一人つれてきさえすれば、理事長の慈悲で成り立っている部活の現状ともおさらば出来る上に、機材も共通するものがあるからよりよい環境で部活が出来る、というわけだよ」
 「はあ……」
 考えは分からなくはない、放送部にとっても悪い話ではないのだが___、夏目はうーんと唸って問いかける。
 「悪い話ではありませんが……活動内容はどうするんです?それに、あと一人の部員も」
 「あと一人の部員は、すでに目星をつけてあるんだ。本人が入るかどうかは別だがね。そして、その部員も、私が考えた活動内容にそってターゲティングしてある」
 有馬は、白く華奢な腕を大きく広げて、まるで演説か何かのように、こう言い放った。
 「テレビ文化が衰退してしまった今、残る情報媒体において動画メディアは大きく躍進を続けている___、君達放送部の技術と私達軽音部の歌声を合わせれば出来ることが、ひとつだけある」
 夏目が気づいてはっと目を開くと同時、有馬の桜色の唇が動く。

 「今や甲子園と並ぶ日本の青春イベント_____

  _____、《メディアバンド》さ!」



 ___、そこで選ばれたあと一人が、僕というわけなのだそうだ。
 「もしかして、このヘッドフォンだけ見て僕を選んだわけじゃ___」
 「もちろんそれは違う」
 ケースからギターを取り出しながら有馬先輩が答える。
 凛と響く声は少し低い、大人な感じを漂わせていた。
 振り向くと甘いにおいがふわりと香って、長い黒髪がいっそう魅力的に思えた。
 「ある人に聞いてね、君のご両親は音楽家だそうじゃないか。我々は軽音部員も含めてまだ楽器初心者といっても過言ではないし、世間一般の軽音部と比べればちゃらんぽらんのお遊び部だ」
 「お遊び部って……」
 「遊びみたいなもんだよ、充分。この中には楽譜すら読めない奴もいるんだ。君みたいのに教えてもらうのが一番だと思ってね」
 「じゃ、じゃあ僕じゃなくたって元吹奏楽部とか合唱部とか、音楽経験のある人を誘えばいいじゃないですか。この学校吹奏楽で全国大会まで行ってるんだし探せばいくらでも___」
 有馬先輩は手早く髪をポニーテールにすると、分かってないなと言うように目を伏せた。
 「君は今が部活動加入期間何日目だと思っているんだ、全国大会にまで行ったうちの吹奏楽部に入らずにこんな部活に入る元吹奏楽部がいるとでも?」
 「ぐっ……」
 「君しかいないんだよ、八咲君」
 僕の目をまっすぐに見つめてそう言った有馬先輩の誘いを断りきれず、結局僕は部員の自己紹介と軽い合わせだけを聴いて帰ることにした。
 軽音放送部(有馬先輩が言うにはメディアバンド部)の部員は現在五人、ギターボーカルの栄倉君、ドラムの村瀬君、ベースの有馬先輩、キーボードの夏目先輩、演出担当の結崎さん。
 村瀬君と栄倉君、結崎さんが一年生、夏目先輩と有馬先輩が二年生、珍しいことに三年生がいない部活。
 僕は村瀬君のことを知らなかったから一度三年生かと思ったけれど、村瀬君が僕のことを知っていてくれていたようで、自己紹介の時にはわりとすんなり話すことが出来た。
 栄倉君は超ど近眼だそうで、朝会ったときには僕が誰だか分からなくて声が掛けられなかったと謝ってくるぐらいの優しい人だった。メガネもよく似合っていた。さすがイケメンだった。
 家に帰って倒れこんだ布団の上で考え込む。
 「君しかいない、か・・・」
 ごろりと寝返りを打つと部屋の様子が見える。高校に入って以来パーマ気味の黒い前髪が垂れてきて、少し邪魔だった。
 それなりに片付いている机、少し離れたところにある小さな机に置かれたパソコン、教科書が載った本棚にはいくつか写真が飾られている。



 もう起きることのない、彼女の写真も。
 まぶしい笑顔でこっちを見つめる、大好きな彼女の写真も。