コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: ストライド・バンド!! ( No.9 )
日時: 2016/05/05 14:43
名前: Cookie House (ID: l.IjPRNe)

第三話 夢と現実


 その日の夢は、最悪だった。


 「キョウ君、助けてッッ!!」

 離せよ。

 「おい、いいのかよー?お友達が死んじまうぞぉ?」

 離せって。

 「はーいごー、よーん」

 助けるんだよ、夏帆を。

 「さーん」

 死なせなんかしない。

 「にー」

 僕が、助けなきゃいけないんだ!

 「いーち」

 助けなきゃ……ッ!!

 「ぜろ」



 _______________、助けなきゃ、いけなかったのに。




 「がはっっ」
 悪夢にうなされて起きた僕のワイシャツはぐっしょりぬれて、首に絡みついたヘッドフォンのコードが、まるで僕を縛っているかのように黒々と見えた。
 ふと目覚まし時計を見ると、デジタル盤の時刻は四時五十九分を示していた。
 「寝ちゃったんだ……あのまま」
 体を起こして首のコードを解くと、少し息が楽になるように思えた。
 ついでにネクタイも解いて、ほうっと息をつく。
 ご飯は食べていないし、昨日よりいっそう疲れた感じがするけれど、とりあえずと僕はシャワーに向かうことにした。
 嫌な汗は流れたけれど、悪夢の記憶はその日の授業も休み時間も、頭に粘るように張り付いて離れなかった。

 「八咲君」
 「………」
 「八咲君?」
 「………」
 「八咲君!」
 「ふえっ?!あ、ごめん結崎さん、なんだっけ?」
 「まだ何も言ってません。大丈夫ですか?今日一日ずーっとうわの空でしたけど」
 「あ、そ、そうだったかな?」
 「心配なぐらいに」
 「あ、はは……」
 帰りのホームルームが終わり、放課後になっても悪夢の残像は消えないまま、僕はひたすらボーっとしていたらしい。
 「八咲君、メディアバンドやりませんか?八咲君が入ればあと一人なんです」
 「うーん……、ちょっと考えさせてくれないかな。今かなり迷ってるから」
 「じゃあ、今日も見学しに来てください!」
 結崎さんが机に手を突いたほんの後、ドアが開く音がした。
 「結崎、部活行こうぜー……って、八咲もいんのか、ちょうどいい、いこうぜ、部活!」
 快活な声が耳に入って思わずドアのほうを見やると、今日は村瀬君も一緒らしく、長身の二人がそろって並ぶとなんだか体育会系な雰囲気がまぶしい。
 昨日と同じ感じ、栄倉君の訪問だった。
 ただ今日はちゃんとメガネを掛けているから話しかけてきてくれるし、栄倉君はギターを、村瀬君はドラムスティックを持っている。
 「ほら、いきましょう」
 「え、あ、うん」
 促されるまま音楽室へ向かう僕達四人は背丈も、髪型も、いろんなことが違うのに_____、何でか居心地がよくて、僕はすんなり音楽室に入っていた。

 「おお、来たか八咲君。待っていたぞ」
 音楽室には既に有馬先輩と、なぜか夏目先輩の荷物だけが到着していた。
 「こんにちは……夏目先輩は?」
 「夏目には今、楽器を取ってきてもらっているのさ」
 「楽器、ですか」
 「もうじきくると思うぞ」
 楽器、といっても有馬先輩のベースも栄倉君のエレキギターも村瀬君のドラムも夏目先輩のキーボードも、音楽室には存在している。
 いったい誰の楽器なんだろう。まさか結崎さんが使うのか?
 そんな考えの答えは、だんだんと近づく足音に運ばれて着実にやってきていた。
 「よいしょっ……と。あ、八咲君、来てくれたんですね」
 ガラリと教室のドアよりも古めかしい音楽室の引き戸を開けて、夏目先輩が到着した。
 「来たようだね」
 昨日と同じポニーテールの有馬先輩が立ち上がる。どうやら部活のときはポニーテールというのが彼女の自分ルールなようだ。
 「これが、君の楽器だよ」
 「……僕の?」
 「そう。アコースティックだからエレキよりも音量は小さいかもしれないが、今日は新曲をやるからこれで君に教えてもらおうと思ってね」
 「僕の……楽器……」
 金具を外してギターを持ち上げると、表面に塗られた黒いワックスが窓から差し込む日光に照らされて白い筋を描いた。
 適当な椅子に座って弾いてみると、まだチューニングが施されていないようで変な音がした。
 ヘッドのねじを回して調律をしていると、フロアタムを運び込んでいた村瀬君が意外そうな顔で僕を見た。
 「へえ、チューナー無しでチューニング出来るんだ」
 「まあ、楽器自体は昔から触ってるし、家でもたまに弾くし」
 「家にあるんだ、ギター」
 「うーん、ギターっていうか……実はオーケストラと軽音の楽器は全部家にあるって言うかその………」
 「「「「ぜ、全部?!」」」」」
 さもどうでもよさそうな村瀬君を除き、全員が声を上げる。
 「じゃ、じゃあ、家に楽器庫があったりとかすんのか?!」
 栄倉君にいたっては駆け寄って尋ねている。ちょっと近い。
 「楽器庫っていうか地下室が……」
 割と近めな栄倉君を手で制しながら答えると、栄倉君は「地下室!!」といいながらその場に崩れ落ちた。
 「結構お坊ちゃんなんだ」
 「お、お坊ちゃんって……」
 否定はしないことにした。
 「まあ、両親が演奏家の分楽器には恵まれてたと思うけど」
 ドン、とバスドラムのペダルの調子を確かめる村瀬君は、もう僕の話を聞いていないようにドラムに没頭していた。
 「では、なおさら期待できるな」
 あわせの隊形を作っていた有馬先輩が煌めく瞳でこちらを見つめているのに気づいて、僕は顔をそちらに向けた。
 「今から新曲を渡す。各自十分間で楽譜をさらったら合わせを始めるぞ」
 ギター、キーボード、ドラム、それぞれの音が音楽室に響き始めた。


 十分間飛び交った音がやんで、静寂が訪れる。
 「それではやるぞ。村瀬、カウントを頼む」
 村瀬君がこくりとうなずいて、スティックの乾いた響きが広がる。
 コードが二重に鳴って、曲が始まった。
 キーボードの下りの音階と、それに合わせたエレキとアコスティのハーモニーが広がる。
 「____今でも思い出せるよ___」
 「君と見た風景、誓いの証を」、歌詞の続きを栄倉君の歌声が追っていく。
 ………そういえばこの曲、夏帆が好きだったよな_____


 「ッッッ!!」


 どくん、どくんと心臓の音が大きくなっていく。
 反比例でもするように、周りの音が聞こえなくなっていく。
 いつの間にか僕の視界は床に近づいていて_______


 _______刹那、ガタリという音とともに僕は床に倒れ伏した。