コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: ボヌールカフェ ( No.2 )
日時: 2016/03/17 14:34
名前: 赤猫。 (ID: mwz5SFMT)

本とカフェオレと女の子


はあ、またか……


ピンと背筋を伸ばし、右肩を強く引き、弓を持つ少女。
その視線の先には十数メートル離れた的。
張り詰めた空気の中、少女は弓矢を打ち放った。
弓矢は照準よりも少し右下に刺さった。
その辺りにはもう何本も弓矢が刺さり、練習量の多さを物語っている。

「もうその辺にしとけ。皆帰ったよ。」

ため息交じりに俺が呟くと、少女は少しこちらを見やり、
「はい……。では、あと一本だけ……」
そう言って少女は籠から弓矢を取りだした。
俺は頭を掻き、忘れた定期を探した。

そして、また少女は真剣な顔つきになる。
——本当に美しい姿勢だと思う。
少女…石原弥生は今年入ってきた新入部員だ。
まだ高校一年生だが、弓道に惜しみない努力を注いでいる。
これのどこに心惹かれたのだろうか……。
今のところ、居残ってまで練習するほどの熱意があるのは、彼女一人だ。

俺が定期を見つけた瞬間、彼女は弓矢を放った。
それは的の中心より、左上に突き刺さった。



「先週も一昨日も居残ってたよな。何故そんなに練習するんだ?」

片付け終わった帰り道、夜道は危険だと、俺は彼女を誘った。
街はもう既に暗闇に包まれている。
ぽつぽつとある街灯だけを頼りに、まだ夏の暑さが残った空気の中を進む。

俺の質問に、彼女はきょとんとした表情を作った。
「ああ、いや、『練習できるんだ?』のほうが正しいか。」
俺が訂正すると、彼女は口元に手を当て、自分自身に問う様子をした。

「多分、それしかやることがないから。…だと思います。」

彼女は視線を空に泳がし、言った。
「友達と遊びに行ったり、自分の趣味を楽しんだりとかしないのか?」
俺の質問にまた彼女は考え込み、ゆっくり言った。
「…友達と呼べる人は…いません。趣味も特にありませんので。」
初めて言ったであろうその言葉は、心の引き出しの奥からそっと取り出したような言い方だった。

「そうか……」

その言葉を最後に、会話は途絶えた。



「じゃあ、ここで大丈夫か?」
駅の前で彼女に聞いた。
「はい。大丈夫です。」
「それじゃまた明日」

俺はバスの方向へと向かうため、後ろを振り向くと、
「先ぱい……」
突然、彼女に呼び止められた。

「今日は…ありがとうございました。」

思ってもみなかったその言葉と表情に、俺は一瞬固まってしまった。

「ああ、気をつけて帰れよ」

彼女は軽く会釈し、改札へ向かった。



「何だ…、笑えるんじゃん」


静けさに満ちた街の中で、そっと呟いた。


                         ——to be continued