コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 手をつないで、空を見上げて【短編集】 ( No.1 )
- 日時: 2016/04/06 16:02
- 名前: ひよこ ◆1Gfe1FSDRs (ID: BbFmo06P)
1.『××の言葉』
「ひどいよ」
立ち尽くす君の、酷く歪んだ顔をみて、私はそう呟いた。
***
「あんたなんか、大っ嫌い」
私の言葉なんか聞く耳持たず、彼は黙々と本の中の字を追いかける。
赤く染まった空。教室に差し込むオレンジの光。聞こえるのは、グラウンドで部活に励む声と、彼がページを捲る音だけ。
「嫌い嫌い嫌い、嫌いったら大っ嫌い」
相変わらず、彼は私の一つ前の席で本を読む。入り込んだ風が彼の髪をゆらりと揺らしても、気に留めることなく。
私は両腕を机にべたりとくっつけ、前かがみになりながら足をばたつかせた。
「どんっだけ本好きなのよ!! そんなだから友達も彼女もできないのよこのバカ!! よかったわね私みたいな可愛くてやさしーい幼馴染みがいて!!」
ぴたり、とばたつかせていた足を止めた。一つ大きなため息をついて、机に突っ伏した。
彼に『嫌い』と言い続けて一週間。
あなたはまだ、私に気づかない。
ぱたん、と、本を閉じる音が聞こえたかと思うと、すぐに彼は立ち上がった。使い古された鞄の中に本を入れると、そのまま肩にひっかけて歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
慌てて私も立ち上がり、彼の後を追った。
学校を出て、無言で歩く彼の周りをうろちょろしながらついていく。
「ねえ、また今日も行くの」
問いかけても返事はない。
「ねえ、行かなくていいよ」
その足が、止まることはない。
私の言葉も、届くことなんてない。
彼と私が来たのは、乾いた空気が広がる墓地だった。
彼は一つのお墓の前で立ち止まり、ゆっくりとしゃがみこんだ。それにならうように、私もしゃがみこむ。
「......どこ見てんのよ。私はそんなとこにいないっての」
お墓に刻み込まれているのは、紛れもない私の名前。
この墓石がたってから、一週間。彼は毎日ここに足を運んでいる。飽きること無く、毎日。
「わかってるの? 私がこうなったの、あんたのせいなんだよ?」
未練が出来てしまった。
この世界から消えた『私』に、私はまだみっともなく縋っている。
あの言葉を聞いてしまったせいで。
「だからあんたなんて大嫌い。あんたも死んだら私みたいに呪われればいいんだ」
ありったけの憎悪を込めて、彼に言葉をぶつける。
「......美苗」
「......!!」
初めて。彼が初めて、私のお墓の前で言葉を発した。
まさか、まさか。
私の声が、聞こえて
「____よ、美苗」
......ああ。ああ。
嫌だ、嫌だ。その言葉は、聞きたくない。
「やめてよ......」
勢いよく立ち上がり、きつく拳を握りしめる。手のひらに爪がくいこんで、痛いはずなのに、ちっとも痛くない。
「やめてよ!! なんで、なんでそんなこと言うの!? 私はもういないのに!!」
悲しいのに、泣きたいのに、涙が出ない。
「あんたがあんなこと言うから、私は成仏できないの!! お願いだからもう何も言わないで!! ......お願い」
その言葉は、呪いのように私に絡みついて離れない。どれだけ耳を塞いでも、頭を振っても、それが消えることは無い。
「宏太......」
ああ、ほら、私がこんなに叫んでも、喚いても、あんたは気にせず立ち去るんだね。
今日は他に墓参りに来ている人はいない。彼も帰った。私だけが、ここにいる。
いなくなったはずの私だけが、ここに。
本当は、すぐに消えるはずだった。
でもあの言葉を聞いて、怖くなってしまったんだ。
私は学校の帰り道、忘れ物をした宏太を待っていた。すると目の前の道路にボールが転がってきた。近くには公園があるから、きっとそこからだろう。そんなことを考えていると、小さな子供がそのボールを追いかけて道路に飛び出してしまった。運悪く、そこにトラックが。
一瞬のことだった。
気づいたら私は、血だらけで倒れている私を遠くから眺めていた。
なんだなんだと集まってきた野次馬の中に、宏太の姿もあった。
どうやら私は即死だったらしい。
私が運ばれ、誰もいなくなった事故現場。そんな血だまりの側で、宏太だけが立っていた。
「......美苗」
呆然と、立ち尽くして。
私の名前を、壊れた機械のように呟いて。
「美苗、美苗」
ああ、死んでしまったんだなと、どこか他人事のように考えた。
生まれ変わりとかするのかな、どんな姿になるのかな、宏太ごめんね、押し寄せる言葉を呑み込んで、目の前の幼馴染みを見つめた。
「......美苗、愛してた」
「思わず、ひどいよって言っちゃったのよ」
ぽつり、私のお墓に向かって言葉を零した。
「あいつ、今までそんな素振りみせなかったから、私も諦めてたのよ?」
だから、素直に成仏できたのに。
できた、はずだったのに。
「怖くなったの。死ぬことが。この世から消えることが」
生まれ変わりをしたとして、それは本当に私なの? 見た目も声も名前もなにもかもが違う私を、宏太は見つけてくれる? そんなこと、あるわけがない。
宏太が愛してくれた『私』に、私は執着した。愛されたままでいたかった。
だって私も、宏太を
「......違う」
握っていた拳を解いて、私はお墓に背を向けた。
「呪われるのは、私だけでいいもの」
時間がかかってもいい。あんたはちゃんと前を向いて、私を思い出にして。
縛られないように、呪われないように。
「だって、嫌いだから」
私は私に向かって、呪いの言葉を吐き続ける。
彼に届くことのない、××の言葉を。
「あんたなんか、大っ嫌い」
お題『死に際の「愛してた」なんて、ただの呪いだ』提供 あんず(@sousaku_okiba_)様