コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 透明な愛を吐く【短編集】 ( No.4 )
- 日時: 2016/05/12 00:11
- 名前: あんず ◆zaJDvpDzf6 (ID: 6QYZf7dF)
#2 『青い記憶に別れを』
『結婚することになりました』
そんな言葉と共に添えられていたのは、一通の招待状だった。可愛らしいレースの飾りがついたそれは、花嫁のドレスを連想させるような純白。
木川結衣様、紛れもなく私に宛てられたそれを見た瞬間、ひどく胸が苦しくなった。見たくなかった、こんなもの。
手紙を持つ手が震えて、滲む。
***
私達は友達だった。それは事実だ。
けれども側で見ていた友人たちは、私達が付き合っているのではと疑っていた。あるいは、両想いであると囁いていた。
それもおそらく、間違っていない。
私達は友人というには近すぎて、恋人というには遠かった。
好きか嫌いか、そう聞かれたら迷わず好きと答えただろう。けれどそれはどうしても、恋愛にはならなかった。というより、なれなかったんだ。
私達はひどく臆病で、鈍感で、勇気がなかったから。
登校中に会ったら、一緒に学校まで行く。お昼はたまに一緒に食べる。休みの日には遊びに行ったりもする。漫画や小説の貸し借りをしたり、勉強を教え合ったり。
周りから見ればそれこそ親友で、もしかすると恋人で。
けれど私達は友達だった。少なくとも私と彼の間では、そういうことになっていた。
だからあの日もそうだった。
夕日に照らされた教室、どこかから聞こえる卒業式の歌、一足早く落書きで埋まりつつある黒板と。
二人の影が長く伸びるその部屋で、いつものように彼と他愛もない話をしていた。それから、明日の卒業式の話も。
その話題もいつしか尽きて、立ち込めた沈黙の中でふと見上げた彼の横顔。
その顔は本当に見飽きるほど見ていた顔で。それなのに寂しそうで————ただ、綺麗だった。
その日は彼とそのまま一緒に帰った。ばいばい、見送る背中も、手を降る影も。それが最後だった。
卒業式はいつの間にか終わってしまって、私は。
そのまま。何も言えないまま、私は今ここにいる。
ねえ、あなたはどうだったのかな。私にとっては、やっぱりあれは恋だったよ。近すぎて、眩しすぎて、気付けなかったけれど。あの時の私には、あの感情が恋だったのかさえ分からなかったけれど。
それでも、今ならわかる。わかってしまう。あの、触れるのももどかしいほどの感情は。夕日に照らされた君が、お世辞抜きで輝いて見えたのは。
どうしようもなく、恋をしていたからだ。
……うん、それでもわかってる。きっと心のどこかで私は知っていた。あの時もきっと、無意識にわかっていたのかもしれない。私はずっと、君が好きだった。
「変なの」
今更胸が痛むなんて、変なの。くしゃりと手の中で手紙が潰れる。その白が、彼の今の幸せの証。私が掴めなかった、彼の幸せだ。
自惚れじゃなければ、彼と私は多分両思いだったんだろう。
けれど、お互い言い出せずに卒業してしまった。そのままなんとなく、連絡も取らなくなった。知らなかった。彼がもう、こんなに離れてしまったこと。
私を結婚式に呼ぶなんて、つまりはそういうことだろう。彼はもう私なんか気にしていない。
私だけが今頃後悔している。いつの間にか私の恋は、高校最後の年で止まっていたみたいだ。
「馬鹿だなあ、私」
取り返しがつかなくなってから気づくなんて、とんだ馬鹿だ。
そっと手紙の封を開ける。丁寧な文字で書かれたそれは、よく知っている彼の字だった。
「……あ」
そして私は、見つけた。差出人である彼の名前の隣。そこに走り書きされた、小さな言葉を。
くしゃり、またもや手紙が潰れていく。視界がぼやけたかと思うと、紙のインクが滲む。いつの間にか、頬を涙が伝っていた。
泣き終えた私は、手紙のしわを手のひらで丁寧に伸ばした。ばーか、と彼を心の中で罵りながら。ばか、あほ。あんたなんか嫌いだ、大嫌い。なんて。
「ばーか……幸せになってよね」
元通り綺麗に封筒へ戻す。さて、これから服を探さなければならない。けれど結婚式用の服なんて持っていない。どうせなら買ってしまおうか。悔しいから少し奮発しようかな。
彼を驚かせてやろう。綺麗になったと言わせてやろう。そうすればそこで、私の恋も終わりだ。だから、彼を心の底から祝福しよう。
『ありがとう、結衣』
手紙の端に書かれた言葉。身勝手なやつだ。ありがとうなんて、私はそんな礼を言われることなんかしていない。そういうところが嫌い。
「…………ふふ」
なぜか笑みがこぼれた。けれど一緒に涙も滲むから、よくわからない。ひどくおかしくて、悲しくて、それでも。
幸せにならないと許してやらない。そう言ったら彼は何と言うだろう。困ったように笑うだろうか。それもいいかもしれない。
さっそく準備しよう。うんと綺麗にして、パーティー用の、私にあったドレスを着るんだ。花嫁が霞むくらい、なんてそれは冗談だけど。少しだけなら許してほしい。これは私の区切りだから。
そっと開いた携帯の画像欄。そこに変わらず笑っている彼と私がいた。もう一度だけじっと眺める。まだ制服姿の、少しだけ青い私達。
「……さよなら」
消去ボタンに触れる手が、少し震える。それでも勇気をだしてみる。さよなら、私達。さよなら、あの日の幼い恋。
最後に深呼吸をひとつ。
さあ、ドレスを買いに行こう。