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Re: 2人のダミー ( No.3 )
日時: 2016/04/30 08:40
名前: マル彦 (ID: 21zier3A)

【第三話、添田徹になるために】


練習室を出て、いや、この建物を出て、しばらく考えてから、俺は「時間がない」という事を悟った。

社長の手にかかり、添田が見つからないなんてことは無いと、そう信じたいが、もしもの事がある。

あいつらを少しでもマシなものにすることは出来るかもしれない。


やってやろう、と決めた俺は、全速力で練習室まで走った。



「今から俺のことは教官と呼べ。いいな!?」

二人を置き去りにした練習室に入るなり、俺はそう言った。

着物を着た添田は戸惑いながらも「はい!教官!」と良い返事をしたが、チャラそうな添田は「何で」と疑問を投げかけてきた。

「お前らは、添田徹だ。今からお前らは添田徹になるんだ。俺がその為に手助けをしてやる」


二人は納得するどころか、顔をしかめる。

「なぜ私たちが添田徹さんになるんですか」
「ホントっすよ」


まさか、社長から話を聞いていないのか?

俺は頭を抱えた。

「もう何でもいいから、とりあえず俺の言うことをやれ」

ストレスのせいか、少しやけくそだ。


「まずお前」

俺は着物の添田を見る。

「俺はお前を今から“添田”と呼ぶ。お前は自分の事を『私』ではなく、『僕』と呼べ」

添田は動揺しながらも、応えた。

「分かりました、教官。わた——いや、僕は添田」

次に、チャラそうな添田を見る。

「お前は“徹”だ。あと、その『すかすか』喋るのをやめろ」

「徹っすか。分かったっす」

「それをやめろ」

「わ、分かった———でございます」


長い道のりになりそうだ。
まあ口調は後からでも間に合うだろう。

次は歌だ。

本物の添田は歌の評価が高い。

これがボロボロでは、ほとんど終わったとしか言い様がないのだ。



「お前ら、ふざけてんのか?」

彼らに歌わせてみると、もう、今度こそ頭を抱えることしかできなくなった。

発声練習の段階からやば過ぎる。

現実逃避だ。
ダンスに行こう。



「1、2、3、4、5、6、7、8」

数を数えるのに合わせて、ステップを踏む。

「よし、これをやってみろ。まずは添田」

「はい」

添田は正座から立ち上がり、俺の前に立った。

袖を少しまくり、深く息を吸って———。

「1!2!3!6———」

「ストップストップストップ!」

「へ?」

添田が動きを止め、素っ頓狂な顔を向けた。

「色んな事がめちゃくちゃ!何でいきなり数字が飛んだの!?」

「?」
と首をかしげる。

もう笑うしかない。

「はい帰って!次、徹」

添田が元の位置に正座になり、かわりに徹が来た。

かと思うと、唐突に踊りが始まる。

「1、2、3、4、5、6、7、8!」

「何だ、そのタコみたいな独特な動きは」

「オリジナルっす。あ、です」

「新しい要素を加える必要はないだろう」

俺は思わずため息を漏らした。



「……もう駄目だ。悪いが、お前らにはできない。わざわざこんな事に付き合ってもらって申し訳なかった」

二人に頭を下げてから、背を向けて練習室を出た。

「待ってください教官!」


廊下を歩いている時に、添田と徹の必死な声に、引き止められる。

「頑張りますから、どうか最後まで付き合ってください」

「なんか、できる気がしてきた——です」



やる気はあるのか。


俺は無意識に腕時計を確認した。

午後一時。

やる気があるこいつらを、俺が放っておいてどうする。


「昼にしよう。特訓はそれからだ」

振り向きざまに言った。


「はい!」

添田と徹の、明るい笑顔が見えた。