コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 十一話 ( No.21 )
- 日時: 2016/08/13 21:52
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: XnbZDj7O)
「どうしてついて来るんですか?」
「……いや、行く方向一緒だし」
朝のいざこざを終えて、やっと登校する事になったのだが、この態度である。
もう完全に俺は敵として認識されているらしい。鋭く尖ったナイフのような秋野さんの視線が朝から俺のライフをガンガン削っていき、一日が始まったばかりだというのに、既に残りライフは少ない。
傷心の俺の心にどれだけ塩を擦り付ければ神様は気が済むんだろうか? 切実に教えてほしい。
「だとしても、私の後をついてこないで下さい。一緒に登校しているみたいで不快です」
「ごはぁっ! ……い、今のは、効いた……」
「ふんっ」
心臓の三分の二くらい持っていくような言葉に俺はその場で蹲る。
秋野さんは相変わらずゴミでも見るように俺を一瞥してから、鼻を鳴らしてスタスタと先に行ってしまう。蹲ったまま空を見上げると、朝の晴れ間はどこにやら今日もまた厚い雲が空を覆い始めていた。
「……なんか、今日無理そうだから帰ろうかな」
***
「やぁ、おはよう逢坂優斗。今日もいい朝だね」
「……そう見えるのなら、お前の目は腐ってるんだろうな」
暑苦しい前田の挨拶を適当にスルーして秋野さんの席に視線をやると、既に席についていて本を読んでいた。はぁ、何でこんな事になってるんだ。
フラれた事が可愛く思えるほど今の状況は辛い。これでまだ一緒に住み始めて一日目だって言うのだから救いようのない話だ。高望みなんてしないから、せめてこのギスギスした雰囲気をなんとかしてほしい。
深い溜め息と吐くと、タイミングよく本鈴が鳴るのだった。
***
放課後、曇天の空からまた雨が降り出してきていた。朝の晴れ間は本当に一時的なものだったみたいだ。窓の外ではザーザーと叩きつけるような激しい雨が降っている。
今日の予報は曇りのち雨。降水確率は八十パーセント、ここの所ずっと雨だ。今日の出来事と相まって気分が憂鬱になっていく。
とりあえず家に帰る前に猫の飼い主探し。それが終わったら、家に帰って猫に餌をあげて、猫のトイレ掃除をする。秋野さんはどうするのか分からないけど、俺とはタイミングずらして帰った方がいいから丁度良い。
というか、そろそろ飼い主を見つけないと親父と約束をした一週間の期限が迫ってきている。
「逢坂優斗、今日は空いているかい? もし暇なら——」
「悪い、忙しい」
前田の誘いを速攻で断って、鞄片手に教室を出る。
これ以上、変な勧誘を受けるのは勘弁だ。それでなくたって俺の精神力はボロボロだってのに。それに、ここ数日のごたごたで飼い主探しが滞っていたので、ここらで気合いを入れなければいけない。さて、今日は部室棟の方に行ってみるか。
***
「うーん、家はもう二匹も飼ってるから無理だね」
「そっか、分かった。悪いな、部活中に」
文化系の部活の連中が出てくるタイミングを狙って声を掛けてみるが、結果は不発。
半分は俺の顔を見るなり猛ダッシュで逃げて、もう半分は既にペットを飼っていたり飼えない状況にあった。なかなか上手くはいかない、か。
スマホで時刻を確認すると、そろそろ帰らなければいけない時間になっていた。
今日も成果が全くない事に焦るが、早く帰らないとあいつの餌やトイレの心配もある。
さっきよりは弱まったが、外はまだ激しい雨が降っていた。……はぁ、今日もこれから家に帰る事を想像すると憂鬱だ。秋野さんの機嫌が少しは直っていてくれると良いのだが。
***
部室棟から昇降口まで戻ってくると、見知った人物が視界に入る。
「……秋野さん」
昇降口の所で空を見上げたまま、何をする訳でもなく佇んでいる。
もしかして傘でも忘れたんだろうか? この雨じゃ傘なしでは帰れないだろう。ちなみに、意外かもしれないが俺はちゃんと持ってきている。
朝は晴れていたとはいえ、この間は傘を忘れてずぶ濡れになって大変だったからな。
これまでの事を考えると、話しかけたりせずに通り過ぎるのが正解なんだろうけど……どうしようか。
「……何してるの?」
懲りない奴だと思われるかもしれないが、気になったので恐る恐る話しかける。
もし勘違いだったら、罵倒されればいい。……本当は嫌だけど。
「別に、なんだっていいじゃないですか」
俺が話しかけると秋野さんは眉根を寄せて露骨に不機嫌な表情に変わる。
ふと思ったが、俺が今まで見ていた秋野さんは幻想だったんじゃないかと感じる。秋野さんは優しくて、俺みたいな奴でも思いやりを持って接してくれていた。
けれど、今は全然違う。昨日の浴室事件のせいなのか、それともこっちが秋野さんの本当の顔なんだろうか?
チラリと秋野さんの手元に目をやるが、やはり傘は持っていないようだった。折り畳みは持ってるのかもしれないが、この雨脚じゃ小さな折り畳み傘なんかじゃ焼け石に水だろう。
「傘、持ってないのか?」
「……それが何か関係あります?」
そう尋ねると、秋野さんはそう言って半眼で俺を睨む。
別に聞いただけだろ……そんなに俺が嫌いなのか? 内心かなりショックを受けながら、表情に出さないように慎重に言葉を続ける。
「これ、使えよ」
持っていた大きめのビニール傘を秋野さんに向けて差し出す。
秋野さんは怪訝な顔をして、俺と傘、視線を交互に行ったり来たりさせる。
「何のつもりですか?」
「傘持ってないんだろ? 俺は平気だから」
「……いいです。施しは受けません」
——撃沈。取り付く島もない。本当に嫌われてるんだと再確認して挫けそうになる。
だが、はいそうですか。と、帰る訳にはいかない。このまま帰ったら後味悪いし。こうなったら、多少強引かもだけど仕方ない。
「今日は雨に濡れたい気分なんだ。いらないなら捨ててくれ」
「あ、ちょっと!」
半ば傘を押し付けるようにしてから、未だ激しく雨の降る外へと飛び出す。
雨粒が頭や顔に激しく当たって、あっという間に全身に水を掛けたかのように身体が濡れていく。雨に濡れたい気分なんて当然だが嘘だ。
好き好んで雨に濡れたい奴なんてそうはいない。でも、あぁでもしなきゃ押し問答が終わらなかったろう。あぁ本当……俺、何やってんだろう。
あちらこちらに溜まった水溜りバシャバシャと蹴って、俺は家路へと急いだ。
- 十二話 ( No.22 )
- 日時: 2016/08/23 23:48
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: MHTXF2/b)
「うぅ、びっしょびっしょだ……」
帰ってきた時にはもう全身がびしょ濡れ。服や靴は乾かせば何とかなるが、鞄の中の教科書やらノートの方が心配だ。とりあえず速攻で服を脱いで、着替えないと気持ち悪い。
洗面所に向かい、洗濯機に濡れた服を放り込むと半裸のまま二階へと上がる。
「ただいま、いい子にしてたか?」
まだ眠っていた猫に問いかけてみるが、キョトンとした顔で見つめ返される。
まるで「何を言ってるんだ」とでも言わんばかりに。すぐさま部屋を確認してみるが、どこにも粗相はしていないようで一息吐く。
「お前は偉いな。俺が帰るまで待ってたのか?」
「ニャウ?」
まぁ、そんな訳あるはずないのだが、そう感じてしまうのは贔屓目だろうか。
半裸のままでは落ち着かないので、着替えをしようと思ったところでインターホンが鳴った。
「はいはい」
クローゼットから適当に一枚Tシャツとハーフパンツを引っ張り出して着ると、一階へと降りる。
親父はまだ帰ってないので、こういう時に来客なんかが来ると、行ったり来たりが忙しい。急いで下に降りると、玄関の扉を開けた。
「どちらさま——」
「…………」
そこに立っていたのは、先程昇降口で別れた秋野さんだった。ジト目で俺を見つめなが口を尖らせている。忘れてた訳じゃないけど、帰る場所は一緒なので、時間を置いてのクールダウンなんて出来ないまま当然こうなる。
結構強引な事をしたから、また何か言われるんじゃないかと思いつつ、俺は恐る恐る声を掛けた。
「お、お帰り」
「……傘、ありがとうございます」
だが返ってきたのは予想外の言葉だった。
秋野さんは一言だけそう言うと、俺に傘を突き返す。そしてそのまま俺の横を通り抜けて、家の中に入っていった。通り過ぎる瞬間に、花のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。俺が告白してフラれたあの時と同じ匂いだった。
とりあえず、俺の行動はお節介じゃなかったようでホッとする。また昨日のように烈火の如く怒らせてしまうのは本意ではない。もちろん、故意じゃなかったのは事実なんだが、それで納得してくれるはずがないのは分かっている。
秋野さんの気持ちはもう知っているし、俺に出来るのは秋野さんが帰るまでなるべく不快な思いをさせない事だけだ。……まぁ、割り切れない複雑な想いがある事は否定できないが。
「親父、早く帰って来ねぇかな」
玄関から見える外の雨はまだ止みそうになかった。
***
午後七時、本来なら親父がとっくに帰ってきてもおかしくない時間だが、まだ帰っていない。連絡もないので、今日は仕事が長引いているのだろうか?
少し不安になるが、親父の事だから事件や事故に巻き込まれたなんて事は考えにくい。なぜなら昔、俺がまだ小さかった頃、襲ってきた暴漢を一撃で撃退したという話は今でも語り草になっている。そういった経緯もあって余程の事が無い限り、その方向の心配は皆無だろう。さすがに事故は心配だが。
まぁ、それよりなにより今問題なのは——
「…………」
「…………」
この状況、だよなぁ。
リビングの椅子に座っている秋野さんと向かい合わせになる席位置に座っている俺。
もう確認するまでもないのだが、今の俺と秋野さんの関係は最悪だ。はっきり言って毛嫌いされている。
昨日は親父が間に入ってくれて緩衝材の役割をしてくれたからこそ、険悪の雰囲気の中でもまだマシだった。それが今はどうだろう。親父が居ないだけで、この空間は地獄と化している。無言地獄。
これほど息が詰まるような経験をしたのは、親戚の爺さんが亡くなった時の葬式以来だ。周りはほとんど面識がない人ばっかりで、話す事もなければやる事もない。それに親戚の爺さんも、俺と話した事はほぼない人だったので余計にだった。
ただその場に居て重苦しい空気を吸うだけという、あの雰囲気に似ている。
「あの、さ。親父帰って来ないから先に飯食べる?」
そんな空気を変えたくて、残り少ない気力を振り絞って話しかける。
すると、秋野さんは眉間に皺を寄せて怪訝な表情に変わった。どうやら変わったのは空気ではなく、秋野さんの顔色だったようだ。まったく笑えない。
「……別に、私に聞かなくても一人で食べればいいじゃないですか」
秋野さんから発せられる氷のような冷たい言葉で、残り少なくなっていた俺の気力を完全に削いだ。これ以上は無理だ。それでも話しかける程の強心臓は持っていない。
「……分かった」
仕方ない、ここは得意料理の『卵かけご飯』で凌ぐとしよう。おもむろに冷蔵庫を開けて、卵と冷凍されているご飯を取り出す。
レンジに小分けされた冷凍飯を放り込むと、食器棚から自分の茶碗と箸を出した。秋野さんが食べないのに、自分だけ食べるのは気が引けるが、これ以上俺が何か言っても悪い方向にしか進まなそうなので耐えるしかない。
なぜこんな苦行じみた事をしているのだろう。せめて普通に話してくれると助かるんだがなぁ。
そんな事を考えている間に、温め終了の音が鳴る。レンジの扉を開けて、ご飯の温度を確かめる。うん、ちょうどよく温まったみたいだ。
「一人だと、いつもそんなご飯なんですか?」
「……へっ?」
やっと飯が食べられるという気持ちで、完全に気が抜けていた俺は間抜けな声が出てしまう。なんか話しかけられたけど、どういう事だ?
「そうだ、ね。俺、料理とかできないし」
とりあえず秋野さんの質問に答えてみるものの、意図が読めない。
ここは何か返した方がいいのか? 俺の数少ない脳内のボキャブラリーを総動員して、言葉をひねり出す。
「秋野さんは料理とかするの?」
「……私は一応、まぁ、はい」
俺の問い掛けに、歯切れ悪く答える秋野さん。会話を振ってきてくれたんだから、もう少し続けても大丈夫だよな? そう勝手に自分の中で結論づけて、さらに言葉を喉の奥から絞り出す。
「へぇ、凄いな。うちは親父がやってくれるから頼り切りだよ。さすが女の子は違うな」
「……いえ、そんな事は……別に大したもの作れませんし」
俺の拙い褒め言葉は有効のようだ。もちろん本心ではあるが、誰かをこうやって褒めたり、まして女子を褒める事なんてした事がないから、これでちゃんと褒められてるのか不安だったので安堵する。
秋野さんが来てからというもの、時限爆弾の解体のような作業をずっとやっているような感覚で、正直心が休まる時間がない。唯一休まる時間は、寝ている時と猫に話している時だけだ。いや、それもどうなんだと思うが。
「いやいや、謙遜しなくても。得意料理とかあるの?」
「それは、その…………です」
「ん? ごめん、よく聞き取れなかった」
秋野さんは、ぼそぼそと口ごもる様に話して、肝心な部分が聞き取れない。
もう一度問いかけると、キッと、睨むような鋭い視線が向けられた。えっ、俺なんかマズイ事言った? 聞き返したから怒ってるとか? さすがにそれは理不尽では……。
「目玉焼きですっ! 何か文句ありますか!?」
「……いや、無い、です」
目玉焼き、か。俺の卵かけご飯とそう変わらない気がするんだが、だが、フライパンで焼いてる分だけ秋野さんの方が手間が掛かってるのか? そんな俺の表情を見て、秋野さんの頬にサッと赤みが差す。
「どうせ、大した物作れないじゃんとか思ったんでしょ! 卵料理って難しいんですから!」
秋野さんは眉間に皺を寄せ、目を三角にすると、食いつくようにそう言う。
しまった、考えている事が顔に出ていたようだ。ここは何とか上手いフォローをしなければ。……えぇと、こういう時は褒めればいいのか? さっきも褒めて一瞬だが機嫌が良くなったような気がしたし。よしっ!
「い、いやぁ、目玉焼き作れるなんて凄いよ! 秋野さんみたいに、目玉焼きを作れる人って、結構少ないんじゃないか?」
「——っ! バ、バカにしてるんですか!?」
失敗。いや、分かっている。今のは俺が悪かった。
これは誰が聞いても、俺がバカにしてるようにしか聞こえない。慣れない事はするものじゃないな。自戒するも、時既に遅く。秋野さんは肩を怒らせて、二階へと上がっていってしまった。
弁解すらさせてもらえない。本当に、異性と話すのは難しい。どうしたらいいのだろう。
少し冷めてしまった卵かけご飯を見つめながら、俺はここ数日で何度目かという深い溜め息をつくのだった。