コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

SideView ( No.28 )
日時: 2016/09/05 21:23
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: GlabL33E)

 その日、秋野沙夜はいまだ見慣れない天井を眺めたまま、居心地の悪さを抱えていた。

「……はぁ」

 ベットに仰向けのまま寝転がっていたが、体勢を変えて横向きになる。
 視線の先に木製の机、その横に背の高い本棚。使われなくなってかなり経つはずなのに、綺麗に掃除してあったのだろう。年季が入っているのにも関わらず、埃もなく汚れらしい汚れも見当たらない。
 降り続いた雨のせいで、少しジメっとした布団が肌に付くと不快感を覚えた。

「どうして私、こんな所に居るんだろ?」

 誰に呟いた訳でもない言葉。その言葉は誰も居ない空間に浮かんで、すぐに消える。
 秋野沙夜がここに来たのはつい数日前だった。家に帰ると、母親から急に遠方に出張に行くという事を知らされる。当然、そんな話は沙夜にとって寝耳に水の話で動揺した。
 ついて行きたいと沙夜はお願いするが、学校がある沙夜はそこに連れていけないと沙夜の母は言う。けれど、家に一人で残しておくのは危ない、と。
 そこで母の昔の知り合いだという人を紹介されて、とんとん拍子の内に色々な事が決まり、ここへやってきた訳である。
 近所だとは言っていたが、まさか自分に告白してきた男子の家だったなんて想像すらしなかった。それはそうだろう。一体、どんな確率でそんな事があるのだろうか? きっと日本中……いや、世界中探したってそんな例はないかもしれない。
 だが、実際にそれはあった。優斗が悪い人間ではない事は知っている。彼が沙夜にとって、一時期の間だったが心の癒しであった事も事実だ。
 もう一度ゴロンと寝返りを打って、体勢を変えてみる、今度は白い壁が目に入った。

「それにしても……」

 不意に脳内で先日の出来事がフラッシュバックする。
 ほんの少しのつもりだった。大体の荷物を運び終えると、優斗の父親である毅はすぐさま仕事へと戻っていった。普段はしない力仕事と夏の暑さも相まって、じっとりまとわりつく汗がどうにも不快で耐えられず、お風呂を借りた。そこまでは良かったのだが——

「——うぅぅっ! やっぱり見られた、よね?」

 まさかそこで優斗と鉢合わせするなんて思ってみなかった。
 まさに最悪のタイミング。一糸纏わぬ姿を見られてしまったのだ。咄嗟にタオルで肌を隠して、渾身の力を込めた平手打ちを顔面にお見舞いしたが、どうやら優斗の記憶までは奪えなかったらしい。やはりあの後に追い討ちで何発か叩いておくべきだったか? 沙夜はそんな事を考えながら、両手で顔を覆ったままベットの上をゴロゴロと転げる。
 あれ以来、沙夜は優斗とまともに話もしていない。
 ここに居る間は毅にも迷惑を掛けないようと、沙夜なりに配慮をして話しかけてみたのだが、どうにも優斗の考えている事は分からない。傘を忘れた沙夜に傘を渡して自分は濡れて帰ったり。かと思えば、目玉焼きが作れると言った沙夜をバカにしてみたり。
 はぁっと、沙夜は深い溜め息を吐く。

「……本当に意味分かんない」

 優斗と話すようになったのは少し前の事。
 沙夜の家が離婚だなんだと、毎夜揉めている時だった。両親の喧嘩のきっかけは、お互い仕事の帰りが遅く、すれ違いからの猜疑心が生んだものだった。
 沙夜は最初こそ両親の不和を何とかしようと色々と手を尽くしてはみたものの、夫婦喧嘩は徐々に過熱していき、沙夜の願いも虚しく最後は怒鳴り合い、お互いを口汚く罵り合うようになっていった。
 あんなに優しかった父が、あんなに優しかった母が、自分の目の前で憎悪の感情を剥き出しにしていた。初めて父も母も怖いと思った。どす黒い感情を辺りに撒き散らしながら叫ぶ姿。愛していると言っていたのに、こんなにも簡単に崩れてしまうような関係だったのか、と。そんな状況の中、忙しかった沙夜の両親は次第に沙夜を放置するようになっていく。————孤独。沙夜に残された感情はそれだった。
 始めはそこまで感じなかった。けれど、段々とそんな日々が続くにつれ、心の中に生まれた感情。もともと友達が多い方ではなかったし、学校では上辺をなぞった関係の友達が居る程度。こんな重たい身の上話を出来る関係ではない。その後もいくら沙夜が話しかけても、父や母は応えてはくれなかった。そうして膨らむ想いは負の感情ばかりで、沙夜は次第に学校でも孤立するようになっていった。
 そんな時に見かけたのが優斗だった。沙夜は周りと上手く馴染めない優斗を見て、どこか自分に似たシンパシーを感じたのかもしれない。沙夜が話しかけると、優斗は不器用ながらも答えてくれた。優斗との他愛のない話、それだけなのに沙夜は自らの心が癒されていくのが分かった。

「…………」

 きっと沙夜にとって、あの時は優斗が唯一の救いだったのかもしれない。
 それだけに、優斗が告白してきた時は驚いたのだ。内心では少し嬉しいと思う気持ちもあったのかもしれない。けれど、沙夜は断った。その時の胸の内は沙夜にしか知りえない。

「告白なんてしてこなければ、いい友達で居られたのに」

 そんな呟きと同時に、玄関のドアが開く音が下の階から聞こえてきた。