コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 四話 ( No.7 )
- 日時: 2016/08/06 21:12
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: xV3zxjLd)
世間は意外と狭いものだ。スーパーで偶然出会った女の子、霧咲 雨音という名前らしい。家の近所——などというレベルではなく、驚く事に家のお隣さんだったのだ。しかも、俺と同い年。絶対年下だと思ったんだけど、容姿のせいもあるんだろうな。背低いし、顔もどこか幼いし。
ともあれ、霧咲さんは親切にも俺に猫用の哺乳器と、実際に猫の世話の仕方なんかを道中で丁寧に教えてくれた。霧咲さんも猫を飼っていた事があるらしい。
「今日は色々ありがとな。今度何かでお返しする」
「別に気にしなくていい。お隣さんのよしみ」
玄関先で話していると、霧咲さんはグッと親指を立ててそんな事を言う。
彼女のおかげで、俺一人じゃどうにもできなかった問題も解決した。
「また猫の事で困った事があったら聞いて」
それだけ言うと、霧咲さんは踵を返して家の隣にある自宅へと戻っていった。その後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから気付く。今日は久しぶりに喋った、と。
いつもは親父とばっかりで、学校に友達なんて居ない俺は、基本的に話すという事をしない。
秋野さんと話していた時は、それこそ幸せな気持ちというか、満たされた気持ちになっていたけど、この間フラれてしまってからそれも無くなっていた。そのせいなのか、霧咲さんと話せて自分の胸の中に温かなものが広がっていたのを感じていた。
***
「おう、優斗。すまねぇが明日は用があって、一日居ないからよろしくな」
家に入るなり、親父がリビングから顔を出してそんな事を言う。
「珍しいな。仕事?」
「野暮用だよ、昔の知り合いと会うんだ」
親父は奥歯に物が挟まったような物言いで頬を掻く。
野暮用、昔の知り合い、理由を言いづらそうな親父……まさか、新しい恋人でもできたのか? って、そんな訳ねーか。母さんが亡くなってから随分と経つのに、毎日仏壇で手を合わせて「行ってきます」と「ただいま」は絶対言う真面目な親父だ。あり得ない。
ちなみに母さんは俺が生まれてすぐに亡くなってしまった。とても優しくて、最高の妻だったと、小さい頃は親父からよく聞かされたものだ。病弱だったらしく、体調を崩して入院してからはあっという間だったらしい。
思い出なんて何もないけど、親父を見ていると少し羨ましく思う時もある。好きな人と両想いになれるってどんな気分なんだろうか? きっと、毎日が幸せに違いない。
「分かった、ゆっくりしてきてくれ」
「ゆっくりも何も、用が済んだらすぐ帰るからな。次の日から仕事だからよ」
少し面倒そうに言う所を見ると、気は進まないのか? ますます理由が気になる……おっと、親父に構ってる場合じゃない。買ってきたミルクやんねーと。
***
「ほら、ゆっくり飲むんだぞ」
ひと肌よりほんの少しだけ温めたミルクを哺乳器に注いで、ゆっくりと飲ます。この知識はネットと霧咲さんから教えてもらった。始めは匂いを嗅いで警戒していたのだが、やがてゆっくりと飲み始めて安堵する。
「はぁ、ミッションコンプリートだな」
安心したせいか、どっと疲れが出てきた。飲ませたらもう寝ちまうか。明日もこいつの飼い主を捜さなきゃいけないしな。本当、早く見つかるといいんだけどな。
無邪気にミルクを飲む猫を見ていると、頑張らなくては! という使命感が湧いてくる。人間でも動物でも、小さくて弱い生き物には見ていると庇護欲みたいなものが自然と湧くと聞いた事があるが、それだろうか。
「もう少しだけ我慢してくれな?」
空いている左手で子猫の頭を撫でる。ふわふわとした毛触りが心地いい。
子猫は、お腹いっぱいになったのか飲むのをやめた。それを確認して俺も睡魔が急激に襲ってくる。俺はミルクを床に置いて、部屋にあるベットに背を預けた。
まだ自分の夕食を食べてなかったので少し仮眠するつもりだったのだが、結局そのまま朝まで深い眠りへと落ちてしまったのだった。
***
「な、なんじゃこりゃ……!?」
翌朝、目が覚めると座っている場所のカーペットに出来ていた謎の水溜り。
慌てて自分の下着を確認する。いや、もちろん高校生にもなって粗相なんてする訳もないのだが、一応念のために。
「……ふう、焦った」
自分ではない事を確認して一息。
だとすると、これは一体? アンモニアの臭いが部屋に充満してしまっていたので、窓を開けて喚起する。カーテンを開けると、曇天の空から今日も小雨が降っていた。俺じゃないとすると、犯人は一人——いや、一匹しか居ないな。部屋の隅に丸まって眠る子猫を見る。
「トイレの問題もあったんだよな……」
うっかりしていたけど、ちゃんとトイレの場所も作っておかないとな。昨日買っておいたのに忘れてた。毎日部屋のどこかにされちゃたまらん。俺はとりあえずカーペットを剥ぎ取ると、自室の二階からリビングへと降りる。そこから洗濯機がある洗面所へと移動。
今日は親父も朝から居ないって言ってたし、食事やら洗濯は自分でやらなくちゃいけない。親父は俺に似て厳つい顔(自称ロマンスグレー)だが、家事なんかも器用にこなす。
時間がある時なんかは俺の弁当も作ってくれたりする事もあったりして、俺としてはありがたいのだが、そのせいか俺は家事の類は得意ではない。親父が居ない時、飯なんかは外で買って来たりして済ましている事がほとんどだ。
「よし、これでいいだろ」
汚れたカーペットを、お湯で少しだけ洗って洗濯機に放り込む。今は時間が無いから帰ってきたら洗濯して乾かせばいいだろう。生憎の天気で外には干せそうにないけど。
リビングに戻ると、木製のダイニングテーブルの上にメモと藍色のつつみが置いてあり、なんだろうと確認してみる。
「おっ、親父弁当作ってくれたのか。助かる」
メモには『弁当作ったから持ってけ』と、豪快な文字で簡素なメッセージが書いてあった。これで今日の昼食問題は解決した。後は朝飯とあいつの飯だがどうしたものか。
壁掛け時計に目をやると、少し急がないとマズイ時間。決断は早めにしなくてはならない。そもそも家に置いていって大丈夫だろうか? 俺が帰ってこれるのは早くても夕方になってしまう。それまで放置というのはどうなのだろうか? 昨日はミルクを飲んでいたが、半日居ればお腹も空くだろう。
「よし」
少し考えてから俺は二階へと上がった。