コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 死骸の名 ( No.2 )
- 日時: 2016/08/07 19:06
- 名前: 有村めぎ (ID: a0p/ia.h)
自分はここまで薄情者だっただろうか。はて、と、首を傾げる。どうしようもなく好きだったはずだ。それはもう、恋情に押しつぶされて死にそうなほど好きだったのに、と。
何がどうしてこんなことになっているのか分からないけれど、昨夜、彼女が死んだらしい。彼女の両親の悲痛な泣き声が鼓膜に残っている。不幸な事故だったと苦い顔で警察らしき人は言った。列車が脱線して、そのまま、ドカンと大きな爆発音が地面を揺らしたと思ったら、もう、そこに生きている人間は運転士合わせ一人もいなかったと言う。
とうとう彼女の母親は隣の父親に肩を抱かれ、シクシクと泣き始めた。僕はそんな彼女の両親の姿を眺めながら、ううむ、と首を捻る。胸はぽっかりと穴が空いた。愛しい人が死ぬとは恐ろしいものだ。彼女は、自分に生きる意味を与えてくれた人だったのだ。優しい人だった。それはもう死にたくなるほどに愛していたし、一生かけて幸せにするつもりだったのに。
そうして僕の世界は壊れてしまうのだろうか、と、心配していたが、どうやらそんなことはないらしい。まったく平和で、今日もカーテンを開けて見た朝日は眩しかった。朝ご飯は彼女が作り置きしてくれていた煮物をレンジで温めて食べた。いつもと変わらない味だ。会社を休んで葬式へ行く途中も、事故など一切起こらず、車の窓から入る風が気持ちよかった。まったく、薄情者だ、と思う。
だけど仕方なかった。だって、僕は、彼女の死体を見ていないのです。あの事故は本当に酷いもので、誰が誰だかわからなかったらしい。だから本当に彼女が死んだなんて、誰が信じることが出来ようか。神にでも聞くか?「彼女は本当に死んでしまったのですか」なんて質問は、信じてもいない神にとってはいい迷惑だろう。実に馬鹿げた問いである。
実感が湧かないって思ったよりずっと大変だ。たとえば彼女の葬儀でも僕は一切泣けない自信があるし、もちろん今でも全く悲しくない。彼女が土に還る時だって、ああ埋められてるなぁ、くらいの気持ちだろう。だって僕は知っている。その棺桶には、ばらばらにちぎられた誰かの身体を詰め合わせただけのものだと。という訳で、棺桶に詰められていたのが彼女の死体じゃないことだって、じゅうぶんにありえるのです。
だから僕は信じない。
今だって目を閉じれば、あの人がそこで笑っているような気がするのだ。