コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- さよなら涙の宇宙に沈む ( No.4 )
- 日時: 2016/08/07 19:12
- 名前: 有村めぎ (ID: a0p/ia.h)
ふよふよと無重力空間で浮いている。時折聞こえるシャボン玉が割れたような微々たる音に混ざり、地球から声が聞こえた。それはかすかなものだったが、僕の星は地球に比較的近い場所にあるので、あの子の感情が僅かでも伝わる。僕は地球では生きられないと言い、別れを告げたあの日のあの子の顔が脳裏を掠めた。もどかしいような気持ちを落ち着かせて、小さな声に耳をすませる。
「さみしいの」
あの子は泣いていた。地球は僕の星なんかよりずっとおおきくて、人が多いから、寂しくなどないと思っていたがどうやら違うらしい。僕なんか本当の意味で一人だっていうのにな。
地球で文化が進むにつれ、宇宙人は次から次へと数を減らしていった。よくわからないが、宇宙人が暮らしていくには難しくなってしまったらしい。そして、永き年月とともに、僕の故郷は、とうとう僕一人しかいなくなってしまったのだ。なので僕の方がずっと寂しいと思うが、でも、そこらへんは、地球人とは感性が違うので、僕にはわからない。
あの子はぽろぽろと黒の瞳から涙を流す。地球には重力というものがあるから、その涙が僕のところへ飛んできてくれるなんてことは有り得ないらしい。とても、残念だ。
もしもここにあの子の涙が飛んできたなら、どうしようか。冷たい涙の粒を手に取って飾る?どこに。飲み込んであの子を思うなんてことでもしてみるか。ううん、なんだか薄気味悪い。どれも違うと思った。僕ならば、僕ならば……。
考えていると、あの子はかくりと首をかしげてこちらを見た。僕はというと、通常あの子から僕は見えるはずが無かったので、びくりと肩を揺らして驚いてしまい目を見開く。まて、やはりあの子から僕が見えることはないのだ。頭ではわかっているのに、心臓がひどくうるさい。というか久々に動いた。どくどくと脈打つ。いたい。
あの子は涙をこぼしたまま僕を見つめていた。あの子の住む地球から、地球人の目で、僕が見えるはずないのに。
「あいたいの」
あいたいと泣くあの子は宇宙人の僕から見ても痛ましくて、可哀想だ。僕が地球にいた記憶はもうとっくに消したはずなのに、聡明なあの子はゆるやかな面影をたどってしまって、意味もわからず泣く。だから、あの子は、僕のいない地球で僕を思って泣くのだ。本当に不運で哀れな、可哀想で愛しい子だった。
ぼろぼろと、気づけば僕の頬にも生温い液体が伝っていることに気づく。ぷかぷかと宇宙のちかちかとした空を泳いだ涙は、そろそろと彷徨いはじめた。目を細め、眩しくなる涙を見つめる。
僕ならばどうしたと言うんだ。僕は向こうでは生きていけない、あの子はこちらでは生きていけない。どうにもならない。あの子の涙を拭いたいなんて、そんなことをしてどうなるのだとまた泣いた。
急いで潰そうと手を伸ばした僕の涙は、勢いよく地球に落ちようとてのひらからすり抜けていく。しまった、きっと、地球は大雨になる。あの子は今、傘を持っていないのに。慌てて見下ろせば、あの子の頬には僕の涙がぽとりと落ちる瞬間だった。それを震える手であの子は触ると、こちらを見てからぐすぐすとまた泣き始める。雨は次から次に降り注ぎ、宇宙に漂うだけの僕を嘲笑っていた。
「 」
あの子があの子の知らぬ僕の名前を口にする。これ以上僕が泣けばあの子はもっと濡れるっていうのに、僕の涙はその声とともに完全に止まらなくなってしまった。僕だってあいたい、今すぐその涙を拭ってあげたい。
あの子が呼吸の出来ない宇宙で僕は泣きながら、そして、僕たちはどうにもならないなかでもがき沈み、またどうしようもない悲しみに涙を流していくのだ。