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コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 私がヒーローになるまでの話 ( No.2 )
- 日時: 2016/12/11 21:09
- 名前: 薄葉あた丸 (ID: V9u1HFiP)
第一話「歪んだ世界」
冬の朝は寒い。
紺野鞠乃は、自宅の窓から見えるいかにも寒々しい景色に身震いした。
春にはあの木にも桜が咲いていたのになあ。
今では「嘘でした!」とでも言わんばかりに、震える木の葉を弱々しくぶら下げている。
「冬が来ましたね」
朝食のコーンスープを口に運び、一息ついて目の前の男を見る。
男の名は高坂宗介。
鞠乃の従兄弟にあたる宗介とは、わけあって幼い頃から同じ家で兄弟同然過ごしてきた。
今は職場が近いこともあり、二人で引越し、このアパートで同居している。
いや、同居というより鞠乃が居候しているようなものだ。
色々あったとはいえ、家なしの女を快くこのアパートに入れてくれたこと、心から感謝している。
ありがとう……!
改めて宗介への想いを噛み締める。
一人で想いを馳せていると、彼は目玉焼きを黄身だけが残るよう器用に切り分けながら呟いた。
「そろそろこたつを出さないとな」
言ってから、丸く切り取った黄身部分をご飯の上へ。
それを見て、鞠乃も白身だけを取り除こうとしたのだが、箸の先が黄身にあたって潰れてしまった。
少しずつ溢れる濃い黄色。
「皿にこぼすまい」ととっさに思い、残っていた目玉焼きを口の中へ放り込んだ。
しまった、一気に入れすぎた。
しばらく食器のカチャカチャという音が目立って響き、飲み込んだ後に、鞠乃は口を開く。
「こたつですか。……冬も悪いことばかりじゃないですね。寒いけど暖かいです」
そう。寒いけど暖かいのだ。
こたつやら、温まる食べ物やら、鞠乃にとっては魅力的なものばかり。
どれも愛しい。
それに、冬は人と人の距離が近づく季節だと思う。
「いや、寒い」
思いのほかドライに切り捨てられてしまった。
まあ仕方がない。冬はやっぱり寒いのだから。
宗介は黄身乗せご飯に醤油を垂らし、一口食べて僅かに微笑む。
コーンスープを飲もうとすると、掛けている黒縁眼鏡が白く曇る。
鞠乃には、彼の動き一つ一つが可愛く見えた。
実際は自分より七歳も年上なのだが。
「——続いてのニュースです。今朝五時頃、公園で男性の遺体が発見されました」
つけたまま放ったらかしになっていたテレビから、物騒な音声が流れてきた。
ふと気になり、二人は画面へ顔を向ける。
「男性はイデントであり、警察は『イデント殺し』による犯行と見ています」
悲しい事だ。
最近、その『イデント殺し』とか言う人間が出始めたらしい。
世の中の情報に疎い鞠乃でもそのくらいは耳にしていた。
鞠乃はイデントについてはあまり詳しくなかったが、何故かこの手の報道を聞くと異様に胸が熱くなることが多々ある。
思い出したくても思い出せないような、もどかしさと言うか……。
体の中で何かが疼いているのだ。
身に覚えのない切なさと怒りがこみあげてくる。
宗介も怪訝な顔をしていた。ただでさえ鋭い目つきがさらに険しくなっていて恐ろしい。
「相変わらず物騒で——」
番組の司会者が語りだしたところで、宗介は急にテレビを消した。
朝からこのような報道は、やはり気分が悪いのだろう。
自分だって気持ちよくない。
「鞠乃、今日は休日だから、二人で出掛けないか?」
「え?」
突然の誘いに驚き、素っ頓狂な声を出してしまう。
宗介は、先ほどとは打って変わって優しい顔つきだ。
彼からそういう事を言ってくることは滅多にない。レアケースである。
時計を見ると、午前七時。片付けを終えて、準備するには十分時間がある。
珍しいこともあるものだ。
嬉しくて自然と口角が上がる。
「はい、もちろんです。行きましょう」
鞠乃は満面の笑みで応えた。
- Re: 私がヒーローになるまでの話【コメント募集中!】 ( No.3 )
- 日時: 2016/12/11 21:12
- 名前: 薄葉あた丸 (ID: V9u1HFiP)
近頃の本屋は至れり尽くせりである。
棚にずらっと並んだ本。読書スペースの気持ち良さそうなソファ。
アンティーク調の店内が心地よい。
とても静かな様子から、今はお客さんも少なめと見える。
前に本屋に来たのは、小学生の時だ。
その頃流行っていたマンガがどうしても欲しくて、ありったけのお金を一冊の本につぎ込んだ。
意気揚々と持ち帰った割に、結局途中で飽きて一巻で挫折したが。
宗介が本好きで、月に一回は新しい本が家にあるものだから本屋に足を運ぶことがなくなったのだろう。
今回のお出掛け先にも本屋を選ぶところが、何とも宗介らしい。
せっかく来たからには、何か買って帰ろう。鞠乃は意気込む。
しばらくとぼとぼと店内を物色していると、宗介がそばに居ない事に気がついた。
少し店内を見渡すと、向こうの方で一冊の本に夢中になっている彼の姿が。
ここは邪魔しないでおこう。
冒険に出掛けた子供のような瞳が何とも素敵だったので、声はかけず、鞠乃は物色を続行した。
一度手に取っては戻し、手に取っては戻しを繰り返す。
こういうのも良いな、と考えながら、掃除の行き届いた綺麗な床をあてもなく歩き回る。
ふと、新刊図書コーナーに置いてある一冊に目を惹かれた。
『イデントはこの世に存在していいものか』という題の本。
目で題名を追っているとき、また身に覚えのない感情が沸いてきた。
鞠乃がイデントに対して特別興味を持っているわけではない。
しかし、許してはいないような気がするのだ。彼らを差別する社会を。
胸が熱い。
今にもこの本を引き裂いてしまいそうだ。
目頭が熱くなり、涙が一筋頬を伝った。
何故だか分からない。でも、悲しい。
これ以上この本について考えたら頭がおかしくなりそうだと感じ、鞠乃は違う場所を回った。
いろいろ手に取ってはみたが、これという物が見つからない。
仕方なく本を購入することは諦めた。
今晩の夕食のための買い物にでもいこうか。
冷蔵庫がスカスカだったことを思い出し、買い物にいけるお金があるか、財布を確認した。
よし、行ける。
「宗介さん」
小さい声で呼ぶ。
「ん、何か見つかった?」
鞠乃は首を横に振り、「スーパーへ買い物に行くから、宗介さんは満足したら帰ってください」という内容を伝えた。
「悪いね、好まないところに連れてきたかな」
「そんなんじゃありません。私も本は好きです。ただ……」
ただ、ここにいるとあの本のせいで居た堪れない気持ちになるからだ。
「ただ?」
「——何でもないです。ほどほどで帰ってくださいね」
宗介は納得できないというような微妙な顔をしていたものの、頷いた。
せっかく誘ってくれたのに、申し訳ないとは思う。
でも、先ほどの本が気になり、今にも胸は張り裂けそうだった。
- Re: 私がヒーローになるまでの話【オリキャラ募集!】 ( No.4 )
- 日時: 2016/12/11 21:15
- 名前: 薄葉あた丸 (ID: V9u1HFiP)
宗介さんはもう帰っただろうか。
荷物の入ったレジ袋を片手に、鞠乃は寂れた道を歩いていた。
この道は人通りも少なく、車もあまり走らない。
買い物前に、宗介を置いて出た事を後悔する思いが、道の雰囲気のおかげで余計に鞠乃を追い詰める。
毎日疲れて帰ってくる宗介さんが、せっかくの休みに自分から出掛けようと言ってくれたのに。
「ああ、もう何てことを……」
鞠乃は頭を抱える。
二人で帰ってくればよかった。
少し気分が悪くなったくらいで逃げ出すなんて事、するんじゃなかった。
お詫びといっては何だが、今日は宗介の好きなクリームシチューを作ろうと材料を買った。
デザートのショートケーキも、奮発して買ってしまった。
宗介さん、怒っているだろうなあ。
これで許してくれるとは思っていないが、せめて何事もなかったかのように晩ご飯は食べたい。
ふと、道の前方にトラックが見えた。
鞠乃は右側の通路に避け、そのまま歩く。
——何か様子がおかしい。
トラックは不安定な動きで、しかもかなりのスピードで迫ってくる。
危ない! と思って身を縮める間も無く、鞠乃は宙を舞っていた。
次の瞬間、激しく地面に叩きつけられた。
生暖かいと感じる何かは、血だ。
全てが白く見える。
鞠乃は意識を失った。
トラックの運転手は車から降りず、そのまま逃げてしまった。
人気のない道で人通りはなく、鞠乃は撥ねられてから数十分、一人で横たわっている。
買い物袋は中身が飛び出し、ケーキは潰れていた。
黒川千紘は、散歩の途中だった。
やつれた白いセーターに痛んだジーンズ。髪は少しはねていて、ひょろりと細くて長い身体の彼は、お世辞にも裕福そうとは言えない出で立ちだ。
「あれは……人だな」
静かな通りの遠くで、横たわる人間のシルエットが見える。
ただならぬ気配がしたので、近くへと歩みを進めた。
冷たい風に混ざって、わずかに血の香りがする。
千紘が目にしたものは、頭から赤い液体を流しながら目を閉じて倒れている女性。
車にはねられたのだな。
——まだ血色が鮮やかだ。だが今さっき怪我したようには思えない。
慌てず焦らずむしろ余裕な表情で、千紘は女性の前髪を優しくかきあげ、傷口を確認した。
「そんな馬鹿な——」
千紘は絶句する。
……ここの人通りが少なくてある意味ラッキーだった。
救急車にでも乗せられていたら確実に研究所行きだっただろう。
「ここを通ったのが俺で良かったな」
千紘は女性を見て呟いた。
- Re: 私がヒーローになるまでの話【オリキャラ募集!】 ( No.5 )
- 日時: 2016/12/11 21:19
- 名前: 薄葉あた丸 (ID: V9u1HFiP)
失敗した。
鞠乃が先に帰ってしまった。
宗介は本屋で購入した一冊を握りながら後悔していた。
まだ家へ帰る気にはなれず、読書スペースのソファに腰を降ろし、頭を抱える。
鞠乃は本が好きだと思ったのだが。
毎月一冊買ってくる本を、彼女も楽しそうに読んでいたはずだ。
まさか先に帰ってしまうとは。
絶望しているだろうか。
違う場所にすれば良かったのだろうか。
手で頭をくしゃくしゃっと掻いていると、ポケットの中が振動した。
鞠乃から電話だ。
宗介は急いで店を出て、携帯電話を耳に当てる。
「鞠乃、もう家に——」
「もしもし、紺野鞠乃さんのお知り合いですか?」
耳を疑った。
電話口から聞こえてきたのは、明らかな男の声。
宗介は一瞬硬直し、しどろもどろになりながら訪ねる。
「あ、あの、えっと、だ、誰ですか? あなたは」
「おっと、名乗り忘れていたな。俺は黒川と言います」
男の声は冷静で若い男らしい声だったが、まるでおじいちゃんのような、ゆったりとした喋り方だった。
それにしても、いや、名字だけ名乗られても理解しがたい。
「俺は鞠乃の従兄弟ですが。彼女がどうかしましたか?」
鞠乃の携帯からかけてくるということは、何かあったのだろう。
もしも彼に対して何かやらかしていたとしたら面目ない。
出来るだけ丁寧に接しようと心がけることにした。
「彼女、道路で倒れていまして。おそらく車に撥ねられたのでしょう」
……車に撥ねられた、と?
冷や汗が出てきた。
かすり傷で済んでいればいいが、大怪我となると話が変わってくる。
いろいろな考えが脳内を巡った。
宗介は彼女が「普通」ではないことを知っていたからだ。
「今鞠乃はどこに?」
「常盤木荘という建物、分かりますか? そこで介抱しています」
それを聞いて一安心する。
病院にでも担ぎ込まれていたらと考えると恐ろしい。
「ありがとうございます」
宗介はすぐさま通話を切り、走り出した。
まずい。
早く迎えに行かなければ。「あのこと」がバレていないだろうか。
常盤木荘……、常盤木荘……。
確か、そんな名前のアパートを見たことはある。
異様に立派な造りで驚いた記憶が。
それにしても、救急車を呼ばないでくれて助かった。
助けてくれた彼も、「同じ」だったのだろうか。
息を切らせながら、本屋に買った本を置いてきてしまったことにも気づかず、ただ鞠乃の事だけを考えていた。
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