コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 私がヒーローになるまでの話【オリキャラ募集!】 ( No.23 )
日時: 2016/12/15 16:47
名前: 薄葉あた丸 (ID: V9u1HFiP)


 数日前の事が頭の中をぐるぐる回って離れない。

 あの事故がなければ、今日も平穏な気持ちで朝を迎える事ができていたのだろうか。

 鞠乃は深く布団をかぶり、あの日の事に想いを馳せた。







 千紘に「君は特殊体質者なのか?」と聞かれ、黙り込んでしまったことは言うまでもない。

 自分自身が知らなかったのだから。

 今までそんな事を疑うような出来事など起きなかった。
 
 それに鞠乃は女だ。

 これまでの生活の中で自分のどこにイデントを疑う要素があったのか、こちらが聞きたいくらいだ。
 
 だが、千紘の話を聞いた限り、イデントだということは間違いなさそうである。

 現にもう痛みはなく、傷すらも残っていない。

 私は普通の人間のはず。

 鞠乃は千紘を待たせていることも忘れ、右手の拳で額を打ち付け始めた。


 ……痛くない。

 今までは怪我をする度に「痛い」と感じ、傷が治るのにも時間がかかったのに。

 もう一発。

 あれ、違う、こんなはずじゃない。

 おかしい。痛くない。——何で。

 一発打ち込んでは「あれ」「うん」「え?」などと言葉を発し、首を傾げてからまた自分を殴る。

 千紘はしばらくその光景を不思議そうに眺めていたが、「そういうことか」と思い立ち、額に向かって振り続けていた鞠乃の右手を、拾い掴んだ。

「知らなかったのだな」
 
 話しかけられてようやく自分の挙動がおかしかった事に気付く。

 我ながら意味不明にも程がある。

「はい、全く」

 腕を握られたまま答えた。

 千紘は静かに鞠乃の腕を降ろしてから、ふわりと微笑む。
 
「それならいいさ。今の質問は忘れてくれ」


 とんでもない事を知ってしまった。

 とてもじゃないが簡単に受け流すことは出来ない。

 これは、これからも知らない振りをして生きていけば良いのだろうか。

 それとも「私はイデントです! 崇めてください!」とでも言えば良いのだろうか。

 いずれにしろ胸騒ぎがおさまらない。


「千紘さんは、イデントですよね?」

 よく考えてみると、千紘が何者かをまだ知らなかった。
 
「はっはっは、今更か。勿論そうだ。人間だったら君を見て悲鳴をあげたかもしれん」

 予想通りではあるけれど、何だか意外だ。
 
 全くそのような気配などしない。

 そのような気配がどんなものかは知らないが。


 イデントと言うことはずば抜けて得意な事があるのだろう。

「すごく速く走れたり、すごく耳が良かったりとかは?」

 興味津々に問いかける。

 千紘は一瞬悩む素振りを見せてから、「百聞は一見に如かずだ」と言って部屋の隅に置いてあった小さな植木鉢を持ってきた。

 片手で持てる程の大きさで、赤茶色の一般的なもの。

「丁度いいところにあった」

 千紘は右手にそれを握り、少し力を込めた。

 ヒビが入る。まさか……。

「うわああぁ!!!」

 思わず叫ぶ。


 ガシャン、と音を立て、バラバラに欠けた破片が床に散らばる。

 彼の右手には傷一つない。

 終始にこやかなまま、物体を握り潰してしまった。

「すばしっこい奴なら下にいるが、俺は強いて言えばこれが得意分野だ」

 鞠乃は開いた口が閉じなかった。

Re: 私がヒーローになるまでの話【オリキャラ募集!】 ( No.24 )
日時: 2016/12/12 19:43
名前: 薄葉あた丸 (ID: V9u1HFiP)

 

 下がりっぱなしの顎を左手で押し上げる。

 目を見開いても細くしても、床には崩壊した植木鉢。

 力を入れている、という素振りは殆どなく、もはや二本の指だけで押しつぶしたというような感じだ。


 鞠乃は自然と手を叩いていた。

「格好いい!かっこいいです!」

 実を言えば、鞠乃には昔から特殊体質者に憧れているところがあった。




 ——あれは中学生の時。

 入学してすぐの体力測定が、鞠乃は憂鬱だった。

 勉強は出来る方だったが運動はからっきし駄目。

 特にボール投げが悲惨で、最低記録は一メートル。

 散々運動音痴を披露してから、とうとう例の競技になり、また今日も恥をかくのかと、校庭の隅で膝を抱えてしゃがみ込んだ。

「どうしたの?」

 顔を上げると最近知り合ったばかりの、クラスメイトの男の子が。

 佐々木悠。確かそんな名前だったと思う。


 体操服が似合う、まさに体育会系男子というような雰囲気である。

「次ソフトボール投げですよね?私苦手だからなあ」

 笑顔でごまかしながら弱音を吐いた。

 すると悠は「時間ないけど教えてあげる」と言い野球ボールを取って来た。

「見てて」

 左手にボールを握り、身体をねじりながら片足を上げる。


 左利きなのか。

 どうでも良い情報ばかり頭を駆け巡る。


 腕を大きく振り、ボールを飛ばした。

 白い玉は大きく弧を描き地面へ——着地しない。
 
 まだ空中を移動している。

「凄げええぇ!!」

 鞠乃が反応するよりも早く、周囲の生徒達が悠のもとへ駆け寄ってきた。

「やばい!」「飛びすぎでしょ」「野球やってたの?」飛び交う質問に悠は困惑している様子だ。

 鞠乃も皆と同じ感想を抱く。


 もはや凄すぎてお手本にならない。


 後に聞いた話によると、彼はイデントだったようだ。

 もともと運動は得意だったが、中でも足の速さがピカイチだったらしい。


 そこで鞠乃は初めてイデントに尊敬の気持ちを抱いた。

 ただの回復人間じゃなかったんだ!


 佐々木悠が鞠乃の初恋の相手だったのはまた別の話。




 間近でイデントの技を見る事が出来たのはこれで二回目だ。

 かっこいい、と拍手を送る鞠乃に、千紘は困ったような顔をした。

「気持ち悪いとは思わないのか?」

 その言葉に、今度は鞠乃が間の抜けた顔になってしまった。


「そんな事思いません、素敵じゃないですか」

「褒められたのは初めてだ。いやあ、照れるな」


 目尻を下げて、子犬のように人懐っこく笑う。


 先ほど物体を破壊したとは思えない穏やかさだ。

「——あ。床、片付けないと危ないですね」

 千紘の足元に先の尖った破片が転がっているのを見て気付いた。


 布団を剥がしてベッドから降りようとすると千紘は鞠乃の左手に手を重ねて言う。

「俺がやっておくさ。自分で壊したんだ。鞠乃ちゃんは、今日はゆっくり休んでいくといい」


 すぐにその手は離れたが、暖かさは残り、胸の鼓動は速まった。


 鞠乃ちゃん。鞠乃ちゃん? 鞠乃ちゃん!?

 名前を呼んでくれた!


 千紘が下を向いて植木鉢の欠片を拾っているのを良い事に、鞠乃は緩みきった顔になっていた。