コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 私がヒーローになるまでの話【オリキャラ募集!】 ( No.35 )
- 日時: 2016/12/17 10:13
- 名前: 薄葉あた丸 (ID: V9u1HFiP)
灯りのない、暗く細い階段は、木製の床板がギシギシ音を立てることもあって不気味だった。
それに長くて緩いズボンが足に絡まって上手く歩けない。
軽い足取りで先を行く千紘においていかれないようにと、鞠乃はなるべく急いだ。
先ほどまでいた部屋を振り返ると、長い階段のせいで、既に入口のドアが小さく見える。
そのドアの隣にも、さらにその隣にも、小さくなったドアがあった。
六つくらいは同じ階に部屋があるのではないだろうか。
何という豪邸だ、と鞠乃は身構える。
また歩き出そうと前を向き、気付けば千紘の背中まで小さくなっていた。
ズボンをつまんで足が出るまで引っ張り、裸足で階段を駆け下りた。
途端に、鞠乃の鼻が、一階から漂う美味しそうな匂いをキャッチする。
なめらかで、温かなこの感じ。
ごくりと、唾を飲み込んだ。小さくお腹が鳴る。
どうやら一階には晩ご飯が用意されているようだった。
階段の雰囲気とは裏腹の明るいリビングに、数人の人影が楽しそうに動いていた。
千紘は階段の最後の一段を降りると「いやあ、待たせたな」と申し訳なさそうに言った。
返事するのは男の声ばかり。
鞠乃はあの空間に出て行って良いものかと緊張した。
階段でくすぶっていると、千紘が笑顔で手招きをする。
弱々しい笑顔で応え、おそるおそるリビングの様子を覗いてみる。
「うわぁ……!」
そこは、ため息がこぼれる程、広く開放的な場所だった。
和風の旅館、というようなテイストの、上品な造り。
黄色に近い、暖かな色のフローリング。隣の部屋とは襖で区切られている。
四人用くらいのテーブルが二つ、十人は囲んで座れるであろう大きさのテーブルが一つ、いずれも黒で、部屋の雰囲気を締めていた。
大きいテーブルの上には、匂いの正体、クリームシチューが六人分並んでいる。
部屋の奥にはカウンターキッチンがあり、それも白が基調の綺麗なものだ。
まるで旅館の食堂にでも来たかのような気分。
壁から身を乗り出すかたちで広大なリビングを眺めていると、十人席に無理やり座らせられたかのような表情の宗介と目があった。
「帰らせてくれなそうだ」 宗介は言った。
気難しい顔をしているが、声で、楽しんでいるという事が分かる。
「一緒に食べよう。もう君の分まで用意したから、いいえ、とは言わせないよ」
キッチンからサラダボウルを運んできた若い青年が、鞠乃に向き直って微笑みかけた。
千紘と同じくらい、すらっと長い手足の高身長。
切れ長の目は少し垂れていて、とても落ち着いている人に見えた。
少なくとも怖い人ではないだろう。
耳から顎へとかかる前下がりのおかっぱ風の髪型が似合うのは、やはりこの人も美形だからなのだろうか。
「そう、彼女サンも一緒にね」
悠がエプロン姿のまま宗介の隣に座る。
僕だけ知っている、というような得意げな表情だ。
残念ながら彼女サンではないのだが。
「まあ、座れ」
壁の影から鞠乃を引っ張り出し、千紘は鞠乃を悠の隣へ座らせる。
宗介はあからさまに不満げな顔をした。
「叶也君も席に着きなさい。……世良君はやはりまだ来ないか」
オカッパ美青年の名前はきっと「叶也」というのだろう。
彼は分かりました、と宗介の前の席へ。
目の前の料理は鞠乃が作る夕食と似たような並びだった。
しかしお腹が空いているせいか、やけに輝いて見える。
はやく手を伸ばしたい。
もう一度唾を飲み込む。
すると、ふと我に帰った。
私はここで何をしているのだろうか。
流れに任せていつの間にかこの場で夕食を済ませようとしているではないか。
しかし断ることも出来ない。
このまま帰ったら飢えてしまうほどに空腹になってきた。
それに、買い物で手に入れた材料は全て駄目になってしまったではないか。
帰っても食べるものがない。
それでも彼らとは初対面。
こんなにお世話になっては、借りが大きすぎる。
「遠慮はいらない。形はどんなであれ、出会ったのも何かの縁。君の買い物袋がちらりと目に入ったのだが、シチューを作ろうとしていたようだったな。叶也君にメニューをわざわざ変更してもらったんだ」
鞠乃の正面に座った千紘が、自分と葛藤している鞠乃を察知し、諭した。
嬉しさのあまり涙が出そうになる。
どうしてこんなにも私に構ってくれるのか分からない。
遠い昔に会ったことでもあるのだろうか、と考えてみるが、そのような思い出など一つもなかった。
異常だが、嫌な気分にはならない。
宗介と目配せをし、互いに頷く。
「お言葉に甘えさせていただきます」