コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 私がヒーローになるまでの話【オリキャラ募集!】 ( No.45 )
- 日時: 2016/12/18 16:45
- 名前: 薄葉あた丸 (ID: V9u1HFiP)
第三話「常盤木荘」
「なんだ、じゃあ黒川さんと付き合ってるわけじゃないんだ」
「だから初めからそう言っているじゃないですか」
晩餐が始まってから、これまでの時間の大半は悠を説得することに使った。
話を熱心に聞いていたのは、悠よりも叶也の方だったが。
まず千紘がここに至るまでの事情を説明する。
すると悠は「誤魔化さなくても」と言う。
次に鞠乃が「千紘とは今日が初めまして」だと語る。
すると悠は「どうして嘘をつく必要が」と。
最後に宗介が「鞠乃は俺と暮らしている」と言った。
そしてようやく悠は頷く。
一つの誤解を解くために二、三個新たな勘違いが生まれたような気もするが、まあいいだろう。
鞠乃はほっと胸撫で下ろした。
「どちらかと言えば悠君の方が、関係があるらしいが」 と、千紘が切り出す。
悠と叶也が怪訝そうな顔で聞き返した。
「何故ですか?」
「どういうことですか?」
「俺も詳しくは知らん。彼女に聞けば分かるさ」
二人が息ぴったりに鞠乃へ視線を合わせた。
いきなり話を振られ、鞠乃は見開いた目で二人を見つめ返す。
何も言わずに目だけ合わせているという奇妙な間が生まれた。
「会ったことあったっけ?」 悠が無邪気に問う。
ぎくり、と鞠乃の胸は痛んだ。
名前だけで思い出されようとはしていなかったが、覚悟はしていても、やはりこうドンピシャに「忘れた」と言われては流石に落ち込む。
鞠乃にとっては憧れの人だったから、なおさら。
「中学校の同級生に、とても体育が苦手な子いませんでしたか?」
いなかった、と言われてもいいように、俯き、目を瞑って返答を待った。
悠は悩んでいるようで、沈黙が続いている。
「そんなに大変そうな子はいなかったなあ」
口を開いたかと思えば、案の定の答えだ。
鞠乃は肩を落としながらも、彼とはあまり接点もなかったし、仕方ないことだと自分を慰める。
「あ、でも野球のプレーが面白い人はいた」
「な、名前覚えていますか?」
咄嗟に顔を上げた。望みが見える!
悠は名前……、と呟きながら懸命に思い出そうとしている。
この場にいる全員が、悠の導く答えを待っていた。
「こん……まりか? いや違う。紺野……。紺野? 紺野! 紺野鞠乃! 君だ!」
悠は驚愕の表情を浮かべた。
野球のプレーが面白い、というキーワードで思い出されたことは複雑だが、そんなことより記憶の片隅にそれが留まっていた事の方が遥かに嬉しい。
「正解です!」
「本ばっかり読んでた」
「はい」
「家庭科が得意で」
「はい」
「体育の時はものすごく悲しそうな顔をしてた」
「は、はい」
自分が思っていたよりも印象にあったのだな、と目尻が下がる。
「すごい偶然。もしかして僕に会いに来たとか」
「そういうつもりではないのですが。感動的です」
「ああ、俺も思い出した」 突然宗介が口を挟む。
「毎日学校から帰ってくるたびに、その話を——」
「何でも無いですよね」
やめてください、という意味を込めて宗介に微笑んだ。
察したように宗介は言葉を途中でやめ、シチューをスプーンで口に運んだ。
それを合図に、五人は再び食事に集中し始める。
叶也の作った料理らしいが、どれも一口食べるたびに幸せな気分になった。
彼の料理は初めて食べる筈なのにどこか懐かしい味がする。
「美味しい?」
心を読んだように尋ねられた。
まるで、このシチューのように柔らかい声。聞いているだけで胸がいっぱいになる。
「とても。どうやって作っているのか知りたいです」
期待を込めてそう言えば、叶也は笑顔になりながら頭をかいた。
「特製だからね。良ければ今度、作り方を教えようか」
「ぜひお願いします」
幸せだった。
まさか今朝はこんな事になるなんて、思いもしなかっただろう。
宗介と出掛けて、帰ってくるだけのいつもと変わらない日が始まると思っていた。
ところがどっこいである。
トラックに撥ねられるも奇跡の生還を果たすという、生まれて初めての経験をしてしまった。
人生何が起こるか分からないものだと感心する。
「お、足音が聞こえるな。世良君が降りてきたか」
今まで黙って話を聞いていた千紘が、階段の方向を見て華やいだ声で言った。
そういえば先程も「世良君はまだ来てないか」とか何とか言っていた気がする。
この屋敷にあと何人、人が住んでいるのか見当がつかない。
いや、でも用意されていた食事の数からして、その世良という人が来れば全員集合なのだろうか。