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Re: 私がヒーローになるまでの話【オリキャラ募集!】 ( No.63 )
日時: 2017/01/14 12:20
名前: 薄葉あた丸 (ID: 492uL0E4)



第四話「突然すぎる」


 数十秒間、鞠乃の体は停止したまま動かなくなった。

 ついさっきまで作っていた笑顔が、ぎこちない形で固まる。

「そ、宗介さん。冗談にも程がありますよ。しかも全然面白くありません」

「真面目な話だ。もう君と一緒にはいられなくなった。夜、話し合って決定してもらったことだ」

 リビングを見渡した。目が合った悠は、鞠乃を見て頷く。

 妙に説得力のある眼球だ。

「ちょっと待って! いきなり突拍子もないことを言わないでください。何が何だか分かりません。もう少し詳しく」

「お前が指名手配されているから、もう同じ場所で暮らせないんだ」

 頭が爆発しそうだ。収容できる情報の数をとっくにオーバーしている。

 私が指名手配? 悪いことをした覚えなど全くないが。

「ちなみに、ここにいる彼以外の全員は、鞠乃さんと同じ状況だ」

 叶也は宗介を手で示しながら言った。

 同じ状況——まさか、彼らも怪しい人達なのか?

「特殊体質者は皆、生まれた時から研究所に目をつけられているんだよ。人間に危害を及ぼす危険性があると判断されたイデントは、即研究所送り。つまり、俺達は生後間もなく危険人物扱いだ」

 孫に昔話を聞かせるお爺さんのような口調で、千紘はゆるりと言った。

 話が分かってきたような、ややこしくなっていくような。

「えっと、私がイデントだから指名手配されていて、ここの皆さんも同じで、研究所が見ていて、それが原因で私は宗介さんと暮らせないと?」

「要するにそういうこと。荷物は後日まとめて届けるから安心して」

 心配しているのはそこではない。

「でもでも、皆さんは私がここに来るなんて迷惑な事、受け入れてくれるはずないですよね」

「言ったではないか。話し合って決めたことだと」

 視線の先にいた千紘がにっこりと笑った。

「それでは、もう俺は帰ります。鞠乃、言っておくけど、俺は遠くへ引っ越す。ここ以外に生活する場所はもうないからな」

 腰が抜けて動けない。

 千紘に頭を下げて玄関を出て行く宗介を目で追いながら、口だけがぱくぱくと開閉を繰り返す。

 ガチャン。

 完全にドアが閉じた音が響いて、鞠乃は我に帰った。

「え?」

「うん」 悠が言った。

「どうぞよろしく」 叶也が小さく頭を下げた。

「な、なんとかなりますよ」 世良の声を初めて聞いた。

「そういう事だ」 千紘が鞠乃に手を差し出して言う。

 反動的にその手を握ると、力のこもった握手が交わされた。一瞬、手の骨がバラバラにならないかと思ったが、大丈夫だった。

Re: 私がヒーローになるまでの話【オリキャラ募集!】 ( No.64 )
日時: 2017/01/14 14:44
名前: 薄葉あた丸 (ID: r5KTv1Fp)



 そして現在に至る。

 なんだかんだあって、あれからもう三日経過してしまったのだ。

 つまり、鞠乃がかぶっている布団は、宗介と暮らしていたアパートのものではなく、常盤木荘のふかふかベッドのものだ。

 未だに信じられない。

 三日しか経っていないのに、かつての家に宗介の姿はなく、連絡もつかなくなってしまったのだ。

 いくら鞠乃がイデントだと判明してしまったとはいえ、もう少し別れを惜しんでくれるものではないのだろうか。

「やっぱり気持ち悪いと思われたんでしょうねえ……」

 布団をさらに深くかぶって呟いた。

 自分だって気味が悪い。

 つい今まで他人事だと思っていた特殊体質が自分の身体の中に眠っていたのだから、おぞましいことこの上ない。

 突き放されてしまうのも当然……なのか。

「鞠乃さん、起きているかい?」

 扉を軽くノックする音と同時に、叶也の落ち着いた声が聞こえた。

 鞠乃は布団から飛び起きて応える。

「まだです」

「あはは、そっか。じゃあ目が覚めたら下に降りてきてね。朝食を用意しているよ」

 素早い動きで宗介が届けてくれたダンボールをあさり、服が入っていた箱の中から選んで着替える。

 脱いだ服は、洗面所に置いてあるかごの中へ放り込んだ。

 気を遣ってくれているらしい。衣服は、皆さんとは別の時間に自分で洗濯させてもらっている。

 顔を洗って鏡の前で短い髪を軽くとかすと、どうしてもなおらない寝癖が右耳の上でぴょんと跳ねた。

 水でのばしてもすぐ元通りになるので、仕方なくそのままリビングへ向かう。

 急な段差の階段にも少しは慣れた。

「お、来たか。あとは世良君だけだな。——はっはっは、ここに可愛い寝癖がついているぞ」

 壁の影から顔を出すと、すぐ千紘に指摘された。

「おはようございます。なかなか直らなくて」

 寝癖を手で隠しながら言う。

 いつもは、この「おはようございます」も宗介に向かって言うものだった。

 座って味噌汁をすすっている時も、思った。

 向かいの席に座っていたのは宗介だ。

 居間でテレビをつけた時も、本を読んでいる時も、外をぼんやり眺めた時も考えた。

 隣にいた宗介は、どこにいってしまったのだ。

 別れというものは呆気なく、寂しいものなのだな。

 宗介に彼女が出来たら、すぐあの家を出ていこうという決心もしていたのに——ん、彼女?

「ああそっか! 女です!」

 突然叫んだ鞠乃に、居間にいた四人は一斉に振り返った。

「まあ確かに鞠乃は女だけど」

 悠が言った。

「なんだ、そうだったんですね。宗介さんには彼女さんが出来たから、私が邪魔になってしまったのです。それで、イデントだから何とやらと言って理由付けして、さも簡単に去ってしまったのです! それならそうと言ってくれれば、私も行く宛を自分で探したのですが。素直じゃありませんね」

 一人で勝手に喋り倒し、納得する鞠乃。

 そうか、そうか。だから私など眼中になくなったのか。嬉しいことだ。

 すると千紘が頭をかいて言った。

「いやあ、ばれてしまったな。言わないでくれと頼まれていたんだが」

 まいったとばかりに微笑むので、鞠乃は得意になった。

「今度、宗介さんに会ったら言っておきます。私には何でもお見通しです、と」

「ああ、言ってやれ」

 顔を見合わせて笑い声をあげる二人に、悠と叶也と世良は三人で額をつきあわせた。

「あれでいいの?」

「まあ満足そうだし、いいんじゃないかな」

「その方が幸せですよね」

 そういえば、と叶也が切り出す。

「悠君は大分、鞠乃さんと馴染んでいるようだが、先日の怒りはおさまったのか?」

 悠は顔をしかめた。少し悩んだあとに、破顔して優しい声になる。

「最初はあからさまに嫌そうに鞠乃と接してたけど、それでもあいつは全然めげないで丁寧に喋ってくれたんだ。実は叶也と喧嘩した夜にも黒川さんが部屋にきて色々鞠乃の事情を話してくれたし、もう諦めたよ。あと……」

 二人は小首をかしげて悠の言葉を待った。

 悠は気まずそうに首をすくめる。

「鞠乃がいた部屋のドアが壊れているの、知ってたのに、強く閉めて閉じ込めかけたことは後悔してる」

「そりゃ駄目だな」
「駄目ですね」