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Re: 私がヒーローになるまでの話 ( No.66 )
日時: 2017/01/15 15:18
名前: 薄葉あた丸 (ID: r5KTv1Fp)


 研究所の会議室で、百果は歯ぎしりしながら人差し指を机に何度も叩きつけていた。

 全く落ち着かない。

 もしも紺野鞠乃が死亡していたら、と考えると血の凍る思いがする。

 彼女が事故に遭ったのは数日前。

 あの日から音沙汰ないのは何事も無かったからだろうが、それは水面が上に事故を報告していないからという事もある。

 やはりこの目で確認しに行くべきか。

「二人とも、私ちょっと出てくるわ。言葉だけじゃ信用できないもの」

 白衣を脱いで、椅子にかけていたジャケットを羽織った。

 出口のドアに手をかけると、後ろから水面が呼び止める。

「紺野ですか。そんじゃ私も行きます」

「じゃあ私は黒川を」

 便乗してジュリアも白衣を脱ぎ始めた。


 言われてみれば、面倒な事は一つや二つ、済まさなければいけないものがある。

 第一に紺野鞠乃の安否確認。

 貴重な女型イデントの身に何か起きてはいけないので——と言っても、もう水面が盛大に何か起こしてしまったのだが——この地区にいるうちに見つけて保護する。

 研究するのは上の役割なのだそうだ。

 百果も女型イデントに興味がないと言えば嘘になるから、残念といえば残念だ。

 そして何故か、危険な能力を持つ、黒川千紘に怪しい挙動がないかを観察することも任されている。

 彼は少し力を加えただけで物体を破壊してしまう驚異の握力の持ち主で、悪用すれば楽々と人間一人を粉々にしてしまうと考えられる。

 非常に穏やかな物腰の男性だから、そんな事に力を使うとは到底思えないが。

 他にもする事があるのに、何が悲しくて人間観察なぞ続けているのか。

 幸い今のところ黒川は平和に生きているようだ。

「じゃあ水面は私と一緒に紺野を探しに行きましょう。黒川はジュリアに任せたわ」

 ジュリアは親指を立てて見せる。唇の端だけにっと吊り上げて微笑んだ。

 謎の安心感が湧いてきたので、今度こそ身を翻して外に出る。

「さむッ!」

 すぐさま戸を閉めた。

 出口から直接、真冬の世界に繋がっていることを忘れていた。

 昼だというのに太陽が仕事をしていない。ちらほら雪が舞っていたではないか。

「百果さん早いですね。おかえりなさ〜い」

「ふざけんじゃないわよ。付いてきなさい」

 いかにも馬鹿にしたように手を振った水面のその手を掴んで、外に引きずり出した。

 しっかりと扉が閉じたのを確認して、ジュリアは呟く。

「さて、天原を探しに行くか」