コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: たそがれ繚乱 ( No.1 )
- 日時: 2016/12/25 19:48
- 名前: 薄葉あた丸 (ID: V9u1HFiP)
【短夜 〜過ちか運命か〜】
ここは百華皇国の中心都市、ハクルの、さらに中心部、沢山の人々が行き交う繁盛した市場である。
今日もやる気に溢れた商人達が奮って出店を広げていた。
右を見れば、大いに食欲を掻き立てられる香ばしい匂いや、鼻の中へ迷い込んでくる甘い香りが漂い、左を見れば、煌びやかな衣装や可愛らしい雑貨がぎゅうぎゅう詰めに並んでいる。
全く、いつ来ても飽きない素晴らしい市場だ。
私は今にも走り出しそうな衝動を押さえ込み、着ている袴が美しく見えるよう、背筋をぴんと伸ばして少し胸を張りながら、それでも足早に進んだ。
ハクルでの一般的な衣装は袴という地域が多く、特に女性はあらゆる美しい着物と組み合わせて町を出歩く。
都心であるここには、流行りの最先端を行く「ふぁっしょん」がよく流れ込んできた。
ちなみに「ふぁっしょん」は、つい最近覚えた言葉だから使い方が合っているかどうかは分からない。
雅な髪飾りを身に付ける者、真っ赤な口紅で顔面を飾り立てる者。
華やいだ幸せそうな笑顔で満ちているこの場所で、私は何よりも輝いていると、そう実感している。
白地の着物に散りばめられた大小様々な朱色の梅の花の模様が、私に良く似合っていると思わない?
「ふふん〜」と鼻歌を歌いながら、両脇に屋台がずらりと並ぶ開かれた一本道を優雅に歩いていると、すれ違う人々は皆、私のことを振り返り、宝石を眺めるようなうっとりとした瞳で見つめる。
中には「今日もお美しい……」と思わず感嘆する者もいた。
このようなことは日常茶飯事であり、これが私にとってのこの上ない幸福である。
賞賛されるのは気持ちが良い。何度褒め讃えられても嫌にならない。
私は自他ともに認める完璧な美人。宝石の様に、いや、それ以上に価値のある美貌の持ち主よ。
今日この日に、私をお目にかかれたこと、光栄に思いなさい!
誰かに崇められてこそ、私の一日が始まるのだ。
「そこの可愛いお嬢ちゃん! ちょっと見ていかないかい?」
ざわざわと騒がしい中で、可愛いお嬢ちゃんという素敵な単語をキャッチするのは容易い事だ。
私は呼びかけられた方向を、誰もが昇天してしまうような麗しい満面の笑みで振り向く。
「何かしら」
すると、そこには信じられない光景があった。
雑貨店の主人は私の事を完全に無視し、幼い少女と楽しげに話している。
無視どころか気付いてすらいない様子だ。
驚きのあまり言葉が出てこず、金魚のようにパクパクと口を開いたり閉じたりを繰り返すことしかできなくなった。
……この私を無視ですって!
半径十メートルを輝くオーラで包み込むこの私の存在が視野に入らないですって!!
腹の底からどす黒い何かが沸き上がってくるのを感じた。
表情がぎらつかない様に万全の注意を払いながら、私は咳払いをして何事もなかったことを装う。
そうこうしている間にも、耳には快い呟きが絶え間なく入り込んでくる。
何も声をひそめなくても、存分に見惚れていいのに。
「これかわいいね!」
「付けてみるかい?——おお、おお、よく似合っているよ」
二人の会話が嫌でも聞き捨てることができなかったので、私は女の子の隣で商品を選ぶフリをし、耳を傾ける。
こんなに近くに来てあげても話しかけてくれないなんて、珍しいこともあるものだ。
私は目を輝かせている女の子を一瞥する。
何よ、あんな餓鬼がお洒落して何になるっていうの。そんなの、ただの着せ替えのお人形じゃない。
ませた子供だこと。
表面上は平静を保ち、心の中で少女を罵った。
店主はあれやこれやと繊細に作りこまれたアクセサリーを少女に薦めているが、彼女はどうやら全てに首を降っているらしい。
ませているだけではなくて、生意気なのね。
余計に腹が立ってくる。
雑貨屋に割り込んで全ての商品を買い占めたいと思ったが、私を瞳の隅に留めて歩いている観衆に迷惑が掛からないようにと拳を握って歯を食いしばる。
「これがいい!」
遂に女の子が、透き通った青いしずく型の石があしらわれたネックレスを手にとった。
ふん。まあ割といいセンスをしているじゃない。
実は私もそれが欲しいと思っていたので、こればかりは否定出来なかった。
「おかあさんに、にあうかなあ」