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- Re: たそがれ繚乱 ( No.11 )
- 日時: 2017/02/03 20:44
- 名前: 薄葉あた丸 (ID: r5KTv1Fp)
【花冷え〜笑う皇子〜】
月に叢雲、花に風。
良いことには邪魔が入りやすく、長続きしないという意味だ。月を隠す雲のように、花を散らす風のように。
そのような事は、とうの昔にこの身で感じている。
この命が、近いうちに果てるということは。
皇宮でいくら優雅で満ち足りた暮らしをしていたとしても、俺の中で命を喰い荒らす虫には敵わない。
だからこそ、俺はのんびりと生きてゆきたいのだ。
そう思いながら、縁側に腰掛けて茶をすすった。
ふと見上げると、どこまでも続く深い闇には、宝石をばら撒いたようなきらきらが——なんて想像するのはもう飽きてしまった。
ここは十分に空気が澄んでいるが、綺麗に星が見えるというわけでもない。
ましてや今日は曇りだ。月すら朧げに、弱々しく光を放つ。
全てが微妙な夜空のもと、ため息でもついてみれば少しは溜まった疲れを癒せるか。
「お若いのに、光河真皇子様はいつなる時も落ち着いていらっしゃいます」
俺の付きである爺が、恭しく言葉を述べた。
優美な品格をもちながらも頼り甲斐のある爺は、昔からの俺の側近だ。
言われてみれば、俺は爺よりもじじいらしかった。
のんびりした性格だという事は自覚しており、最近はよく爺を困らせているということも分かっている。
年が若いというが、俺はそんなに若いわけではない。
十五の時に我が身へと魔物が入り込んだ時から、身体が成長することをやめたのだ。
魔物の正体は未だ判明しないが、父上も母上も事を重大に捉えていない。
第三皇子である俺は、帝の後継をすることはないからであろう。
それならば、せっかく貴族に生まれたからには貴族らしく振舞うだけでもしてから、魔物にこの身を譲ろうと思っている。
生き急いでは空回りするだけだ。
このように平和に暮らすことが出来るのもまた、貴族の特権である。
というのもまあ、俺の考えだが、じじいっぽさが拭えないのは年のせいではなく幼い頃からだ。
実年齢は伏せておくとしよう。
だが、爺の年には追い付かない。
「もうじき果てると思うと、息をしていることすら阿呆のように感じてしまうからなあ」
冗談交じりに言ったのだが、途端に爺は青ざめた顔をし、俺を叱るように声を張った。
「軽々しくそのような言葉を口になさらないでください」
本気で心配してくれているのだろう。
焦る表情と震える唇が、それを物語っている。
「そんなに恐い顔をするな。冗談だ」
口の端を吊り上げて見せると、爺は呆れたようにため息をついた。
もう一度、空をあおいでから湯呑に口をつける。
ふと、ささやかな幸運に気付き、自然と笑みがこぼれた。
「おお、茶柱が立っているではないか。ほれ、爺」
淡い薄緑色の中で、小さな棒がゆらゆらとしていた。
俺は爺の顔の前に湯呑を差し出し、茶柱を確認させる。
それでも苦い顔をしているので、俺は仕方なく独り言にとどめた。
「何か《いいこと》があるとよいな」
ぷかぷか浮き沈みする茶柱が「きっとあるさ」と言っているような気がして、俺はまた口元がほころんだ。