コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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▼ 純情な微熱に溶かされて、|短編集| Thank you!
日時: 2016/03/07 12:02
名前: 御子柴 ◆InzVIXj7Ds (ID: 571MjxM5)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?mode=view&no=10304



      H e l l o

            H e l l o




 幾つ目なのだろうか、御子柴です。

 また一から短編をUPしていきます。
 極僅か加筆修正してある短編もございますので、また新たに楽しんで頂ければ幸いです。
 更新は物凄く不定期です。また居なくなるかも。

 甘い恋愛〜ギャグコメディ、ちょっとアブナイ系等を取り扱っています。

 コメント、お気に入り追加等執筆の励みになりますので、どうぞお気軽に。
 小説を執筆している方は、教えて下さればお邪魔させて頂きます。
 特に短編を書いていらっしゃる方は是非。

 また文字書きさんと仲良くなれれば、と。





—— Short × Story ——

 ■ >>001  発熱38℃
 ■ >>002-3 におい



—— Series × Story ——

 [ モテないおっさんと無愛想な女子高生 ]
 ■ >>004  出会い



—— Poem ——

 No title...



—— Theme & name ——

 No title...



—— Readers like ——

 村雨様



—— Favorite novel ——

 [短編集]
 甘美な果実〜微かな吐息〜 〔朔良様〕
 白銀の小鳥Form of the love 〔あんず様〕
 その身体に、甘い牙痕をつけて。 〔覇蘢様〕
 今夜は甘いデザート日和 〔妖狐様〕
 気まぐれ短編集〜ブレイクタイム〜 〔ゴマ猫様〕
 _ほしふるまち 〔村雨様〕
 星屑チョコレート 〔蒼様〕

 [長編]
 舞えし蝶は暗闇へ散る゜.:。+゜ 〔覇蘢様〕
 ▽ 鬼ガ人ヲ喰ラウ理由 ▽ 〔黒山羊様〕






        B Y E

             B Y E



Page:1 2



—— Short × Story —— ( No.1 )
日時: 2015/05/31 18:03
名前: 御子柴 ◆InzVIXj7Ds (ID: SnkfRJLh)





 ピピピピッ、と体温計が鳴る。その表示された数字を見て、溜め息を吐いた。

 久々に風邪を引いてしまった。熱っぽかったり怠かったり、なんていうのは高校に入学してからも何度かあったけれど、こんな本格的に熱が出て吐き気がしてというのは小中学生の時以来だと思う。
 初めは「すぐ治るわ、こんなもん」なんて軽い気持ちで二日ほど過ごしていたけれど、流石に熱が38度を超えたあたりからヤバイなって気にはなってた。今じゃ起き上がる事すら儘ならない。
 この部屋には薬も何も無いし、ご飯を作ろうにも食材が無いし、そもそも食欲が全く無い。ずっとポカリを飲んでいるだけ。けれど何も食べていない筈なのに、胃液は上がってくるからそれはそれは困ったもので。高校生で一人暮らしをしている私にとって、何とも言えない不安が込み上げてくる。そんな不安を誤魔化す様に、私は目を閉じた。


  ▽ ▲


 三日間吐きまくったところで、この部屋に彼がやって来た。同級生の彼とは高校で初めて会い、なんやかんやあって、恋人同士の関係となっている。
 約一週間ほど学校を欠席している私との連絡が付かない事を不審に思ったらしいその彼は、スーパーの袋を両手に持って私の部屋を訪ねてきた。この人、学校はどうしたのだろうか。時計を見ると現在午前10時過ぎ。がっつり授業中だ。多分心配してサボってきたのだろうけど、正直なところ素直に喜べない。
 何故かって、部屋の中は片付けていないからぐちゃぐちゃ。私自身も化粧をしていないどころかお風呂にも入っていないから酷いし、室内の空気はきっと吐瀉物臭が酷い。何より、もうすぐ野球の試合があるどうのこうのと言っていたから、そんな大切な時期に私の風邪がうつったらどうするのさ、と。心配そうに額の汗を拭いてくれる彼には悪いけれど、『なんで来るの、バカ』と熱でガンガンしている頭でそう思った。

「大丈夫か? 薬買ってきたから飲めよ。あー先になんか胃に入れねーとな」
「ありがと……も、だいじょうぶ、だから……後で飲むから、置いといて……」
「んなこと言って、お前絶対飲まないだろ」

 よくご存じで。

 流石恋人歴二年とちょっと。よく分かってらっしゃる彼は私の額に手を当てる。ひんやりしていて、少しかさついた手。野球部で沢山練習しているのだろう、マメが出来ている。それがひどく心地良かった。

「まだ大分あるな」
「……うつったらどうすんのさ、……ほら、もうすぐ試合があるんでしょ……? もしうつったら、どうするんですか、あほ……」
「アホはねぇだろ。んな心配してる暇あったら風邪菌と闘っとけアホ」
「…………あほ言うな……」

 彼のかさついた手が額から離れる。その瞬間寂しさが襲ってきて、涙が出た。なにこれ、風邪ってこんなにセンチメンタルになるもんだっけ? 彼に涙を見られたが、熱の所為と勘違いしたのか、大丈夫かと心配してきたので、私は訂正せずにそのまま涙を手で拭った。

「お粥とか食べられそうか?」
「む、り……かも」
「ゼリーはどうだ? パイン缶とかも買ってきたけど、他になんか食えそうなもんあるか?」
「……ううん……なにも食べたくない……」
「そらそうだろうけどよ、胃になんか入れねぇと薬飲めねえだろ」

 うん、分かってる。彼の言う通りだって事は分ってる。薬飲まなきゃいけない事も、薬を飲むには何か食べなきゃいけない事も分かってるんですよ。でも、身体が言うこと聞かないっていうか、拒否してるっていうか。あとパイン缶のチョイス。

「……なんか、摂食障害にでもなった気分」
「はぁ? 何言ってんだよお前。頭までおかしくなったか? あぁ、元からか」
「うるさい……、それはあんたでしょ……」
「ま、軽口叩けるくらいには元気ってことだろ。取り敢えずポカリ飲め。それからパイン食え」
「…………ごめんなさい」

 「ごめんね、こんな大切な時期にこんな事になって。迷惑掛けてごめんね」

 そんなことを呟いてしまったからにはもう止まらない。次々と“ごめんね”の言葉が溢れる。いつも生意気な口利いてごめんねだとか、うるさくてごめんねだとか。拭ったばかりの涙がまた流れ出し、頬を伝う。熱の所為だ。
 そんな私を見た彼は、少し驚いた顔をしてから柔らかく笑った。そして私の髪をガシガシと乱暴に撫でる。

「なーに言ってんだお前は。風邪ん時くらい頼れよ。学校でお前の顔見れなかったし、お前のそのうるさーい声が聞けなかったの、ちょっと寂しかったんだからな」
「……うつしちゃいけない、って思って」
「いいじゃねーかよ、うつせうつせ。彼女の看病して自分が風邪引くってなんか良くね?」
「……ちっとも良くないよ、ばか」

 もういいから、あまり近づかないで。それに頭、お風呂に入ってないんだから触らないでよ、もう。
 「ほら、人にうつしたら早く治るって言わね?」そう言って笑う彼は、次の瞬間とんでもない行動に出た。

「キスしたらうつるか?」

 その言葉と共に、私のかさかさな唇に自分の唇を押し付けやがった。風邪っぴきの、風邪菌の通気口であるその口に。

「……やっぱこいつ、ばかだ……、ばかです、こいつ……」
「反復すんな。つーかこれくらいでうつんねーって」

 それに、と彼は笑って続ける。

「お前の風邪なら悪くねぇ」




■ 発熱38℃






————————

サブタイトル『〜伝染るんです。〜』




—— Short × Story —— ( No.2 )
日時: 2015/06/02 14:18
名前: 御子柴 ◆InzVIXj7Ds (ID: SnkfRJLh)





 私の愛する人は、ハチミツと珈琲の匂いがする。


 授業が終わり放課後のこと。私は帰らず、教室で“ある連絡”を待っていた。他に教室に残っていた数人の友達と他愛も無い話をしていると、ポケットからバイブ音がした。私は「ちょっとごめん」とその場から廊下へ行き、電話に出た。
 それは、望んでいない連絡だった。

『ごめんね、急に会議が入っちゃって……。だから、その、今日は……』
「あー、うん、……そっかぁ」

 電話口から聞こえたその言葉は、今日のデートを取り消すものだった。

 電話口の相手は年上の社会人の彼氏。一週間ほど前にデートに行くという約束をしていたのだ。
 今日という日を何日も前から楽しみにしていた私は、正直、一瞬泣きそうになった。けれどそんなワガママを、電話の向こうで申し訳なさそうに謝る彼に直接言えるわけもなく。
 私はひどく寒く感じる学校の廊下で、彼に気付かれないよう小さく深呼吸をした。

「しょうがないよ、お仕事だもんね!」
『本当にごめんね、埋め合わせは必ずするから』
「ありがとう! あんま無理しないでね! ほら年なんだから!」
『俺、まだ大丈夫だよ……』

 私のつんけんな態度と意地悪な言葉に、少しだけむくれて「やっぱり怒ってるんだ」と拗ねる彼。そんな彼が愛おしい。
 ああ、せめて電話が匂いだけでも届けてくれれば良いのに。あの、甘くて苦い、この人の香りを。

『じゃあ……、本当にごめんね』
「気にしなーいの! 友達と遊ぶよ。女子高生なんて誰かしら暇だしね」
『……分かってるとは思うけど』
「はーい、あまり遅くまで遊んじゃダメ、でしょ? 耳にタコだよ、おじーさん」

 私がそう、少しふざけた声で言ったその言葉の後に、ちょっとだけ揺れるノイズの音。ふ、と息を吐くように笑うのがこの人のクセ。彼がその笑い方をする時は、いつも甘い顔で私を甘やかす時だ。いつもの、こっちが恥ずかしくなるくらいに緩んだ顔の彼が私の脳裏を過ぎった。

 ……うぅ、会いたいなぁ。

『じゃあ、またね』
「うん、お仕事がんばってね!」

 ぷつん、と途切れた彼との繋がり。

 1分18秒。
 携帯電話の液晶画面には、短時間で私をこんなに暗い気持ちにさせた会話の、その短さを物語る文字が浮き上がっている。短いようで、長く感じた時間。
 暫くそのまま画面を見詰めていたけれど、その光がふわりと消えた瞬間、真っ暗になった画面を見た瞬間、待ち構えていた寂しさと悲しさが襲って来た。
 私は教室に居る、大きな声で笑い合いながら話している友達の背中へとダイブする為走り出した。

「えーちゃん! あそぼー!!」
「あれ? ななみこの後デートじゃなかった? また仕事って?」
「……うん。会議だってさ! なーんで大人って急に『会議しよう』とかなるんだろう」
「まぁ、仕事だからねえ」
「分かってるよー! 分かってるけどぉー!」

 頭では分かってるし、納得してる。仕方がない、って諦めとかそういうのではなく、恋人としてそう思ってる。だけど、だけど。

「あー会いたいなぁーー」
「頭では理解してるけど、体がおっつかないって、なんかそれ授業でバレーやった時も言ってたね」
「仕方ないじゃん! 不器用なの!」
「不器用な人間が年上の社会人と付き合おうとするから痛い目見るのよ、ばーか」
「えーちゃんのバカ! フラれて彼氏いないからって僻(ひが)んじゃって!」
「なにをー!!」

 そう言いながらも彼女はカバンを肩に掛け、私に「で、どこ行く?」と訊いてくれる。

「キャーえーちゃん大好きー! カラオケ行こ!」
「カラオケぇ? 好きだねアンタ歌うの」
「良いじゃん、ダメ? えーちゃんってカラオケ嫌い?」
「カラオケは嫌いじゃないけど、カラオケボックスのニオイが嫌い」
「あー、確かにタバコ臭いもんね」

 そこまで言って、私は気付く。ああ、そう言えば私はタバコのニオイが大嫌いだったなぁ、て。だけど、あの人の、少し甘いハチミツの香りがするタバコのそれは嫌いじゃないなぁ、て。よくよく考えてみれば、タバコと珈琲の匂いなんて“おじさん”の代名詞なのに。全然不快じゃないのはなんでなんだろう。

「……あー、ほんと寂しくなってきた」
「じゃあさっさと行こう」






( 続 ) >>003

—— Short × Story —— ( No.3 )
日時: 2015/06/01 21:30
名前: 御子柴 ◆InzVIXj7Ds (ID: SnkfRJLh)





 >>002




 そうして行ったカラオケボックスはやっぱりタバコ臭かった。

 私とえーちゃんは、暫くは歌も歌わずドアを開けっ放しにしてタバコ臭さを少しでも無くそうと、持ってた教科書で空気の入れ替えをしていた。途中通りすがりの店員さんにギョッとされたりしたけれど。
 私も沢山歌ったが、えーちゃんの完璧なまでの失恋ソングメドレーに、彼への溢れる愛しさを募らせている内に、遂に私は耐えられなくなった。

「あーダメだ! ちょっと行って来ます!」
「えっどこに」
「彼んとこ!」
「でも仕事なんでしょ?」
「もう帰ってるんじゃないかな!」

 見下ろした腕時計は午後7時前を指している。それに丁度フリータイムも終わる頃。

「ちょっと行ってごはん作って『ありがとうななみ、大好きだよ、ハート』ってなってイチャついてくる!」
「アンタの妄想ってバカな上に欲望に忠実過ぎて怖いのよね。よくこんなんと付き合えてるわ、社会人」

 そう言って呆れるえーちゃんと店の前で別れ、私は通い慣れた道を小走りで進む。彼の家は私の家よりも学校に近いので、十数分で見慣れた高層マンションへと到着した。
 渡してもらっているカギを使ってオートロックのロビーを抜け、五階まで上る。そして、行き着いた彼の部屋の前でドアにパスワードを打ち込んでいたら、ご近所さんらしきおばさまに微妙な顔で見られてしまった。

 ……まぁ、イイ年した未婚男性の部屋に制服姿の女の子が合い鍵使って入ろうとしてたら変に思うよね。

 それにへら、と笑い返してから私は彼の部屋へ入る。見慣れたシンプルな部屋の中にはうっすらとハチミツの匂いがして、どこかくすぐったい気持ちになった。カギを貰ってる訳だから部屋には勝手に入って良いって言われてるし、ここに来るのももう何十回目。勝手知ったる、なんて言わんばかりにソファに広げられたままだったシャツとネクタイをクローゼットに仕舞って、「失礼します」と手を合わせてから冷蔵庫を物色して夜ごはんのチャーハンを作った。

 見上げた時計は8時半過ぎを指しているから、彼もそろそろ帰ってくるだろう。
 因みに、私が悠々とこんな時間まで外出していられるのは既にお母さんに連絡したからで、更に言えば随分前に彼が家に挨拶に来たからである。がっちがちに緊張してギリギリまでタバコを吸いまくっていた様は、いつ思い出しても笑えてしまう。

 そうこうしている内に時計は9時を指し、更に暫くすると、大型のテレビを眺めていた私の耳に流れ込む、ドアの開く音。がちゃん、という音に嬉しくなった私は彼を迎えに玄関へと走り出す。

「おかえりなさっ……うっわぁ」

 迎え入れた愛しい恋人を見た瞬間、あろうことか思わず顔が引き攣り、声が漏れた。
 だって、あまりにも彼が草臥(くたび)れていたから。

「…………え、ななみ?」
「あー、ごめんね。ごはんだけ作るつもりで来たんだけど」
「……まさか、俺が帰るまでずっと待ってたの?」
「ううん。さっき来たとこだよ。それまでは遊んでたし。……大丈夫?」

 ふらふらしながら靴を脱ぐ姿に思わずそう問い掛ければ、「ん、まぁ……」とあまり大丈夫ではなさそうな返事が返ってくる。本当に大丈夫なのだろうか。どことなく目が窪んでるように見える。それに若干窶(やつ)れてないか。

「会議が長引いて……ごめんね、こんな遅くまで。親御さんには」
「あ、うん、大丈夫。ちゃんと連絡したし。うん、まぁでも、もう帰るよ」

 流石にこの状態のこの人をどうこう出来るほど私はバカでも勇者でもない。「ごはん食べて早く寝てね」とそう言ってから、彼と入れ違いに玄関へと足を進めた。

「送るよ」
「えっ、いーよいーよ、疲れてるでしょ? 家まで明るい道通って帰るし」
「そういうわけには——」
「……うん?」

 突然言葉を止めた彼を不審に思い、私はくるりと振り返る。そこには、何か考え込むように口元に手を当てる彼の姿。稀に見るほど難しい顔付きをしたその人は、その眉間に皺を寄せたまま呟いた。

「……今日、誰と会ってた?」
「へ? 誰って、べつに——」
「このタバコ、俺は吸わない」

 とん、と私が背にしていたドアに手を突き、目の前の彼は見たことないほどに目をギラつかせる。

 え、なに? なに怒ってんの? タバコ?

 ぐるぐると廻る頭の中でそこまで考えて、私はやっと合点した。

 あっなるほど、タバコ!

 彼は多分この、カラオケボックスで染み付いてしまった僅かなタバコのニオイを、私が誰か違う喫煙者と会っていたのだと勘違いしているのだろう。それなら話は早い。誤解は解けば良いのだ。

「あのね、違くて」

 だけど。
 誤解を解くために口を開きかけた私より、彼の行動の方が早かった。

「チェリー、か……中々渋いモノを吸うようだね」

 私の頭に口付けるように頬を寄せた彼が、すん、と空気を吸い込む。突然の接近に頬が熱くなるのを感じながら見上げた先には、普段の優しい姿とは似ても似つかないほどに荒々しい雰囲気を携えたその人。
 少し怖いけれど、でも。

「俺以外に、誰かと会ってるの?」

 そう言って私の首に唇を押し付けてくるその人からは、珈琲の香りがして。

「…………じゃあ、確かめてみる?」

 甘いハチミツだけじゃないこの人を見てみたくって。私は、ゆっくりと目を閉じた。




■ におい






————————

焼き立てのパンの香りが好きです。




—— Series × Story —— ( No.4 )
日時: 2015/06/02 18:44
名前: 御子柴 ◆InzVIXj7Ds (ID: SnkfRJLh)





 木造二階建てで築三十年のボロアパート。ちなみにワンルーム。仕事が終わって部屋のボロいドアを開けたのは深夜1時過ぎだった。ただいまに返事をしてくれたのはナイスバディな彼女……ではなく、独り暮らしにぴったりの小さな冷蔵庫のブーンという機械音。
 汗臭いTシャツを脱いで洗濯機の中に投げ入れてから、可愛らしい小さい冷蔵庫の取っ手を握った。冷蔵庫を開けたことで暗闇の中にぼんやりと明るい空間が生まれる。嫌な臭いが鼻につくも、頭を冷蔵庫の中へと近付けた。
 無い。ビールは勿論、キャベツの切れ端すら無い。瓶詰めの鮭フレークしか見当たらない。米が無いからこれは使えない。舌打ちをして、床に転がっていたおそらく洗濯済みのシャツを着て、ズボンのポケットの中に手を突っ込んだ。いち、にい、………。五百円玉と百円玉数枚の感触を確かめて、再びボロいドアを開けた。

 全く、世の中は便利になったもんだ。24時間営業のコンビニがそこらじゅうにあるんだから。しかも歩いて行ける。ポケットの中の小銭を弄びながら電灯に照らされた道を歩いていた。
 徒歩5分のコンビニまであと少しに。コンビニの駐車場には車が二台。……と、じょ、女子高生じゃねーか。コンビニの入り口の近くの——雑誌売り場のガラスの壁を背凭(せもた)れにして、群青色のブレザーを着た女子高生が立っていた。スクールバッグを地面に置き、暗めの赤色のリボンをだらしなく着け、手に持ったおにぎりを頬張っていた。俯き加減で顔はよく見えない。
 ジロジロ見ていては通報されかねないので、横目でチラリと見てすぐに店内入った。あの制服は確か、ここからすぐ近くにある高校のやつだ。超進学校とまではいかないが、悪い噂は聞かず、この辺りでは頭の良い部類に入る高校だ。そんな学校の生徒がこんな夜中に何してんだ。パッと見た感じ“ギャル”ぽっくなく、髪も染めてない黒色長髪のごく普通の子。

 ………いいや、ああいう真面目な子ほど裏で何かやってるもんだ。変なおっさんと待ち合わせでもしてるんじゃねーのか? まぁ、関わらないのが一番だ。事件に巻き込まれちゃ困るからな。

 ビール缶と売れ残っていた弁当を手に取ってレジに置いた。

「568円です。温めますか?」
「あー……お願いします」

 ポケットの中の小銭を掴んで取り出し、釣り銭トレーに置いたソレを見て驚いた。400円しかなかった。
 レンジに弁当を入れて戻ってきたにーちゃんが不審そうに俺を見る。

「ちょっと待ってくれ」

 五百円玉を取り出すのを忘れたんだ。もう一度ポケットに手を入れて中を探るが、それらしきモノが無い。
 にーちゃんは温め終わった弁当を袋に入れ、そこにビールを入れていた。

 おいバカ。ビール買うのやめるって言い難いじゃねーか。しかしどうして五百円玉が無いんだ! あの感触は確かに五百円玉だったぞッ!

「………600円ですね。お釣りです」

 あたふたしていた俺に、にーちゃんが32円を差し出した。

「お、おう……」

 日々頑張っている俺へのサービスか? と思ったが、そんな事はなかった。足りない200円をにーちゃんに差し出す小さな手。ポケットに受け取った小銭を入れながら、視界の隅に映った手の存在を思い出した。
 ハッとして横を向くと、一人の客が店を出ていき、自動ドアが閉じたところだった。俺は袋を掴んで慌ててその後ろを追いかける。

「おい、嬢ちゃんッ」

 少女の手首を捕まえた。店内に入ってくる前に見た、店の前でおにぎりを食っていた女子高生だった。
 彼女は驚くことなく黒目がちな目を俺に向ける。

「おっさん、お金持ってなさそうに見えたから……」

 それだけ言って手を振り払おうとしたので、俺は慌てて手首を握り直した。

「待てよ。ホラ、200円、返さなきゃなんねーだろ? 家近くなのか?」
「いいよ200円ぐらい」
「女子高生に奢ってもらうとか、俺のメンツ丸潰れなんだよ!」
「おっさんのメンツとか、私に関係ない」

 冷たい目をした彼女は、言い返そうとする俺を置いて暗闇に消えようとしていた。電灯の無い暗い道を歩く彼女の背中を目で追っていると、鼻の頭に水滴が落ちた。
 そう言えば雨の匂いがしていたっけな。本降りになりそうで、どうしたものかと思っていると、赤色の折り畳み傘をさした彼女が戻ってきた。彼女は腕を伸ばして俺を傘の下に入れながら言った。

「おっさん、傘持ってなさそうに見えたから……」
「……親切なのか失礼なのかわかんねぇヤツだな」
「美少女なのは確かだけどね」
「自分で言うな。……で、送ってやるよ。家は?」
「……………公園」
「なんだ家出か? 若いねぇ、青春だねぇ」
「黙れよクソジジィ」
「警察に突き出すぞ」
「いいよ。『このおっさんに誘拐されました』って言うから」
「チッ、これだから今の若いヤツは。俺が叩き直してやる! 来い」
「えっ、おっさんの家行っていいの? ラッキー」

 とまぁ、そんなこんなで、俺は赤の他人の、しかも女子高生を自分の家に上げた。言っておくが、俺は逮捕されるようなことは断じてしていない。誓って“いかがわしいコト”はしていない。

 取り敢えず、これがアイツと俺との出会いとかいうやつだ。




■ 出会い






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『モテないおっさんと無愛想な女子高生』シリーズ 1





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