コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

傷つくことが条件の恋のお話
日時: 2016/04/09 15:38
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

どうも。皐月凛雅です。
今回は、高校生に登場してもらいます。
深い傷を負ったEIGHTEEN女子高生と、
いたって普通だけども普通じゃない男子高生と、
人気モノの男子高生がメインの高校生活のお話。
頑張りますから、小学校の授業参観に来た父兄のような、
温かい目で見守ってくだされば。

ー登場人物ー
・北川 優
 佐久間高等学校3年B組。社会の女王様のあだ名で、落ち着いた雅やかなお姉さま。男女関わらずに人気は高いようだ。テニス部のエースで図書委員会委員長。
・能澤 崇
 別に特徴のない優の同級生。彼はC組でいたって普通。剣道と空手なら誰にも負けないし、水泳とテニスとサッカーだったらできる方。でも面倒臭いから帰宅部。
・朝瀬 翔也
 『めっちゃイケメンで、むちゃくちゃイケボですんごく頼りになる』優のクラスメイト。家も結構な金持ちのお坊ちゃまで、文武両道の憧れの的高校生。


 ≪優 side≫
今から4年前の夏、私は大切なものを失った。
原因は私にあった。どう考えてもそう。
それなのに、それなのに彼の親は私のことを責めなかった。
蔑みもしなかった。私にあたることもしなかった。
ただ、泣きながら一言、
「ありがとう」
そう言った。
私にはそんな言葉をもらう権利などない。
私は貴方の息子の命を奪ったのに。
なんでそんなことを言えるのか、貴方の神経がわかりません。
その時以来、葬式にも出なかったから彼の親に会うことはなかった。
そして、私は心から誓った。
『私は、絶対恋に落ちるようなことをしない』
そうして彼との思い出を、心の奥に封印した。
自分の、心からの笑顔も。

4時限目、あんまり面白くない音楽科が終わり、音楽室から教室に帰る途中、
「ゆ〜〜う!!」
後ろから誰かがばんっと背中を押してきた。
ひょっこりと顔を出すのは私の唯一無二の親友、斉藤沙穂。
「沙穂。今筆箱でぶつかったでしょ。めっちゃ痛かったよそれ。」
そういって彼女を睨めば悪気なんてそっちのけで、すまんね、とだけ言った。
「それより聞いた?朝瀬って、A組の永井紗菜振ったんだってよ。」
「まあ、当然じゃない?永井紗菜ってあの派手なギャルでしょ。あんなのと付き合って長続きした方がおかしい。」
思ったことを、包み隠さずに率直に述べる。この口調が気に入らない沙穂は、その毒舌何とかしなよ、優、と苦笑してから続ける。
「まあ、永井さんって結構面倒臭そうだから付き合ってくれるまで朝瀬に付きまとって、朝瀬が諦めてやっと付き合えたってことじゃないの?」
「・・・、そんなに面倒なの?そのこ。なんか朝瀬に同情できそう。」
そんなに付き纏われていたのなら、あんまり話したことのない朝瀬でも、素直に可哀相だと思える。
「永井紗菜って、女王様気分でいる出しゃばりとか、女子力が半端ない人ってゆうような見た目だったけど、男子にはどう見えているのかな。」
素直に疑問を口に出してみると、じゃあ、と言って沙穂が上を指差した。
「今の疑問、莫迦男子に聞いてみる?誠と拓真、今日は屋上でお昼食べるらしいから。」
「ああ、そうね。聞いてみようか。」
そう答えると彼女は、優のお弁当持ってくるから先行ってて、とだけ言い残して教室へと入っていった。
沙穂と広瀬誠、山崎拓真、それに私は、中学時代の仲間で、4人一緒にこの高校を受験し、合格した。
いつでも一緒だった。今でも放課後になれば4人で新宿行ったり、誰かの家に泊まったりしてるくらいだ。
「誠、拓真。」
屋上まで行き、手すりに寄り掛かっている2人に呼びかける。
2人とも私を認識すると、ふっと笑って手招きしてくれる。
「なんだ、沙穂はどうした。」
誠が笑いながら、話しかけてくる。
「お弁当取りに行ってる。もうすぐ来るよ。」
「あいつはパシリかよ。」
「そうね。自主的にパシリやってくれて助かる。沙穂っていいね。」
「うわっ、出たよ。優の腹黒思考。女っていつみてもおっかねえ生き物だよ。マジで俺そう思う。」
「お前、ほんと擦れたぜ。もう少し大人しくしてればもうちょっとは可愛げあるんじゃねえか?」
拓真の言葉に少しカチンと来て言い返そうとしたタイミングで後方から声がかかった。
「あんただって人のこと言えないでしょ。このぐれ男。」
「うっせーよ。沙穂は黙ってろ、口デカ女。」
「それ、乙女な女子高生にいう言葉?もうちょっとは考えなさいよ、莫迦不良!」
「誰が不良だっての、俺より脳味噌ないくせに。」
これ以上やりあうと白熱しそうなので、そっと私は誠に目くばせする。
「こらこら、ご夫婦様。痴話喧嘩はどっか違うとこでやってください。こちらとしてもこんなに仲睦まじい様子を見ていると少々焼けるので・・・、」
にこにこしながらお世辞を投げかける誠。
「誰が夫婦だっての!!!」
2人一緒になって誠に怒鳴る拓真と沙穂。
拓真と沙穂は幼馴染で、小さいころから一緒にいるのだ。この二人の痴話喧嘩は、言ってしまえば恒例行事なのである。
「で。どうして男同士の貴重な時間を邪魔しにやってきたの?」
夫婦と言われたことでまだ拗ねている拓真が聞いてくる。
優がおにぎりを口に入れてまだもぐもぐしているところを見て、代わりに沙穂が説明してくれる。
「A組にさ、永井紗菜っているじゃん。男ってああいうタイプ、どういう目で見てるのかなあって、疑問ができたから聞きに来たのよ。」
「別にあんま気になんないけど。美人なんだろうなあとは思うけど、やっぱ遠目に見てて、気に障るような奴だとは思う。」
あんまり感情が入っていないこの声は拓真の声。
「気が強いのはわかるけど、自分の意見がしっかりしてるだけなのかもよ。自分に自信があるみたいだし。まあ、男はエロいからね。漫画なんかに出てきそうな美少女だから、付き合いたいと思う男子は多いよ。」
この、客観的な発言は誠のもの。
「美少女ならこんなに近くにいるのに、よくそんなこと言えるねえ。ま・こ・と?」
沙穂の口調には、はっきりと揶揄の響きがある。
「沙穂・・・、私のこと莫迦にしてる訳?凄くムカつく。」
実際に自分が美人だとか、綺麗だとか思わない。みんなが興奮して称賛するような要素は一つも持ち合わせていない。
「優は確かに美少女だけど、中身がめっちゃ黒いから・・・グハッ!」
間髪入れずに飛んだ私の〈怒りの回し蹴り〉のおかげで、誠は最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。
「あらぁ、お大事にね、誠。拓真も誠の対処よろしく。」
私がすたすたと屋上を後にしたせいで、沙穂が慌てて後を追ってくる。
次は、私が好きな和山先生の古文。早く戻って予習しよう。
そう心の中で唱えることで、静かに心の怒りを抑えた。

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13



Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.59 )
日時: 2016/07/27 17:49
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪誠 side≫
「北川は見つかった。そっちに連れてく。」
そんな電話がかかってきた時はもう、辺りは日が沈んで暗くなり始めていた。
ほどなくして、見知らぬ女性とともに能澤とその腕の中に抱きかかえられた優が病院に駆け込んできて、優はそのまま運ばれた。
「・・・、能澤。」
「広瀬、あれが逃げ出したもっと詳しい内容を教えろ。」
俺は思わず眉をひそめる。
——一体此奴は何処まで予想がついているんだ・・・?
能澤から電話がかかってきたとき、俺は優が逃げだす前に見聞きしたことしか話さなかった。
そこで話した内容で多少は不可解な点や足りない点はあるとしても、普通の人なら別にそこまで気にしないし、ましてやもっと詳しく、などと問い詰めるようなまねをするのか。
——まるで、全ての全体像が見えているみたいだ・・・。
まだ言っていない、こちらが頑張って隠している大切な情報を能澤は気付いているみたいで、その鋭い洞察力が逆に言っていいものか迷わせる。
「なに?俺はそんな深くまでいろいろ知らないよ?」
相手の出方を見ているか。
「嘘を吐くな。あれだけ状況が視えていたんだ、北川についてあれに口止めされてる何かがあるだろう。あいつが口止めするような、周りが心配する出来事を。」
・・・目の前の、鋭く誠実な瞳を持った精悍な奴はもうすべてを見抜いているようだ。
なら仕方がないか。
俺はため息をひとつ零して、能澤を見た。
「・・・、わぁった、言うよ。優はな、大学に上がっても高校ん時の奴らにまた虐めを受けてたよ。・・・、ほら、これが証拠だ。」
俺は、優が倒れているところを見つけた時に偶然視界に入ったワープロ文字でびっしり埋め尽くされたA4版の紙を能澤に見せた。
暴言や罵倒の言葉の羅列が紙を埋め尽くしている。
吐き気を覚えるほどの量だった。
単語一つ一つでも頭が痛いのに、だ。
最初に視界に映った時は愕然とした。
よくこんだけ罵倒する言葉をつらつらと並べ立てられるなと書いたやつを呪い殺したくなった。
本とよくやるよ、なんでこんなことに執着するんだろうか、マジでバカだよな、意味わかんねーわ。
俺は能無しだからそんなことしかわからなかったし考えることもしなかった。
ただ、俺はそう思い込みたかっただけらしく、口止めをされていながらも誰かほかの意見を求めて話せる人を探した。
そんな時に都合よく現れたよく喋る女子、松本。
下の名前は花音というらしく、変わった名前だなぁと思いながら話していれば、何だか頭が良かったりした面白い奴だ。
初めて会ったのは、俺が地下鉄で帰ろうと思った時におろおろするおばあさんに声をかけたのが始まりだった。
話を聞けば孫と離れたらしく、一緒に探し回れば案の定に松本がその迷子の孫をきちんと捕まえていたというなんとも奇妙な出合い方だった。
そんなこんなで、帰りが同じ時間帯の同じ電車に乗ると分かって少し相談に乗ってもらっていた。
優の事を話すと、松本は真剣に考えてくれていた。
いつもよく笑っていて、どこか天然さのある人だが、やるときは真剣にきちんとやる奴らしかった。
「やっぱり、お母さんもお父さんもいないなんて寂しいよね。弟さんがいたら、今までずっと面倒を見なくちゃって思って頑張ってたんだと思う。小さい時からそんなに頑張るなんて普通の人はしないよ。人一倍、その娘は大変な思いをしていたんじゃないかなぁ。」
そんなことを言っていたことがあった。
今思えば、この松本の言葉は優の今回の失踪の解決に直接関連付けられたものだということに俺はいまさらながら気付く。
「・・・・、広瀬、少しだけ仕事が出来た。」
今まで紙切れを食い入るように見つめ続けていた能澤が、急に声を上げた。驚いて見返せば、その漆黒の双眸の奥深くに、鋭く強い青い焔が煌めくのが見えた。
「はぁ?それ本気で言ってたならおまえ、ヤバいぜ?」
へらへらと笑いながら言ったが、おそらく能澤がやろうとしている“少しだけ仕事”は、あまり好ましくないものだ。
「んなことしたら大好きな嫁さんに嫌われるかもよ?」
「ぬかせ。」
そう言って能澤は身をひるがえして立ち去った。思わず口先からため息が零れる。
——優に嫌われてでも完遂したい仕事、って訳か・・・。
茶化してみても、それに合わせて答えるのはその口だけでその双眸は全く揺るがなかった。
・・・、彼の意志は、それだけ強かったってことだ。
俺は、足早に立ち去る能澤を眺めながら薄く笑みを刻んだ。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.60 )
日時: 2016/08/03 09:40
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪崇 side≫
一人病院に背を向けた俺は、暴れる怒りを内に秘めてある歓楽街へと足を運んだ。
ここは、夜に多く活動する阿呆どもの多い場所。普通だったら知る人も少なく立ち入ろうとも思わないだろう。
ただ、色とりどりの人々が集まるここは、格闘技の腕を上げるという点では絶好の実践場になっていた。
「おい、言っておいたあれ、今どこにいる。」
「へい、REDBARの路地裏にたむろってますぜぃ。」
ある一点に集まっている奴らに声をかける。
すれば、丸坊主の下品な笑いを浮かべた黒い革ジャンの男がシャリシャリ出てきた。
こいつは確か、俺が中一の時に掴みかかってきた奴だったか・・・。
俺は小5の頃から御忍びで来るようになり、もう全体の半分以上の悪どもは掌握した。どれも腕は確かだが莫迦揃いなために難なく潰しに掛かれたのだ。
「ご苦労だ。脇差を。」
「へいっす。」
横に控えていた奴から大脇差を受け取ると、獲物の居る地点へと向かう。
その場に訪れてみれば、5〜6人に学生がたむろっている。
わざとその輪の中に走り込み、波乱を起こした。
「あ?なんだこいつ?」
その中の一人が馬鹿でかい声を上げた。
「・・・、うるせぇよ屑ども。」
嘲笑を載せながらそう吐けば、案の定分かり易くつかみかかってくる影が複数人。
麻縄で柄と鞘を縛ってあるその脇差を振り上げ、斜めに振りおろし、その反動で後ろに飛んで複数を蹴り倒す。確かな衝撃を感じた後に、瞳を怒りに包んだ人が二人、むちゃくちゃに走り込んでくるのを難なくすり抜けてその無防備な背を蹴り倒した。
——・・・、こんな程度のゴミども、あいつが本気にさえなれば綺麗に潰せるのにな。
虫けらのように湧き上がってくる相手を時には蹴り飛ばし、時にはノックアウトさせながら、それはもう淡々と仕事を完遂に導かせた。
最後の一人、それの頭上に脇差を振り上げた。
何の色も表情も浮かばない、ただただ冷酷なまでの眼差しが獲物を捕らえる。
色の薄い唇が微笑を象り、言葉を低く紡ぐ。
「・・・、己の報いを、受けるがいい・・・!」
ひゅぅっ!
美しく振り下ろされたそれは首筋に叩き込まれ、その圧力の重みから相手はその場に膝から崩れ落ちた。
ズキッ、と胸の奥が痛んだ気がした。
でも知らないふりをする。
そんな毅然としたものなどもっていはしないのに。
知らないふりをするなど自分はしたくないのに。
でも俺はそうし続ける。
それが自分のスキルにつながり、自分により完璧な力を与えることを知っているから。
「・・・そこの女。」
愚鈍な男どもを全て片づけた後のその場には、震えあがる女しか残らなかった。
見たことがある、名ももちろん知っている。
だが、今のこいつらには名などいらない。ただの‘女’で十分だと思った。
ひどく怯え、まるで恐ろしい獣を見た小動物のように縮こまっている。
「安心しろ。女に対して腕を使いはしない。その代わりに、もう北川優に手を出すな。出すんであれば、次からは女だろうと容赦はしねぇ。一生分の入院生活を送ってやるよ。」
感情を入れずに単調を通す。
こんな奴らに感情を入れたものなど与える義務はない。
冷めた目で見降せば、こちらを捉えた涙の滲む双眸とかち合う。
「・・・、なんで崇はそこまで北川なんかに執着しているの?」
怯えに震える双眸と、縋ろうとするその華奢な手は数十分前まで見ていたものと似ているようで決定的に違っていた。
それを肯定するかのように、今の自分はこの姿に何とも感じられなかったし、守りたいとか助けてやりたい、そんなかけがえのない感情は少しも起こらない。
目の前にいるのは、顔が整い艶麗な雰囲気を纏った自分を一番に考える女。
俺がいつでも想っている奴は、顔が整い凛々しく優雅で美麗な雰囲気を纏った自分以外を第一に考え行動する女。
「北川なんか、か・・・。お前のような奴には到底理解は難しいだろうな。お前のような人間はな、何処にでもいるんだよ。こちらに気を引かせようと媚を売る奴、そんなものに俺は興味はない。でも優は違う。自分を持ち、いつでも毅然と前を向いて何事もきちんと真っ直ぐに人間の道を歩める。媚を売って邪道を行くようなお前とは全く違ったあいつの方が何万倍も魅力があるということだ。」
助けを乞う様に延ばされた腕を、俺は脇差の柄で打ち払う。
その女に俺は背を向け、そのままそこから足を遠ざけた。
もう二度と振り返ることはせずに。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.61 )
日時: 2016/08/01 17:57
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪優 side≫
もう、消えてしまえばいいと思った。
今までずっと迷惑を周りにかけ続けている私なんか、と。
お母さんが外国に行って、お父さんがずっと家には帰ってこなかった家族バラバラな状況は、自分のせいじゃないかと思った。
私が幸せを見つけると、必ず周りが不幸な目に遭ってしまう。
それは私の一番嫌なことだった。
自分はもうどうなってもいい、他人でも、他のみんなは悪くないのだから不幸になんてなって欲しくない。
我ながらおかしいと思う。
こんなに深く深く考えてしまうことなんて、普通の人はきっとしないんだろうなって、みんなの笑顔を見て思った。
でも私はみんなと同じ考えを持てないと分かった。
みんなが笑顔で幸福な、こんなこと出来る訳がない。
でもその考えが、私は頷けなかった。
どうしてかわからない、なぜなら理由などありはしないのだから。
頷けない、のではなく、頷かなかった。
これが私だ。
他の人が傷付いたところを見ると、また間違ったことしちゃったかな、なんて毎回のように考える愚かな自分。
そんななのに、分かっていても幸福を差し出された私はいつでも最終的には首を縦に振った。
分かっているのに行動しなかった。
その事実が自分の大きな枷である。
そしてその上に乗せられた問題。
人間関係がうまくいかない人間など、みんなを幸福にするどころか相手を傷つけることしかできない。
——それならいっそ、こんないらない命などさっさと捨てればいい。
自分でも忌み嫌い、周りの不幸を生む存在なのであればなおさらの決断だ。
こんなこと最初から分かっていた。
本来なら壮也とともに捨てればよかったのだ。
でもできなかったのはなぜだろう。
それは今でもわからない。
「・・・・、優!!」
すべてを投げ出そうとしていたのに、それを阻む声が聞こえた。
ずっと待ち焦がれていた低いバリトン声。
その声は私の心に直接響いてきた。
真摯で、真っ直ぐな力強い意志のある声。
自虐的な考えを、“下らない”と一掃するようなそんな気持ちがその声とともに届いた気がした。
あぁ、何だかわかったような気がする。
自分が本当に欲しかったものが。
——私は、誰かに自分のすべてを受けとめ、認めてくれる自虐的な考えを根から否定する言葉がほしかったんだ。
能澤君の直截的な気持ちが、私を素直にしてくれた。
彼に一言、言いたかったこと。
伝えられたかわからないけど、いま、貴方に。
——ごめんなさい。そして・・・、ありがとう。

目を覚ました時、辺りは薄暗かった。空気の流れから、ここは病室だと分かった。
そして、私のすぐ近くに何かあることも。
「・・・・・・・、!!」
頭を少し傾ければ、視界に入ったのは精悍な顔つきの青年。
——・・・、のっ、能澤君・・、ちっ、近い・・・。
薄暗く影くらいしか認識は難しかったが、最後に見た時よりも肉が削げ落ちたようなそんな印象を与える面差し。
前より少し細くなって精悍さが増したかもしれない。
恐る恐るその頬に自らの掌を添える。
相当疲れているのか、いつでも神経が鋭敏に研ぎ澄まされている彼に、目を覚ます気配は感じられない。
すぅ、となぜてみれば、少しかさついた感触がある。
「・・・、傷・・?」
目を凝らしてみれば、至る所に傷跡があるのに気付いた。
——なんでこんなに傷だらけになっているの・・・?
知らずのうちに眉根を寄せていた。
また自分のせいで彼はこんな傷を受けたのか。
たまらなく心配だった。
自分のせいで、というより、彼のこんな姿を見たことがないだけにどうしてしまったのか心配なのだ。
ひとまず能澤君から距離を置こうと上体を起こしかければ、もう一方の腕に何か引っかかりを覚える。
「・・・、え・・・?」
絡んでいるのは、能澤君の手で、そんなにきついわけではない。が、緩いわけでもなくそう簡単には外れない。
どうにかして解放してもらおうともがいていれば、途端に口を塞がれる。
「・・・、んっ・・、」
かぶりを振ってそれから逃れてみると、なぜか掴まれていなかった腕も拘束状態になっている。
「そっちからお礼でもくれるものかと待っていたが、冷たいものだな。」
耳朶に笑うように囁きかけられ、彼が自分の上に被さっていることに気付く。
「っ、ちょ、少し離れて!」
「なぜだ?」
「なぜって・・・、もうとにかく突き飛ばされる前にどいてください!」
「ふっ、相変わらずだな。」
口角を少し上げるように笑みを残して、彼は体をどけてくれる。
それに合わせて自分も少し起き上がろうとするが、寝たきりだったこの身体は全く力が入らない。
それを察した能澤君が少しだけ上体を起こしてくれる。
・・・、あの時、能澤君が私の手を引かなかったら私は死んでいた。
そして私はそれを望んでいた。この世から消えてしまうことを願ったのだ。
きちんと実行する直前まで行動に移せるだけの意志の強さはあったはずなのに、それはいとも簡単に壊れた。
自分で強いと思っていたはずの意志は、能澤君の本当の強さによって弱く脆いものだったことを実感させられたのだ。
彼の鍛え上げられた胸の中で、死の直前を見た私は恐怖に包まれていた。自分のしたことに対して恐れを感じた。
自分がどれだけ愚かなのかを教えてくれる声が私を救い上げてくれた。
自分がいなくなったって、救われない人間がいる。
死んだところで変わる人間などいはしない。
“簡単に死を選ぶんじゃない!!”
本当に私が求めていた言葉だった。
私は、自分の考えを否定してほしかったのだ。
——昔の壮也みたいに・・・。
その時、頭の中を電流が走ったように痺れ、激しい頭痛が私を襲った。
——・・・、なに?なんで・・・!
痛い、苦しい。
壮也を思おうとすると締め付けられる。
キリキリと私の頭を犯すようにして縛られる間隔。
この感覚は何度も経験した。
毎晩のように経験した痛みだ。
でも、壮也を考えていてこうなったことなんてなかったはずなのに。
なんで、どうして・・・!!
両手で頭を抱え込んでかぶりを振っていれば、自分の掌以外の手が優しく包み込む。
「・・・え・・・?」
すると波が海に戻っていくように痛みは薄れた。
「・・・、な、に・・・?」
「お前が検査を受けたとき、医者が言ってたんだよ。お前が逃げ出して傷だらけで帰ってきて、何があったかはともかく、自分をぎりぎりまでしばっていた状態にあったのが神経に何らかの後遺症を残して消え去った可能性もあるってな。その時の対処法を聞いてみたら、そいつを落ち着かせないとダメだっていうから。」
少し困ったような顔をしてこちらを覗いてくる。
余計なことしたか?と問いかけてくる困ったような瞳とかち合った。
その考えを否定するように微笑めば、彼もまたほっとしたように笑む。
その笑みは、昔浮かべていた本当の笑顔に限りなく近いものだった。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.62 )
日時: 2016/08/10 13:52
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪優・崇 side≫
病養病床の一室、真っ白な寝台に上体を上げている柔らかい微笑みを浮かべた淑女とその脇に壁にもたれるようにして立つ瞳を細めた青年がいた。
どちらの表情にも偽りのものはなかった。
病院に優が連れ戻されて約一週間経とうとするこの日、彼女には医師による退院の許可が下りていた。
退院の許可が下りた最大の原因は、崇が優の専門医に直談判をしたことが大きかった。
発作が起こった時、自分は必ず彼女を戻す事が出来るから何も身体に異常がないのであれば退院させて欲しいと直に話しに行ったのだ。
もちろんそんな大事な出来事を崇本人が優に言うはずもなく、彼女がこの話を知ったのは、退院しても良いと言ってくれた専門医の口からだ。
言われたその時を思い返し、優は上の空で言葉を紡いでいた。
「それにしても、やっぱあまり考えずに行動するよね・・・。」
「・・・、は?」
「や、だって、何の根拠が通っているのか分からないような言葉一つだけじゃ、どう頑張ったって説得なんて森よ。多分、言葉よりもあなたの行動が高く評価されたのね。」
「・・・、そう、か?」
「そうでしょ。あと、さっき凛が話に来た時に言ってたよ。“先輩は余裕がなくなっちゃうと大胆だね”って。」
言葉を聞いた彼は、一瞬困惑するがすぐに頭に血が上った。
——あいつ・・・、海岸で俺らの事全部盗み見していやがったな・・・。
おそらく凛は崇の精神的に余裕がなくなった時の言動を茶化しているのだろう。
——それなら、利用させてもらうまでだ。
薄く笑みを刻んだまま、無造作に黒髪を結んだ彼女を抱くように腕を回してその耳朶に口を近づけた。
「はっ・・・。別に余裕なかったわけじゃねぇよ。」
「なに・・・。」
「ただ好きな女をこの世に留めておきたかっただけだ、なあ優。」
「・・・」
「お前もこれからは俺の事名字で呼ぶんじゃねぇぞ。」
驚きから呆然としている優は、はっと我に返って余裕の笑みを見せる彼の屈強な身体を押しのける。
「・・・っんな戯言っ、聞いてないわよ!」
そんなことより、と慌てて話題を変えようとする彼女は、頬を少し紅潮させていた。
——・・・、急に名前で呼ぶなんて無茶よ・・・!
激しい葛藤をしながら外図らだけはきちんと取り繕う優に、崇はそっと相貌を細めた。
「もう大学も結構言ってないから、早く復学させてもらわないと追いつかなくなってしまっても困るわ。」
つんとそう切り出す優に、崇はゆったりと返す。
「・・・、ふっ、お前は少しは退院できることを素直に喜ばないのか。」
「嬉しいわ、とても。でもね、私が休んでしまったことで他に迷惑がかかってしまっていたら大変じゃない。それに・・・、」
そこまでいうと彼女は言葉を切り、少し俯いた。
その儚い憂い顔は、崇には言葉がなくてもその心情を雄弁に語っているように思えた。
「朝瀬に会うの、怖いか?」
聡明なまなざしで、崇は優に語りかける。彼女は、困ったように首をかしげるだけだった。
実を言えば、会うことを恐れているのかもしれない。
自分の我儘で彼と付き合うことになり、自分の我儘でこちらからつながりを断つことになってしまったのだ。
自分の身勝手に振り回してしまった彼に、どの顔を下げて会えばいいのかわからない。
「・・・、別にあいつはそんなこと気にしてない。反対にお前が謝るとそれで困るだろうな。だから、挨拶だけでもして来いよ。」
愛想のないいつものバリトン声で言われた言葉の中、優の頭に引っかかる単語があった。
「なんで、挨拶?会いに行かなくてはならないのは分かるけど。」
「ん?お前聞いてなかったのか、朝瀬が留学すること。」
——留学・・・、なんで外国へ・・・。
「その顔は知らされてなかったようだな。」
驚愕したように漆黒の瞳を見開く彼女を見、続いて崇は時計の置いてある引き出しの上を見やった。
「・・・、この時間なら間に合うか。おい、お前は着替えて持つ物だけ持って出てこい。」
そう言い置いて、彼は足早に病室から出て行った。
彼の意図があまりよくつかめなかった優は、何もわからなくてはすることも出来ないので仕方なく言葉に従うようにして部屋を出た。

「ねえ、何をするつもり?」
何も説明のない崇の行動についていけば、不安は募るばかりだった。
病院から出てみれば知らない車に乗れと言われ、されるがままにしていればどこだかわからない神社へと連れて行かれた。
「少しは黙ってられないのか。」
「どうなるのか分からないのに疑問がない人間がいたらぜひお目にかかりたいものだわ。」
眦を釣り上げて彼を見上げれば、偶然に彼のTシャツから覗く鎖骨あたりの生々しい傷跡が目に付いた。
「・・・、なに?この傷。」
あまり見つけて欲しくなかった厄介なものを目敏く見つけて険しい目つきになる優に、崇は内心舌打ちをする。
だが、優は優で病院に連れ戻された後に目が覚めたときには気付いていたのにどうして今の今まで問い詰めていなかったのか、今更ながらに後悔した。
その傷跡は、刃物で強くえぐられたように深く痛々しい。
「何があったの、どうしてこんな跡があるの?」
もっと問い詰めようと瞳の奥に怒りの炎をともして言い寄ると、他の方向から別の青年の声がした。
「それはね、君の事で頭が狂った能澤が脇差を自分を刺した跡だよ。」
何でもないといったような気楽な口調に、驚いてその方向を振り返る。
そこには、Tシャツにジーンズといったラフな格好で爽やかに笑う、記憶に違わない翔也がいた。
「この前俺の留学を能澤には知らせようと思って呼び出したらさ、まるで濡れた狼みたいに出てきて、手には小柄な刀で首から出血、全身傷だらけの格好でありえないものを見たような気分だったよ。あの時は・・・、」
その後に続いた言葉は聞こえなかった。いや、正確に言えば、翔也が苛立った崇に回し蹴りを食らって話しきれなかったのだが。
いってぇよ、なんていいながら苦笑する翔也を、これまでになく冷たい眼差しで見下ろす彼の表情から、これは優に隠していたかったことなんだと悟った。
案の定、
「・・・、お前・・・、余計なことをそのまわる口でよくも簡単に言ってくれるな。殺されたいか?」
視線と同様かそれ以下に冷え切った声音には、質問している様子も、ましてや冗談の雰囲気などは全くなかった。
「能澤君?あまり隠し事はしない方がいいわ。どうしたって誰かが見ているものだし、隠されていたなんて分かれば私は貴方を放っておきません。」
優の言葉も、崇を大きく上回る冷たさがある。微笑みを浮かべるものだから恐ろしいことこの上なかった。
「まあまあ。それより、優も元気でよかったよ。」
柔らかくそう言われ、優はハッとする。そしてすぐに顔が曇った。その横で無表情に彼女を見下ろす崇。
「・・・、留学、するんだよね・・・。」
「うん。俺さ、小さい頃からサッカーやってて。それで前々から考えてたんだけど、この前優から別れようって言われた時に行こうかなって思ったんだよね。だから今日、スペインに留学するんだ。」
「今日、なの・・・?」
「うん。まあ、その前に優を一目見たくて彼にお願いしたんだ。やっぱ、優が考え直すだけあるよ。俺じゃ優の横に立てないなって、やっぱ痛感した。能澤にならなんも考えなくても優を渡せる。今までありがとう。」
そう言って優しく明るく微笑む彼を見ていると、本当は自分は彼の横に並ぶなど恐れ多いことをしでかしたのではないかと思った。
——・・・、本当は、私の方があなたにふさわしい人間じゃなかった・・・!
そう思っても、口にしたところでそれは違うと必ず言われるに決まってる。
だから、最後くらい笑顔にしていたい。
「ええ。こちらこそ、よ。あなたのおかげで、全ての事にケリが付いた。凄く感謝してる。」
そう言って最高の笑顔を見せた。
それにほっとしたように翔也も微笑を浮かべたあと、じゃあね、と爽やかに笑いながら走り去っていった。
その背が見えなくなると、緊張していた私はその場に足から崩れた。寸でのところで崇に抱きとめられてなければその場に倒れているところだったことは確かだ。
その力強い腕の感触に、知らずのうちに涙腺が緩む。
「・・・ごめ・・・、んなさい・・・。すこし立ちくらみで・・・。」
「少し立ちくらみ、ではないことは確かだな。さっきまでのあの緊張しきった表情を見せられた後でその言い逃れは出来ない。」
不安げな双眸でこちらを窺がう崇。
いつも毅然としていて、揺れる感情はうつさないのに、こんな時に限ってこちらを締め付けるような色を宿す。
それが堪らなく愛しいと感じる。
それと同時に、すっかり内心を見透かしている彼に安堵を覚えた。
彼は洞察に長けている。優の内心を言わなくても理解するのは、時に厄介なもの極まりないが、自分自身の限界を超えてまでもやり通そうとする強情な性格を止められる唯一の存在だともいえる。
彼は、少しだけ悩んだ後、口火を切った。
「もう一か所、用のある場所があるからそれまで我慢しろ。」
言いながら完全に脱力している彼女の膝裏に腕を回して静かに抱き上げた崇の瞳には、小さな決意が宿っていた。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.63 )
日時: 2016/10/29 15:00
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪優 side≫
私は、何か落ち着かない面持ちで能澤君、いや、崇君を見つめていた。
彼の格好はいつ見てもラフで、でもどこかきちんとしたイメージを持つ。
「ねえ。」
「ん?」
「これさ、いつの間に免許取ったの?」
「・・・、ああ。大学進学してすぐにとった。一か月かかったけど。」
「そう・・・。私も一応とってあるけど、よく車買えたね。あなたバイトしてなかったじゃない。」
「850万とか言ってたな。」
さらりと告げられたその額に、私は内心ひどく狼狽した。
「はっ、850万って、何考えてるの・・・?」
——バイトもせずに買ったってことは、両親に買ってもらったのよね・・。一体何をやっているの・・・?
激しく葛藤する内心を見透かしたように、彼が右頬を上げた。
「別に親にねだったわけじゃない。」
「でもあなたは自分でお金を得ることはしていない。」
眼光鋭く崇君を一瞥すると、車内を見まわした。
普通より深いシートとそこらの車より大きいエンジン音は他の車とは格が違うことを物語っている。
返事を促すように彼を見やれば、またとんでもないことを言い出した。
「お前とセットで朝瀬からもらった。」
「・・・えっ?」
「GT-Rの3.8.'14年型だって。維持費が金かかるらしい。」
あんまり興味はないといった態で話す崇君に怒りで震える私。
私とセットなんてありえないし、朝瀬君からの貰い物なんて冗談じゃない。
いや、冗談でもこんな高価の一言じゃ済まされない様なものを受け取る人間はおかしい。
「・・・、莫迦じゃなかったら、ふつうは受け取らないわよ、こんな凄いもの・・・。」
「貰ったんだから何言ったってももう遅い。それより、暗くなる前に用事を終わらせて来い。」
そう言われて降りるように促されると、そこは山道の途中らしかった。
前方には山奥へとつながる道、後ろは整備された道路だ。ここは神社か何かの駐車場らしい。
「何をぐずぐずしてる。これ持って早くいって来い。」
「い、行って来いって・・・、きゃっ・・・。」
彼はトランクから取り出した花束を無造作にほうり、顎で奥の道をしゃくる。
私はあまりこのような山や森に来たことがなかった。崇君にとってはひとりで行けるような道だろうけれど、慣れない私は違うのだ。でも、彼はそれには気付かないらしく、車に背を預けて完全にその場にとどまる気だ。
自分から願を乞うのは癪だが、ここで自分から折れないで後で痛い目に遭うのはもっと避けたい。
仕方ない、と内心強く歯切りしするような思いを抑えて下から出る。
「ねえ、一緒に来てくれないの?」
「・・・なんで。」
「一人じゃ山の中なんて普通入れないの・・・。」
これは必至だった。一人で入るのは絶対に避けたい。
必死になりすぎて崇君のシャツに縋りついていたらしく、それで彼が顔を赤くしていたのは私は気付けなかった。
彼は少し長くなった髪を掻き上げて迷うような顔をしていたが、私と視線がかち合うと盛大な溜息を零し、ボソッと私にも聞こえないようにつぶやいた。
「・・・、自分がどんなに影響力強いのか自覚してないのは困るな・・・。」
その言葉が聞こえていなかった私は、安堵から静かに微笑んでいた。
「・・・、ありがとう。」
その言葉に反応したかのように、いいから来い、と言いながら彼は私の腕を掴んだ。

「・・・、な、んで・・・。」
腕を惹かれるままについた先の人影に、私の眦からは涙がこぼれる。
それを横目で見た彼は、少し苦しそうに顔を歪めるがそれでも毅然とした表情を浮かる。
「・・・。お前は、きちんと片を付けろ。」
「・・・・・・、あんたは一体どこまで馬鹿なのよ・・・。」
「莫迦じゃねぇ、俺なりに考えた。考えた末の結果だ。」
凛としながらも少し震えた声にかぶせるようにして掛けられた静かな、落ち着いた言葉が崇の口を吐いた。                崇の言葉は間違ってはいなかった。確かに、そうしなければいけないのかもしれない、それが正しい答えなのかもしれない。強い意志のある双眸。それは、きちんと私の真意を掴んで隠すことを許さない。
「・・・優、彼の言う通りなのを認めた方がいいわ。もう怯えて逃げるのではなく現実を見て過去に見切りをつけるのよ。それが今のあなたにとって一番大事なこと、優もそれをしっかりわかっているはずじゃなくて?」
その先にいたのは、50代という年齢を感じさせない動きと声の張りを持つ壮也の母親だった。そしてその背後に広がるのは自然に囲まれた沢山の墓石。
壮也の母親には逢ってない間に少し痩せた雰囲気がある。彼女にとって、息子と死に別れてから今までとても辛い日々だったのだろう。それでも毅然とふるまい強い意志を瞳に湛えている。          
「・・・、優。一度壮也の墓を見てやってあげなよ。」
「え・・・・・・。」
「一度あれに会って、きちんと現実をみなさい。」
彼女の後ろには広い敷地に等間隔に置かれた沢山の墓石。その一つに近づいて墓石を左手でそっと撫でる。
その墓石に刻まれた名は、[枸神壮也]。
その名を見てしまえば、嫌でも現実から目が放せなくなる。
——壮也は・・・・・・、もう、居ない・・・・・・。
そんなことは分かっていたはずだった。頭のどこかできちんと理解してはいた。いたが、頭はうけいれなかった。信じたくなくて、事実を飲み込もうとはせずに、『死』という現実を認めようとはしなかった。
本当は今だって信じたくない。
だけど、
「優」
強い瞳を合わせてくる崇。
彼がいるから。
——・・・・・・、大丈夫。
頭のどこかで、そう声がした気がした。                          


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13



この掲示板は過去ログ化されています。