コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- きみは最後の天使[短編集]
- 日時: 2016/09/01 21:00
- 名前: りちうむ (ID: 0K8YLkgA)
はじめまして。りちうむです。
メインで一本書いているので、こちらの更新は遅くなるかと思われます。
近所のすき家に行くノリで書いて、わりとすぐ消します。ごめんなさい。
もくじ
「先生と委員長」>>1
「上京」>>2
「娘の結婚」>>3
「キラキラ」>>9
「夕焼けの君」>>10
「くら寿司」>>11
「きみは最後の天使」>>12
「午後十時のいちご」>>13(苑川栞先生のキャラクターである池原雪弥くんをお借りしました。ありがとうございました!)
タイトル遍歴
EAT ME UP→青春を殺して僕らは大人になっていく→きみが転校してしまう前に
- Re: 青春を殺して僕らは大人になっていく [短編集] ( No.9 )
- 日時: 2016/05/06 17:40
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: K/8AiQzo)
- 参照: ルビ板で書きたかった
俺の名はひろし。中学二年生。男。
さて、面倒な前置きをすっ飛ばして本題に移ろうと思う。俺は、学校でいじめにあっている。
「ひろしって、今どきダッサイよな。ありえねー」
昼休み。掃除ロッカーに俺を蹴飛ばして、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている三人の男。彼らは、本来ならば仲良くしなければいけないはずのクラスメイトだった。しかし、彼らの金色に染められた頭と、短すぎるブレザーの裾を見て仲良くしたいと思う生徒は、多分いない。現に教室の隅では、クラスの佐藤さんと鈴木さんが縮こまっているし、教壇の近くに居る委員長の斉藤くんは気の毒そうに俺を見ている。
そんな目をするくらいなら、俺を助けてくれよ。
俺はそう考えながら、いじめっ子の皇帝(かいざー)と、天照(あまてらす)と、全能(ぜうす)を見上げた。
「懲りたなら、焼きそばパン買ってこいよ、ひろし」
天照(あまてらす)が、掃除ロッカーにぶち込まれた俺をまた蹴り飛ばした。じんじんと背中が痛む。そんなことしなくても、金さえくれれば自分のを買うついでに買ってくるさ。日本神話の天照大神が引きこもりだったように、このいじめっ子天照もあまり動きたくない性分なのかもしれない。それなら、仕方ないだろう。
うわぁ、ひろしくん、かわいそー。クラスのど真ん中から、性格の悪そうな女子たちの笑い声が聞こえる。彼女らはクラスの中心グループの天使(えんじぇ)と、萌瑠妃音(もるひね)と、永紅恋愛(えくれあ)。
女子たちは俺に対して悪口を言ったり無視をしたりと主に精神攻撃を仕掛けてくるが、直接危害を加えてこないだけありがたい。さっき俺を心配そうに見ていた佐藤砂糖(しゅがあ)や、鈴木雪女王(あな)のように、心優しい女子もいる。それが、俺にとっての僅かな心の救いだった。
「ひ、ひろしくん!」
天照や皇帝に蹴られて、足がうまく動かないながらも、教室を出ようとする俺に声をかけたのは、委員長の斉藤肯定(いえす)。俺はそんな彼を無視して、教室のドアを勢いよく閉めた。見ているだけで、何もしない委員長なんて俺には必要ない。彼は悪い人物ではないのだが、委員長には絶対に向いていないな、と密かに思っていた。
食堂はとても混んでいた。三年生のトップである唯我独尊(ひーろー)先輩と、暴走蛇神(ぼうそうじゃしん)先輩が、他校の不良も呼んでパーティをしているのが原因だった。床には缶チューハイのカラが転がり、タバコの吸殻にはほのかに火がともっている。
やれやれ。俺は諦めて引き返すことにした。下手に動いて唯我独尊先輩のグループに殴られるよりは、教室で天照たちに殴られている方が痛くなさそうだ。
食堂を出ると、困った様子で中をのぞき込んでいる小柄なふたりの男子がいた。よく見るとそれは、俺と同じクラスの生徒だったので、特に何の気もなしに声をかける。食堂で食べられないのなら、購買で売っている弁当を買えばいい。そのくらいの金なら、奢るつもりだった。
「どうしたんだ? 光中(ぴかちゅう)、磁場娘(じばにゃん)」
「あっ、ひろしさん!」
俺より20センチほど身長が低いふたりは、必然的に俺を見上げることになる。本気で困った目をしているふたりを見て、放っておけなくなった俺は財布を取り出した。
このふたりは、クラスでも目立たない、ゲームとアニメが好きな男子だ。だから、あの不良に混じって飯を食うのが怖かったのだろう。千円札を渡すと、ありがとうございます、恩に着ます! と磁場娘は嬉しそうに言った。
「ところでお前、隣のクラスの可愛(ぷりきゅあ)ちゃんと付き合ってるってマジなのか?」
「は、そ、そんなわけな......」
磁場娘が、慌てて否定しようとしたその時。後ろから悲鳴が聞こえて、はっと振り返ると、食堂が燃えていた。
そうだ。さっきまだ、火がついたままだったタバコから発火したのだ。細かいことを考えている暇はない。カタカタと震えている光中と磁場娘を連れて、俺は非常経路を走り出した。まずは、こいつらを逃がすのが先だ。
避難訓練を真面目にやる生徒は俺くらいしかいない。廊下にいた生徒達は、どうしていいかわからずにひたすら火元から逃げている。だから人が多すぎて道を通れなくなって、転んだ生徒の元には着々と炎が迫る。
誰も知らない非常階段を駆け降りていた時、苦しそうにしていた光中が咳き込んで動けなくなった。ちくしょう、煙にやられたか。いくら小柄とはいえ、男をひとり背負って逃げるなんて、さすがの俺でも無理だ。磁場娘が、「どうするんですか、ひろしさん!」と涙目で訴えかける。ああ、ここまでか。そう諦めかけた、その時。
「ひろしくん! 諦めちゃダメよ。これ、持っていきなさい」
非常階段の上に、一人のキリッとした美人な女性が立っている。彼女の切れ長な瞳は、しっかりと俺を見据えていた。
彼女が俺に投げつけたのは、上品な柄のハンカチだった。これがあれば、煙を吸い込まずに済む。
「ありがとう、愛穂(らぶほ)先輩!」
「いいえ、礼には及ばないわ。でも、気をつけて。火はすぐそこまで迫っているわ」
「わかってるさ。先輩」
俺はふたりを抱えて走り出した。
走る、走る。ここで死んでたまるか。やっとのことで玄関にたどり着き、グラウンドまで走ってきた時、後ろで耳を劈くような爆発音がした。振り返ると、我が第参中学校が爆発し、大きな炎を上げていた。
「......危機一髪、ってやつだな」
「ひろしくん! 三人とも、無事だったのね!」
グラウンドから駆けてきたのは、担任の留美子(るみこ)先生だった。涙目で、もうダメかと思ったわという先生の後ろに、何人かのクラスメイトがいる。彼らも奇跡的に逃げてきたのだろう。
「あの大爆発で、生き残ったのはこのクラスの生徒だけ。ひろしくんのおかげだわ」
クラスメイトの無口な女子、女神(あてな)が言う。そんな大規模な爆発だったのか。確かに、グラウンドには俺のクラスのメンバーしかいなくて、後ろではまだ大きな炎が燃えている。やっと到着した消防が消火を始めているけれど、正直あそこで生き延びるのは無理だろう。
「......あ、先輩! 先輩はどうした!?」
いくらあたりを見渡しても、愛穂先輩はいない。女神が言うには、生き残ったのは2年暗黒兵(だーくふぉーす)組の生徒だけ。
つまり、愛穂先輩は、俺にハンカチを手渡して死んだのだ。
途方に暮れる俺の元にやってきたのは、さっき俺をさんざんいじめた皇帝と天照と全能だった。
「お前、すげえよ。今までごめん」
頭を下げて謝る三人。俺は、みんなを許すことにした。そうすることが、愛穂先輩への恩返しになると思ったからだ。俺にハンカチを渡して死んだ愛穂先輩の恩を、忘れてはいけない。
「気にするな、俺だってお前らに酷いことをしたからな。謝るよ」
友情の熱い握手を交わす。改めて俺の友達になった皇帝は、照れ笑いを浮かべながら言った。
「やっぱり、緋露神(ひろし)はかっこいいや」
- Re: きみが転校してしまう前に[短編集] ( No.10 )
- 日時: 2016/05/09 22:40
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: K/8AiQzo)
「なーつき、こんなとこで何してんの?」
同じクラスの友人であるハルカが、ぱたぱたと上履きを鳴らしてやってくる。下駄箱の横に座っていた私は立ち上がって、綺麗な夕暮れに照らされているハルカを見た。
「んー、ちょっとね。部活お疲れ、ハルカ」
「ありがと。ほんと疲れちゃう、こんな時間までさぁ」
ハルカはポニーテールを揺らして、苦笑いを浮かべた。こんなふうに愚痴はこぼすけれど、ハルカは誰よりも一生懸命テニスに打ち込んでいるのを、帰宅部の私ですら知っている。大会で次々と勝ち進んでいくハルカを、私はクラスメイトという立ち位置からずっと見てきた。
真夏日。背中を汗が伝っていく。
あと一週間で、高校に入って2度目の夏休みがやってくる。来年はきっと受験に追われているから、実質これで最後だろうなあ。もう夜の7時をとっくに回っているのに、外いっぱいに鮮やかな夕暮れが広がっていた。
「なつきって帰宅部だったよね? こんな時間まで残って、どうしたのさー」
屈託のない笑顔でハルカは言う。私がここで人を待っている理由は、話さない方がいいのではないか、と一瞬だけ思ったが、よく考えてみるとハルカの部活の先輩も関係している話だ。
私は「内緒ね」と前置きし、ハルカが頷くのを確認して喋り始めた。制汗剤の、柑橘系の匂いがふわりと香った。
「鈴南が、テニス部の先輩に告白しに行ったの」
「えっ、ほんとに!? あの鈴南ちゃんが?」
最初はうんうん、と小声で相槌を打っていたハルカが、「告白」のワードを出した途端に、大きな目をさらに見開いたので、私は「しー」と人差し指を立てる。
鈴南とは、私の親友の女の子で、彼女もまた私たちのクラスメイトだった。引っ込み思案でいつも誰かの影に隠れているような子だが、テニス部の先輩に一目惚れしたことをきっかけに積極的になりたいと思うようになり、私も何度か相談に乗った。今日もついさっきまで、先輩に告白するべきか、しないべきかで悩んでいて、そんな鈴南を私は励ましていた。
「半年くらいずっと片思いしてたんだけど、今やっと告白する気になったみたいで。行ってから三十分くらい待ってるんだけど、まだ帰ってこないのよねー」
「そっか、そんなことがあったんだ。待ってる方もかなりドキドキするでしょ、それ」
ハルカは私を気遣うように言って、笑った。ハルカの言う通り、私は今気が気ではない。鈴南が心配で、気になって、さっきから何度も下駄箱のレーンを行ったりきたりしているのだ。
「私も一緒に待つよ」
突然、そう言って隣に立つハルカ。そんな、悪いよ。私が言っても、彼女はにこにこ笑ったままだ。
聞くところによると、次の電車が来るまでは1時間あるらしい。暇だから、ここにいるね。ハルカはそう言って、さっきまでの私みたいに、落ちている暇を潰すように、下駄箱の横をゆっくり歩き始めた。
「なつきは進路どうするの?」
隣のレーンに言ってしまったハルカの声。そっちは多分、三年生の下駄箱だろう。
「まだ決めてない。薬科大学に入りたいって思ってるけど、学費がバカになんないでしょ。奨学金もらえるほど頭も良くないし」
ハルカに聞こえるように、私は少し大きめの声で言う。言い終わった時、後ろに人がいるのに気がついた。遅くまで勉強でもしていたのだろうか。靴を履き替えて帰ろうとしているクラスの山田くんは、怪訝な目で私を見ている。
違う違う、独り言を話してたわけじゃないんだよ。そう山田くんに言い訳をするけど、彼は曖昧な笑顔を浮かべて、じゃあねと残して夕暮れの中に消えてしまった。肝心のハルカはこんな時に限って何のフォローもしてくれない。そう思った、その瞬間。
「私ね」
「う、うわ! びっくりした......」
隣の下駄箱の影から、ひょっこりと顔を出すハルカ。私は驚いて心臓が止まりそうになる。やめてよ、もう。そう言ってやる余裕も無く、ハルカは喋り始めた。
「専門学校に行こうかなって思ってたんだけど、やっぱり就職する。兄貴はドカタ辞めて今ニートだし、妹は定時制に転校してから一回も登校しないし、私が頑張らなきゃって思って」
「そ、そっか。ハルカも大変なんだね」
やっと余裕が出てきた私は、ハルカがとても真剣な目をしていることに気付いた。
なんでもできるハルカのことだから、てっきり兄弟や家族も同じなのかと思っていた。私が大学のことで悩んでいるあいだ、ハルカも同じように悩んでいたのだ。
「まあ、お互い気合入れてこうね」
「もちろん」
だんだん濃くなってきたオレンジ色の中で、ハルカはやっぱり笑っていた。
20分くらい経っただろうか。鈴南が一人で歩いてくるのが見えた。ハルカと二人で息を飲んで見守る。表情までは見えないけれど、夕焼けの中をとぼとぼと歩いてくるその様子は、かつての自信が無い頃の鈴南のようで、なんとなく嫌な予感がした。
「ダメだったかな......?」
ぽつりと小さな声で呟いた言葉は、夕日のせいで伸びてしまった、私とハルカの影に溶けていく。
下駄箱の前までやってきた鈴南は、泣いていた。
「鈴南......」
「振られちゃった」
キラキラしたオレンジの空に照らされて、鈴南は必死に笑顔を作ろうとしている。声は震えているし、涙がぽたぽたと伸びた影に落ちて、私とハルカは何も言えずにいた。
恋の終わりってこんなに苦しかったっけ。鈴南は、先輩と話せてよかった、優しい人だったと吐き出すように私たちに話す。告白はしたが、その先輩には好きな人がいて、鈴南の思いに答えることが出来なかったらしい。
「ありがとうね、二人とも。すぐ立ち直れはしないけど、すっきりした」
「それならよかった、けど」
私はハルカと顔を見合わせる。あまりにも報われない結末を迎えて、鈴南は無理に笑っているけど私たちは笑えない。それでも、鈴南がこの事を引きずらないために、私たちは無理にでもいつも通り振る舞う必要があった。
夕陽が落ちかけている空を見上げる。もうすぐ夜になってしまうだろう。門限の8時に間に合うためには、今すぐ学校を出なくてはいけなかった。
帰り道は、無言だった。いつの間にか日は落ちて、星空の下を三人で歩いて帰る。電車通学のハルカとは、途中に通りかかる駅で別れた。バイバイと手を降るハルカの笑顔は、もういつも通りに戻っていた。
二人になってしまった道を歩く。三人なら無言でも耐えられたけれど、二人になってしまうとやっぱり気まずくて、テレビの話題でも振ろうとした時、鈴南はまた声を震わせながら言った。
「......先輩ね、ハルカちゃんのことが好きなんだって」
「......」
そこからまた始まる、長い長い沈黙。
何度も頭の中で言いたい言葉をくり返して、やっと私は鈴南に聞く。思い沈黙を破ったのは、私だった。
「鈴南は、ハルカのこと恨んでる?」
「......ううん。悔しいけど、ハルカちゃんなら仕方ないって思う」
夜の街灯の下、鈴南はさみしそうに笑った。
鈴南は凄いなあ、と喉まで出かけた言葉を飲み込む。
そこから先はまた無言で、私たちは家まで歩いて帰った。
- Re: きみが転校してしまう前に[短編集] ( No.11 )
- 日時: 2016/05/15 00:46
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: K/8AiQzo)
くら寿司のビッくらポンが外れた、間抜けな音が僕達のだるい沈黙に流れる。
ゆきこは小さく舌打ちをして、「はずれ」と画面いっぱいに書かれた言葉を指でつついた。
別れて二ヶ月経っても、ゆきことの関係は消えなかった。別に不純な関係ではないことは確かなのだが、いつまでもこうしていれば、お互い次の相手などできないだろう。
学校帰りに、突然回転寿司に行こうと誘っても二つ返事で了承してくれる、妙に居心地のいい異性は、やはり失いたくはないのが本音だ。かといって、また付き合いたいかと言われれば、それもなんか違う気がする。
僕とゆきこは、こんなゆるい関係を、どっちかが死ぬまで続けていくのかもしれない。
厳選一貫中トロしか食べないゆきこは、さっきから無言で箸を口元に運び続けていた。
「食いすぎじゃね?」
ゆきこのせいで、来店から30分でびっくらポンが5回くらい開催されている。もちろん全部外れで、僕達は少しだけ期待に輝かせた瞳を元通りに淀ませるのであった。寿司シール集めてるんだよな、と呟くと、ゆきこは、奇遇ね私もよと言う。
「回転寿司みたいに、食べたいものが勝手に回ってくる人生が良かった」
鮮度くんに乗せられて回ってきた中トロをうまく取り出して、ゆきこはわさびも付けずに醤油だけ足し、その小さい口に運ぶ。
「でも、本当に食べたいものは隣の席の人に取られて、結局妥協して食べたくもないトロサーモン食うんだよな」
僕も鮮度くんを開いてアジを取る。この作業はもはや片手で出来るので、我ながら手馴れたものだと思う。昔から、ささいな贅沢といえば回転寿司だったからな。
「昨日、告白されたんだよね」
三杯めになるアイスラテが颯爽と流れてきて僕らの元に届いたのとほぼ同じくらいの時、ゆきこはそう言って頬杖をついた。
このアイスラテ、ゆきこが頼んだ奴だろ、自分で取れよ。僕はその言葉を押し込めて、無言で取ってやり向かいのゆきこに手渡し、本題を聞く。
「誰に?」
「隣のクラスの男の子」
ガムシロップをたっぷり入れて、ゆきこは僕に「どうしよう?」とでも言いたげな視線を向けた。
そんな目をされたって、こっちにかけてやる言葉はない。もはや自分の女ではないゆきこを、縛るものはなにもないのだ。
「付き合ってみれば」
「彼、顔はかっこいいしテニス部だし、かなり優良物件だと思うんだけど、さ」
アイスラテを飲み込んで、ゆきこは続ける。
「あんたとこうやって寿司に行けなくなるなら、付き合いたくない」
「なんだよそれ」
二個目のアジの皿を手に取って、わさびと醤油を加えて口に入れて、返却口に皿を返した。
こんな単純な作業を繰り返していると、ゆきこの言葉がやけにはっきり聞こえてしまう。テニス部でイケメンの男より、僕との寿司を取るゆきこだ。
「でも、あんたと付き合いたいってわけじゃないのよね。あくまでこれが好きなの、これが」
流れている寿司を、箸で差してゆきこは言う。奇遇なことに、こっちもそうだ。ゆきこと付き合いたいわけじゃないんだ。それなのに、どうしてこんなに複雑な気分になるのだろう。
余計なことを考えて寿司がまずくなるのが嫌で、僕はほったらかしてぬるくなってしまったお茶を手に取った。
「男女間の友情って成立すると思う?」
「さあな、するんじゃね?僕とゆきこは友達だろ」
「ヤリたいとか抱きたいとか、そういう感情全部抜きにしてってこと。あたしはそんな関係は無いと思うな」
そこで、唐突にまたビッくらポンが始まった。カウントは現在40皿目に突入したらしい。
絶望的に勝負運が悪い僕らは、またもや外してしまうことが決まっていたので、もうそれに対して怒ったり拗ねたりしなくなった。ただ、ゆきこに返す言葉を頭の中で少しずつ摘み取って、紡いでいくだけ。
「僕は、もうゆきこのことは......」
「これから、一緒にホテル行こうって誘われたら断れるか、って話」
無理でしょ、あんたには。そう付け足す。
いつの間にか、さっき頼んだばかりのアイスラテは半分以上減っていた。
「......や、僕は断るけどね」
「ほんとに?」
きょとんとした目で、こっちを見るゆきこ。隣の席ではビッくらポンでも当たったのか、楽しそうにしているカップルの声がやけに大きく聞こえてきた。
少しの沈黙の後、ゆきこはその大きな目を細めて、珍しく笑った。
「これからも、こうやって寿司食べに来ようね」
「んー、まあ、暇な時にな」
レーンから三匹目のアジを捕獲し、わさびと醤油をつける。その間にゆきこはカバンからスマホを取り出して、突然電話を始めた。「告白の件だけど、実は私も気になってたの。付き合おっ」と、まるで業務連絡のような会話だ。僕がゆきこに告白した時も、ゆきこは業務連絡のノリで返していたのだろうか。だとしたら、だいぶ嫌だな。別れて正解だった。
「次は焼肉だからね」
「すき家か?」
「違う違う、焼肉よ」
ああ、お腹いっぱい。ゆきこはそう言って、箸を置いた。たぶんこいつのことだから、これからデザートも食べるし、もう一つアイスラテを頼むだろう。それなのに、とても細い体を見ていると、一体どこに吸収されているんだと思う。いや、そんな些細なことはどうでもいいんだ。
「ゆきこ、」
「ん?」
「友達だからな、僕達」
「わかってるわ」
今日も楽しかった、ありがと、とゆきこは言った。
暗くなってきた外。時計を見るともう午後七時で、夜ご飯を食べに来た家族連れで店内は溢れかえっている。おやつを食べに来た高校生は、そろそろ追い返される時間だ。
そこからは、特にとりとめもない話をして僕らは店を出て、そのままお互いの家へ帰った。どうせまた一週間後くらいに、ゆきこから焼肉を食べに行こうとラインが来る。
また会えるんだからと思っても、やっぱりひとりで帰路につくのは寂しかったので、ゆきこが言うように男女間の友情なんて、本当はないんだろうと思う。心の奥底ではわかっていたことだ。
早く、ゆきこなんか忘れて次の彼女ができたらいいのに。そう思いながら、街灯の灯る道を歩いた。
- Re: きみは最後の天使[短編集] ( No.12 )
- 日時: 2016/06/12 10:32
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: 0K8YLkgA)
今日も靴は無くなっていて、来客用のスリッパを履いて階段を登る。途中で何度も脱げそうになって、上手く歩けなくなる僕を、後ろから来た二人組の女子が笑いながら追い越していった。
一年七組の教室の前まで来て、ドアを開いた瞬間に、教室の空気が変わるのを感じる。ひとり、茶髪の男子が振り返ってこっちを見て、おはようの代わりに僕に罵声を浴びせた。色褪せた教室。
早く死なねぇかな、と大声で彼は言う。みんなも笑う。僕は黙って、席に座る。中途半端に規則の多い学校では、勉強や部活でのストレスをいじめという形でぶつけることしかできない。この中で比較的気が弱くて、勉強も運動もできない僕は格好の標的だった。
飛んできた消しゴムが、頭に当たって机に落ちた。「消えろ」と黒のマーカーで書かれていた。
教室の全部が、僕を笑っている。口元を抑えてクスクス笑う女子、動画を撮っている男子、最初はいじめを止めてくれた委員長でさえも、冷ややかな目でこっちを見ては、本に視線を戻し自分の世界へ戻っていく。
灰色にしか見えなくなったクラスメイトたちは、担任が入ってくる数秒前まで、僕のことを指さして、耳を塞ぎたくなるような言葉を浴びせていた。
おはよう、といつにも増して嬉しそうな声が、塞いでいた僕の耳に飛び込んできた。僕らの担任は良い意味で、有名な先生だ。熱血で、生徒思いで、荒れていたこの学校を1から再建した人物である。そんな先生でさえ、僕がいじめられていることには気付かない。
先生は、わざと僕と絡むのを避けているようにも思えた。信頼していいはずの先生にさえ見放されているなんて、僕はなんてダメな人間なんだろうと思いながら、机の落書きを消す、午前8時30分。
突然ドアを蹴られて、驚いて弁当箱を落としてしまったので、トイレの床にはおかずが散らばっている。
昼休み。教室の34人は、それぞれ適当に気の合う仲間を見つけて、昼の食事を共にしている。その仲間がいない僕の居場所は、トイレの個室だった。35人目の僕のことなんてお呼びではないあの教室では、今も和やかな笑い声が響いていることだろう。
「やっぱりここにいるぜ、あいつ」
大嫌いな、僕をいじめるあいつの声がした。途端に頭がぐるぐるして、気持ち悪くなる。洗剤のつんとする匂いと、学校のトイレ特有のひどい匂いと、弁当のおかずの匂いが混じって、なんとかさっきまで頑張って押し込んでいたご飯を吐きそうになる。存在を隠し通すために物音の一つも立ててはいけないので、必死に息を殺す。喉元に鉛のような異物感を感じながら、彼らが去ることを祈った。
祈った、けれど。奴らはドアを思いっきり蹴って、まだ僕を追い詰めてくる。僕に神様なんかいない。「早く出てこいよ」と囃し立てる、その声が頭の中で響いて、息苦しくて、勝手に涙が溢れでる。
僕らは一年生だから、学食はほとんど使えない。先輩だらけの食堂に入る勇気もない。だから、こうやって僕をいじめることくらいしか、ストレスを発散できないのだ。それはわかっているはずなのに、やっぱり、いじめられるのは辛い。
奴らはこれから教室に戻って弁当を食べるのだろう。僕だって、教室で食べられたら、どれだけ良かったか。トイレの床に散らばった、卵焼きをトイレットペーパーに包んで拾い上げて、ゴミ箱に捨てた。
死のうと思っていた僕を、救い上げてくれた存在がいた。彼女のおかげで、まだなんとか生きている。とても綺麗で、尊くて、届かないけれど、僕の心の中の大部分を占める彼女。
放課後のタワレコの、「アイドルコーナー」を歩き回る。たくさんのポップで飾り付けられた、人気アイドルのすぐ下に、薄っぺらいCDを見つけた。さくらシロップのニューシングル。発売したばかりなのに、もうこんな目立たない場所に置かれてしまっている。僕は少しだけ笑ってそのCDを取る。センターの子の隣に座っている、とても可愛い彼女と目が合った。
君だけが、僕の最後の天使なんだ。本気でそう思っている。僕と同じ孤独を見て、それでも生き抜いて、アイドルとして笑顔を振りまく彼女を、僕は心から尊敬しているし、大好きだ。きっとこの世界の誰よりも。背中までの、枝毛一つないであろう綺麗な黒髪も、大きな瞳も、白い肌もピンク色の頬と唇も、華奢な手足も、全部が愛おしい。
いつか、バイト代を貯めてこの田舎を出て、東京で彼女のコンサートに行くのが夢だった。僕はCDを一枚カゴに入れて、やる気のない店員が暇そうにしているレジに向かった。
□
「ちゃんと読んでくれますように」
投函したファンレターに祈る。東京にいる彼女へ手紙を送るのは、これで二度目。
暇なのか、人気がないのか、最初に出した時はあまりにも丁寧に返事を書いてもらったので、恐縮して二通目を出せないまま結構な時間が経ってしまったけれど、今回のCDの感想をしっかり伝えておきたかったから、また手紙を書いた。
CDを買った日から二週間がたって僕は、彼女のようにはなれないことに気付いた。僕は彼女が大好きだし、彼女になりたいし、なれなくても、この苦境から這いつくばって、並び立ちたい。でも僕には、無理みたいだ。もしも僕が東京に行けたら、君のライブに行けたら、ライブの途中で、自分にナイフを刺して死のうと思うよ。どうせなら最期に君を見て死にたいんだ。最後に視界に入れておくのは、君がいいんだ。
もちろんそんな事は手紙に書けなかったので、「応援しています」という定型文で筆を置いた、僕の手紙。東京のアンダーグラウンドで今日も歌って踊ってる、君に届け。
今日も殴られて、蹴られて、いつ僕は死ぬんだろう。早く彼女のところに行きたいなぁ、と思いながら、冬の空を見上げた。東京はきっと、空が狭いだろうから、いっそ僕のところに来てくれればいいのにな。
□
僕は、高校三年生になった。彼女は通信制の高校を出たあとも、変わらずアイドルを続けている。
僕の生活は相変わらず灰色で、でも受験とか最後の学校行事とか、僕をいじめる以外の物事がいろいろとあるから、いじめは殆どなくなった。担任はまだあの熱血な先生で、いじめっ子ともクラスが一緒だけど、僕は、東京のどこかで生きている彼女のために、ここで頑張って呼吸している。
進路は、まだ決まらない。どうせ死ぬ予定なのだから、そんなの必要ないと拒否し続けている。ここに来て反抗的な態度を見せるようになった僕に対して、担任はやっといじめがあったことを認識したけれど、時既に遅し、僕はアルバイトで貯めた金で近々東京に行き、死ぬ予定だった。
秋の空は高くて、清々しい。僕はやっと、この地獄から開放される。
でも、そこから数日後。僕がやっと、東京行きの新幹線の予約をとった日。彼女はぱったりとアイドルを辞めた。そして、AV女優になった。
18歳の誕生日。母親に欲しいものを聞かれても、何も答えられなかった僕は、ひとりでTSUTAYAのアダルトコーナーに行って、彼女を探した。「元地下アイドルがデビュー」と、タワレコなんかよりずっと持ち上げられて、大きく売り出されている彼女を見つけた。記憶の中の彼女と寸分違わぬ笑顔で、裸を見せている彼女を見て僕は、それが今まで受けたどんないじめより堪えて、その場で吐いてしまいそうになった。近くにいたサラリーマンが声をかけてくれなかったら、僕はずっとここで、立ち尽くしていたと思う。逃げるように店を出て、どうしようもなく息が切れるまで走った。
人のいない帰り道で、持ち歩いていたナイフを取り出す。もし彼女に会った時、いつでも死ねるように。
でも、もう必要の無いものとなってしまった。彼女のいなくなった僕は、この世界で無様に生きるしかない。
涙が溢れて止まらない。なんで、あの子に限ってそんなことするんだろう。僕は、信じてたのに。僕に可能性はなくていいから、せめて、優しい男の人と幸せになって欲しかった。彼女がいないと僕は、生きることも死ぬことも出来ないんだ。だからせめて、彼女が僕を、その手で終わらせて欲しかった。
18年間、何だったんだろうなあ。父親や血が半分しか繋がっていない兄弟にいじめられて、学校でもずっといじめられて、勉強も運動もできなくて、なんにも希望なんてない人生だった。僕に生まれてきた意味なんて、無かったんだろう。
自室。首元にナイフをあてる。
この世界に、希望なんてないし、天使もいない。ずっと前から書いていた遺書を破り捨てて、僕はやっと、この世界にさよならする。長かったなあ、と笑ってみる。次目が覚めた時は、幸せになれたらいいけど、僕のことだからきっとそうはいかない。だから、このまま意識ごと消えてしまえばいいな。
視界がついに、赤くなって消える。
- Re: きみは最後の天使[短編集] ( No.13 )
- 日時: 2016/09/01 20:58
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: 0K8YLkgA)
時刻は午後十時を少し過ぎている。互いに帰る口実を探し始めるような時間だった。
セブンイレブンの明るい光が遠くなっていくにつれて、足取りも重くなっていく。学校帰りにカラオケの約束をしたのが間違いだった。明らかに疲れが出た体を引きずって、明日も学校だねとか、そういった会話を力なく交わす。
正直、あんなに騒がしくなるとは思わなかった。僕のクラスの柏野と、他校の男子である若葉くんが共同で主催した今回のカラオケ会は、隣の部屋から苦情がくるほどの盛り上がりで、僕らもついさっきまで二次会の焼肉に参加させられていた。さすがにお開きにはなったが、すっかり意気投合してしまった若葉くんと柏野の気まぐれに、またいつか付き合わされるのだろうかと思うと、今から気が重い。
それは隣の雪弥くんも同じだったようで、彼も明らかに疲れた顔をしていた。
「……長かったね、今日」
コンビニの袋をぶら下げて、街灯の下を歩く。真っ黒な空に、星は一つもない。
雪弥くんは他校の男子だけど、教室における立ち位置が僕とまったく同じポジションだったから、似たようなものを感じてすぐに仲良くなった。僕らのような人間は、余計な敵を作らず、空気を読み、カーストの高い奴に気に入られ、グループを形成していくのが得意である。お互い大変だよねと笑い合った。もう少し、気楽に生活したかった。
夜はどこまでも深くて、溶け込むみたいに歩いていく。僕の家の方角は反対側だから、今もかなり盛大に遠回りをしている訳だけど、僕の住んでいるところがバレるよりは、遠回りをして帰る方が百倍は良い。雪弥くんの家はたぶんこっち方面だから、帰りは送っていってあげよう。
「あ、ストロー。一本しかない」
誰も居ない公園のベンチに座る。さっきセブンイレブンで買ったいちごみるくを袋から取り出した雪弥くんは、一本足りないストローに気付いて、「仕方ないか、あの店員さん新人っぽかったし」と苦笑いを浮かべた。さっきは僕の分の飲み物も買ったから、ストローは二本入っていなければおかしい。
「あげるよ。瑛太くんが飲みなよ」
「いいって、別に喉乾いてないし」
こうやって譲り合っちゃうとことか、似てるよなあ。そう言って笑い合って、結局、どっちも飲まないことにした。コンビニの袋に戻されたいちごみるくを端に寄せて、疲れたからもう少し休憩しようよと提案する。制服さえ着ていなければ、もう少し長い時間繁華街で遊べたのだけれど、こんなに疲れている以上騒がしいところには行きたくないし、ここで静かに雑談して帰るくらいでちょうどいい。
いちごみるくの入った袋を、ほんの少しだけ名残惜しそうに見る雪弥くんに、「セブンの店員もアホだよね、二人でレジ行ったのにさあ」と笑いかけた。雪弥くんは僕に同調すると思いきや、笑顔のまま「でも俺はセブンが一番好きだよ」なんて言うから、セブンイレブンに何か強いこだわりでもあるのだろうかと思う。バイトの女の子が可愛いからローソンが一番好きだと主張する、僕の友達の翔みたいなものなのかもしれない。
街灯だけが照らす夜の公園は、どこか寂しげだ。
「……瑛太くんって、どういういきさつで今の彼女と付き合ったの?」
「え、んー、なんだろう。付き合う前から、たまにご飯とか奢ってあげてたけど、デートの約束こぎつけて告白して、みたいな」
「そっか、いろいろ苦労してんだね」
雪弥くんはそう言って僕を見る。本当は、苦労しているのは僕じゃなくて矢桐なんだけど、「まあね」と笑ってごまかしておく。
「俺、瑛太くんみたいに器用じゃないから、好きな子に優しくするのってすごい難しくて。彼女もいないし」
「……え、てっきり雪弥くんはいると思ってた。フリーだったんだ」
顔立ちは整ってるし、立ち振る舞いもちゃんとしているし、こんなに話しやすいのに、意外だな。うちのクラスの女子なら放っておかないだろうに、もったいない。
十時四十五分、僕らはそのあとも取るに足らないような会話をしたけれど、なんだか煮え切らないままで、このまま帰る気にもなれないので、近くのファミレスに行くことにした。
普段、ファミレスなんかめったに行かない。でも近くのサイゼリアの光を見て、ミラノ風ドリアが食べたいな、なんて一度考えてしまえばその気持ちを無視することは出来なくて、僕らはベンチを立って歩き出す。置いていたいちごみるくは、二本とも雪弥くんにあげた。どうせ、もうぬるくなってしまっただろうし、ストローも一本しかない。僕の家の冷蔵庫はとても小さいので、いちごみるくなんか冷やしていたら、確実に姉さんに怒られるだろう。「その、好きな子と飲みなよ」と言いながら手渡すと、彼は少しだけ微妙な表情を浮かべて、ありがとう、と受け取った。
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