コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アリスブルーに融ける【短編】
- 日時: 2016/08/07 19:14
- 名前: 有村めぎ (ID: a0p/ia.h)
短文ばっかり書きます
用いている内容、表現はあくまでフィクションであり、実在する公式、団体とは一切関係ございません。掲載されている文章の無断転載、二次発行はご遠慮ください。
>>1 終わりだけが見える
>>2 死骸の名
>>3 アリスブルーに融ける
>>4 さよなら宇宙の涙に沈む
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- 終わりだけが見える ( No.1 )
- 日時: 2016/08/04 04:22
- 名前: 有村めぎ (ID: /48JlrDe)
小さい頃のこと、覚えてるか。淡々とした口調でそう呟く彼の輪郭は、いつのまにか幼い柔らかさを失って、ただシャープな影を落としている。ゆっくりと出来れば気づかれないといい、と、考えたその僅かな頷きを見てしまった彼は、迷うような目をしたあとすぐにうつむいてしまった。彼の見透かすような黒い瞳が見えないことをいいことに、私のグラスからはぽたぽたと水滴の汗が落ちる。私の涙は出なかった。もしかしたら、私は、もうずっと、今から告げる彼の言葉を、何年も待っていたのかもしれない。
「小さい頃、凄く楽しかった。お前がうちの近くに引っ越してきて、毎日遊んで、中学ん時は離れたけど、また高校で一緒になってさ。本当、毎日、楽しくて、嘘じゃない、うそ、じゃないんだ」
彼は私の好きだった黒い髪を茶色に染めてしまったらしい。みんなやってるから、と不器用に顔をそっぽに向けた彼に少し笑い、少し寂しくなったのを、よく覚えている。彼は顔をてのひらで覆って、ごめん、と呟いた。あなたが謝ることなんてない、と言いたかったのに、彼を知らぬ唇は閉じたままで動こうともしなかった。
それは逃げ出したかったからなのか、私は窓から見える夕日に視線を寄越す。爛々と煌めくその光に、見覚えがあった。そうだ、学校にあった錆びれた焼却炉だ。嫌なものはなんでもかんでもあそこに投げ入れていた。算数の宿題、夏休みの絵日記、点数の悪いテスト。こんな関係も燃やせたら、と遠く思った。
「あの頃はなんにも怖いことなんか無かった。でもさあ、もう無理なんだよ。俺たちどうあがいたって兄妹で、このままじゃ二人とも馬鹿みたいな色んなものに押し潰されて死んじまう。なあ、このまま生きてけるわけないんだよ」
どうしようもなくて、目を瞑る。何も小学校の時から「仲良し」だったのは、私たちだけじゃなかった。母子家庭の私と父子家庭の彼。子どもの私たちが仲良くなれば、自然と親たちだって顔を合わせる機会が増えるだろう。つい先月のことだ。彼のお父さんと私の母が結婚すると聞いたのは。関係はあなたたちが小学校の頃からだった、でもまだ幼かったから、でも高校でもあなたたちが一緒になって。本当にごめんなさい。
涙声で謝る私と彼の関係を知らない母を責めることなんて出来なかったし、彼もそうだったのだろう。どちらもその日は泣いた。わんわんと子どもの頃に戻ったように。でも現実は違う。幼い頃になんて戻れなかった。
二人だけでいった海の塩辛い温さを知っている、沈んだ布団のやわらかさも、靴を飛ばして遊んだ心の軽さも。どれも今は手に入らない、失われたものだった。
「俺たち、もうだめだ」
彼は聞いたことないような冷たい声で言った。それでも、彼の顔をぐちゃぐちゃに濡らす涙は、昔と同じで、なにもかわっていなくて、それだけでもうわかっていた。私も彼と同じように、ぐちゃぐちゃに泣いた。これからは私たち別々なんだって、そう、感じて。
- 死骸の名 ( No.2 )
- 日時: 2016/08/07 19:06
- 名前: 有村めぎ (ID: a0p/ia.h)
自分はここまで薄情者だっただろうか。はて、と、首を傾げる。どうしようもなく好きだったはずだ。それはもう、恋情に押しつぶされて死にそうなほど好きだったのに、と。
何がどうしてこんなことになっているのか分からないけれど、昨夜、彼女が死んだらしい。彼女の両親の悲痛な泣き声が鼓膜に残っている。不幸な事故だったと苦い顔で警察らしき人は言った。列車が脱線して、そのまま、ドカンと大きな爆発音が地面を揺らしたと思ったら、もう、そこに生きている人間は運転士合わせ一人もいなかったと言う。
とうとう彼女の母親は隣の父親に肩を抱かれ、シクシクと泣き始めた。僕はそんな彼女の両親の姿を眺めながら、ううむ、と首を捻る。胸はぽっかりと穴が空いた。愛しい人が死ぬとは恐ろしいものだ。彼女は、自分に生きる意味を与えてくれた人だったのだ。優しい人だった。それはもう死にたくなるほどに愛していたし、一生かけて幸せにするつもりだったのに。
そうして僕の世界は壊れてしまうのだろうか、と、心配していたが、どうやらそんなことはないらしい。まったく平和で、今日もカーテンを開けて見た朝日は眩しかった。朝ご飯は彼女が作り置きしてくれていた煮物をレンジで温めて食べた。いつもと変わらない味だ。会社を休んで葬式へ行く途中も、事故など一切起こらず、車の窓から入る風が気持ちよかった。まったく、薄情者だ、と思う。
だけど仕方なかった。だって、僕は、彼女の死体を見ていないのです。あの事故は本当に酷いもので、誰が誰だかわからなかったらしい。だから本当に彼女が死んだなんて、誰が信じることが出来ようか。神にでも聞くか?「彼女は本当に死んでしまったのですか」なんて質問は、信じてもいない神にとってはいい迷惑だろう。実に馬鹿げた問いである。
実感が湧かないって思ったよりずっと大変だ。たとえば彼女の葬儀でも僕は一切泣けない自信があるし、もちろん今でも全く悲しくない。彼女が土に還る時だって、ああ埋められてるなぁ、くらいの気持ちだろう。だって僕は知っている。その棺桶には、ばらばらにちぎられた誰かの身体を詰め合わせただけのものだと。という訳で、棺桶に詰められていたのが彼女の死体じゃないことだって、じゅうぶんにありえるのです。
だから僕は信じない。
今だって目を閉じれば、あの人がそこで笑っているような気がするのだ。
- アリスブルーに融ける ( No.3 )
- 日時: 2016/08/07 16:54
- 名前: 有村めぎ (ID: a0p/ia.h)
月がぼんやりと暗闇に浮かんだ夜だった。昼に降った雨のおかげで水たまりにその美しい光を注いでいたが、透き通っているその水面は、けれども底の見えない深さがある。その不思議な水たまりに誤って片足でも突っ込もうものならそのまま落ちてしまいそうだった。どこへって?底のない海にだ。
「今、何考えてるの」
彼の呟きを咀嚼してしまったかのように、私の顔を映していた水たまりはゆるりと歪む。特に何も、とうつむき、歪んでしまった私を見つめた。彼も同じように水たまりを見る。歪んだ顔がもう一つ増えた。二つの顔の上に位置する丸い月は鈍くも暖かな光を放ち、そこにゆらゆらと浮かんでいる。彼が空を見たので私も空を見る。そこには同じく綺麗な月があった。
「ね、知ってる?水たまりの向こうにはもう一つの世界があるんだよ」
彼が言う。おぼろげな脳の奥を辿ると、そんな絵本を見た記憶があった。水たまりに偶然落ちてしまった主人公は、そこでたくさんの宝物を手にする。それは主人公の貧しい家に幸福をもたらす財宝だったり、大切な友だちだったり、素敵なあの子、だったり。
そんなものが手に入ったならどんなに素敵だろうか。確かその物語のオチは、欲を出しすぎた主人公は一生水たまりのなかから出られませんでした、なんてものだった。ならば私は、彼を貰ってそして家に帰り、幸せに暮らすことが出来るだろうか。私が欲しいのは素敵なこの子、ただ一人なのだから。
「あの話は本当なのかなぁ」
ばしゃんと音を立て、彼の足が水たまりに沈む。水は彼の存在を認めず、じわじわと波紋が広がり、月は揺れるだけだった。彼は落っこちることもなくただそこに存在している。どうやら私の予想は間違いだったらしい。そして彼の予想も間違いだった。
「残念、」
彼がぱっと顔を上げた。悪戯が成功したような明るい顔に反して、今にも泣きそうな掠れた声が耳に響く。
「なかったね」
彼の欲しい世界は無かった。ということで、私の欲しい世界も、きっと無いのだろう。
- さよなら涙の宇宙に沈む ( No.4 )
- 日時: 2016/08/07 19:12
- 名前: 有村めぎ (ID: a0p/ia.h)
ふよふよと無重力空間で浮いている。時折聞こえるシャボン玉が割れたような微々たる音に混ざり、地球から声が聞こえた。それはかすかなものだったが、僕の星は地球に比較的近い場所にあるので、あの子の感情が僅かでも伝わる。僕は地球では生きられないと言い、別れを告げたあの日のあの子の顔が脳裏を掠めた。もどかしいような気持ちを落ち着かせて、小さな声に耳をすませる。
「さみしいの」
あの子は泣いていた。地球は僕の星なんかよりずっとおおきくて、人が多いから、寂しくなどないと思っていたがどうやら違うらしい。僕なんか本当の意味で一人だっていうのにな。
地球で文化が進むにつれ、宇宙人は次から次へと数を減らしていった。よくわからないが、宇宙人が暮らしていくには難しくなってしまったらしい。そして、永き年月とともに、僕の故郷は、とうとう僕一人しかいなくなってしまったのだ。なので僕の方がずっと寂しいと思うが、でも、そこらへんは、地球人とは感性が違うので、僕にはわからない。
あの子はぽろぽろと黒の瞳から涙を流す。地球には重力というものがあるから、その涙が僕のところへ飛んできてくれるなんてことは有り得ないらしい。とても、残念だ。
もしもここにあの子の涙が飛んできたなら、どうしようか。冷たい涙の粒を手に取って飾る?どこに。飲み込んであの子を思うなんてことでもしてみるか。ううん、なんだか薄気味悪い。どれも違うと思った。僕ならば、僕ならば……。
考えていると、あの子はかくりと首をかしげてこちらを見た。僕はというと、通常あの子から僕は見えるはずが無かったので、びくりと肩を揺らして驚いてしまい目を見開く。まて、やはりあの子から僕が見えることはないのだ。頭ではわかっているのに、心臓がひどくうるさい。というか久々に動いた。どくどくと脈打つ。いたい。
あの子は涙をこぼしたまま僕を見つめていた。あの子の住む地球から、地球人の目で、僕が見えるはずないのに。
「あいたいの」
あいたいと泣くあの子は宇宙人の僕から見ても痛ましくて、可哀想だ。僕が地球にいた記憶はもうとっくに消したはずなのに、聡明なあの子はゆるやかな面影をたどってしまって、意味もわからず泣く。だから、あの子は、僕のいない地球で僕を思って泣くのだ。本当に不運で哀れな、可哀想で愛しい子だった。
ぼろぼろと、気づけば僕の頬にも生温い液体が伝っていることに気づく。ぷかぷかと宇宙のちかちかとした空を泳いだ涙は、そろそろと彷徨いはじめた。目を細め、眩しくなる涙を見つめる。
僕ならばどうしたと言うんだ。僕は向こうでは生きていけない、あの子はこちらでは生きていけない。どうにもならない。あの子の涙を拭いたいなんて、そんなことをしてどうなるのだとまた泣いた。
急いで潰そうと手を伸ばした僕の涙は、勢いよく地球に落ちようとてのひらからすり抜けていく。しまった、きっと、地球は大雨になる。あの子は今、傘を持っていないのに。慌てて見下ろせば、あの子の頬には僕の涙がぽとりと落ちる瞬間だった。それを震える手であの子は触ると、こちらを見てからぐすぐすとまた泣き始める。雨は次から次に降り注ぎ、宇宙に漂うだけの僕を嘲笑っていた。
「 」
あの子があの子の知らぬ僕の名前を口にする。これ以上僕が泣けばあの子はもっと濡れるっていうのに、僕の涙はその声とともに完全に止まらなくなってしまった。僕だってあいたい、今すぐその涙を拭ってあげたい。
あの子が呼吸の出来ない宇宙で僕は泣きながら、そして、僕たちはどうにもならないなかでもがき沈み、またどうしようもない悲しみに涙を流していくのだ。
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