コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 雨恋っ!
- 日時: 2016/11/04 18:33
- 名前: コハク (ID: nCjVBvXr)
「逆さてるてるって、本当に効果あるのかなぁ。」
愚鈍な灰色をした空は、雨を告げるように見せながらもここ数日雨が降ることはなかった。
「降水確率が70%以上のときくらいはありそうですよね。今日は0%なのでそれ以上は作らないでくださいね。」
紫月さんが今日2箱目であるティッシュの箱をベリベリと開ける。机の上には、商店街のくじ引きで当たったらしい数十箱のティッシュの山。これのせいで、紫月さんの逆さてるてる製造スピードはぐんぐんと伸びている。
「降水確率は関係ないない。」
今日も俺の「逆さてるてる禁止令」は聞き入れられないようだ。そしてまた、この小さな部室が逆さてるてる達によってさらに狭くなっていく。明日にでも大掃除をしなければ、この部室は逆さてるてる達によってに征服されることだろう。固く心に誓い、愛サボテンの「サボりん」の世話をする。あぁ、癒し。
この部員2名である環境自然部(略して環自部)は、部長である雨が大好きな女の子・紫月矢色(しづき やいろ)と、サボテンを愛する俺・日崎称茉(ひさき ほまち)のいわば日常である。
{サボテンは、雨に恋をする。}
今日、俺は急ぎに急いで思考回路を巡らせている。昨日心に誓った「大掃除」を決行するためである。
やると決めたらやるのが男ってね!
さて、ここで一つの問題に直面する。紫月さんが部室の鍵を持っているのかどうかだ。普通の部活なら帰宅時に原則として鍵を職員室に戻さなければならない。いや、なんか今わざわざ自分から環自部が普通じゃないって言ってしまったような気がしなくもないけど…。まぁいいか。
えっと、鍵紛失を防ぐためらしい。が、環自部の場合は戻すときもあれば戻さないときもある。めちゃくちゃ不定期なのである。
環自部が成り立っているということは顧問もいるのだろうけど、見たことがない。つまり、鍵を返さなくても誰にも怒られたりなどしない。
だから、俺たちはこの状況に甘え、今日も紫月さんが持っているのか職員室にあるのか全くわからない。
…待て。昨日の部活の帰りに紫月さんはどこに行ってたんだ?俺と紫月さんは毎日、部活後途中まで一緒に帰る。昨日も一緒に帰った。でも帰る寸前に、鍵をかけた後に、紫月さんはやたら大きな紙袋を持って「ちょっと行ってくるから待っててー。」と言い残し2分くらいだけど消えた。あの紙袋の中身は…?普通に考えて職員室への届け物なんじゃ…?それなら鍵も職員室にあるはずだ。
俺は自分の名推理に確信の意を持ち、職員室へ走る。まだ間に合うはず…。紫月さんのクラスの1-Bは俺が教室を出たときはまだHR中だった。今日こそ…あの逆さてるてるの環自部制服を防がねば…!
着いた。職員室ってなんでこんなに威圧的なんだろう。やだ、こわい。コーヒーの匂いするし、社内恋愛の匂いもプンプン。あぁ、不健全。
…さて、ドアノブに手を掛ける。
ゆっくりと引いて、突き当たったところをすぐ右に曲がって…鍵を…ない。ない!?まじか。まじですか。鍵がない!紫月さんが持ってるってことだよね。
これは完全に予想外っていうか、うん、予想外。
これでは、きっと紫月さんに先を越されている…。大掃除はどうやって決行しよう…。
…俺はとぼとぼ部室に向かう。ドアを開くと、予想通り。紫月さんが今日も逆さてるてるを大量製産してる。もうこの部室は征服されてしまったみたいだ。完全に白が主体の不気味極まりない部屋になっている。こんなんじゃ『白部屋の引きこもり部』なんて異名がつくわけだ。サボりんも下手したら埋もれてしまう。
「…紫月さん。」
「うん?今日も雨降らないねぇ…」
「…実はですね、逆さてるてるは逆効果なんですよ。」
俺は最終手段に出た。心が痛むけど、紫月さんに少しだけした。
「逆効果?」
純真無垢な、まるでビー玉みたいに透明な瞳で見つめないで。…辛すぎる。でもこればかりはしょうがないよね。
「逆さてるてるを作ると、雨が降らなくなるんですよ。」
「じゃ、じゃあ最近雨が全く降らないのは…」
「逆さてるてるを作りすぎたんです。」
「そっ…そんな…。なんで早く言ってくれないのー!称茉くんのばか。」
ずっきゅーん。…どうしよう。辛すぎるのと同時に可愛すぎる。
「…作るのは何回も止めたような気が。じゃ、一緒にこの逆さてるてる達を捨てに…」
「何言ってんの。捨てたら可哀想だよ。隣の科学準備室に持って行こ?」
いや、科学準備室は先生方の出入りがないってだけで本当は使っちゃいけないんだけど…ま、いっか。何とかなるなる。
「じゃあ俺は左半分のを全部持って行きますから、紫月さんは右側を。」
「持ってくの重そうだけど大丈夫?」
「左半分はすぐ持って行って、紫月さんの方手伝いますから大丈夫ですよ。」
「…そういう意味じゃないよ。うーん…称茉くんは…」
「何か言いましたか?」
「ううん。何でもないよ。じゃー、頑張っていこー!」
「おー」
ふぅ。これは普通に大変だ。見たところ右半分だけ、つまり紫月さんが運ぶ分だけでも軽く300匹は超えているだろう。てか匹でいいのかは疑問だが。
30分が経った。やっと左半分を持っていった俺は、紫月さんの方へ行く。
「紫月さん、俺こっち終わったんで手伝いますよ。」
小柄な紫月さんは、逆さてるてるを両手にいっぱい抱えても乗っかるのは8匹くらいだ。そんな姿を愛らしく思いながらも、効率的に大掃除を終わらすために籠を渡す。
「これ使ってください。俺も手伝いますから。」
「ありがとう。それにしても…うぅ…逆さてるてるに雨を降らせない効果があったなんて…世界って何を信じたらいいのか分かんないね。」
ズキズキ胸が痛すぎる。うぅ…あとでネタバラシしたら、ものすごく怒るんだろうな。でも嘘をつくなら正直になるところまでがハッピーセット。すなわちみんな、嘘ついちゃっても償ってハッピーになれってこと。
そんな罪悪感に浸っている間も、紫月さんはよいしょよいしょと一生懸命手を動かしている。でも…籠に入れ過ぎで、わ…わ!
「ちょっ!しづっ!」
逆さてるてるを籠に入れ過ぎて、もろに頭から逆さてるてるの雨を被る。籠がひっくり返る寸前、紫月さんを支えようとして飛び込んでいた俺は…。
紫月さんに床ドンをしていた。
環自部室の無機質な床に、仰向けの紫月さんの上に俺が覆い被さらないように腕と足で紫月さんを包むみたいになっている。長鏡に映るのが横目で見えた。
数秒目が合ってから、やっと口が動く。
「ごっ、ごめん。今」
体を起こそうとすると、紫月さんにワイシャツの袖を掴まれる。時間が、世界が、俺と紫月さんを取り囲む、この部室にしか動いていないような気がした。
「称茉くん…雨、降ってきたみたい。」
すぐ横上にある窓に目をやると、開けっ放しの窓から雨雫が入ってくるのが分かった。早く体を起こさないと、紫月さんも俺も雨で濡れる。それに、尋常じゃないくらいに心臓の音がうるさい。
「…今日の雨は冷たいね。花散らしの雨、やっと来たのかな。」
繊細に、穏やかに紫月さんは微笑む。俺の袖を掴んだまま、雨に濡れたワイシャツをつかむ仕草が色っぽさを増していく。
花の匂い。紫月さんの匂いだ。いつもの紫月さんのいい匂いが、今は一層鼻をくすぐる。
紫月さんは何を考えてるんだろう。俺には分からない。彼女の思惑も、思考回路も、誰を見ているのかも。でも、今は。今この時間だけは、きっと。
そんな静かな、雫かな時間はチャイムによって終わりが告げられる。キーンコーンカーンコーンと、空気を読むことを全く知らないチャイムは部室にかすかに響く。
紫月さんがそっと、袖を掴んでいた手を離す。俺はもう心臓が壊れそうで、へなへなと力なく床に座り込む。紫月さんも俺の横に体育座りをする。
「花散らしの雨、今年は遅かったんだけど逆さてるてるのせいだったのかな。」
嬉しそうに、指に落ちてきた雨粒を見つめる。もう堪らない。
「俺、ちょっと、かっ科学準備室の窓閉めてきますね。」
足早に、こけながらも取り敢えず部室から出る。俺の頭は整理しなくてはならないことが巡り巡って、渦巻いていた。
さて。一度落ち着いて、整理する。この落ち着きもしない心について、というと少し重々しいが、まぁ、そんなところだ。
紫月さんの、不意に見せる笑顔とか柔らかい優しさとか、もう全てに言うまでもなく俺はドキドキしている。もう頭をぐちゃぐちゃに掻き回されるみたいに。
これを、人は恋と呼ぶ。
言って仕舞うなら俺は、紫月さんに恋をしている。恋をしている。俺が。あの、雨好きの変人に、紛れもなく真っ直ぐな恋をしている。
まだ入学して一ヶ月経ったばっか。まだ出会って一ヶ月経ったか経ってないか。恋に落ちるのにかかる時間は。あとで、雨粒が落ちるのにかかる時間を聞いてみよう。きっと、紫月さんなら。
「称茉くん?どうしたの、早く帰ろ?」
もんもんと色々考えながら最後の窓を閉め終わったところで、紫月さんが迎えに来た。
時計を見ると、あと少しで最終下校時刻。まだ帰るのには早いけど、紫月さんの意図はすぐに分かった。
「花散らしの雨が止まないうちに。」
少し頭を横に傾けて、ゆるいツインテールが揺れる。彼女の笑顔は、窓から入り込む雨と散らされた薄紅色の花に照らされる。
眩しい雨の女の子に、俺は恋をしている。
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