コメディ・ライト小説(新)

死ななかった猫(2) ( No.2 )
日時: 2017/01/07 20:20
名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: F69kHN5O)



 そこには、猫がいた。
 泣いてる、猫がいた。

 使い古した雑巾のように、真っ黒に汚れた猫がそこに倒れていた。
 死んでるのかな、生きてるのかな。
 みんなが目を逸らすその猫に、私は近づいてみた。

 「……にゃあ」

 小さな鳴き声だった。
 生きてるよ。私はまだ、死んでいない。そう叫んでいるようだった。

 私はその猫をぎゅっと抱きしめて動物病院に駆け込んだ。
 獣医のおじいさんがにこりと笑って大丈夫、と言ったとき、私の心臓はどくんどくんとまた五月蝿く鳴り響いた。

 この小さな命を守ったのは私だ。

 変な喜びとともに、少しだけ後悔した。



 私がこの命を守った、
 けれど、それはこの猫が望んでいたこととは限らないんだろう。

 私の偽善でこの猫はこれからも「生きること」を強いられるのかもしれない。
 「もしかしたら」が浮かんでは消え、私の心を埋め尽くした。


 「ごめんね」


 猫は死んでいなかった。
 でも、原因はあるのだ。傷は、猫の痛々しいほどの傷は人間がつけたものだと、獣医のおじいさんが言った。
 
 「謝る必要性はどこにあんの」

 奥から出てきた若い男は、蔑むように私にそうぽつりとつぶやいた。
 猫を優しく抱き上げ、別のベッドに寝かす。

 彼は無表情のまま、ふうと小さくため息をついた。


 「猫は死ななかった。これからも生きることができる」


 彼は私瞳をじっと見つめる。
 綺麗なその黒い瞳は、私の汚れた部分も見抜いてしまいそうだと思った。

 「お前と同じじゃねえの」


 靴の履いてない、裸足の私を見て何を彼は思ったのだろう。
 足の傷を見て、彼がどう思ったのだろう。

 猫は私と同じだった。
 生きる選択肢を、無理やり選ばされたんだ。