コメディ・ライト小説(新)

咲かない桜(3) ( No.3 )
日時: 2017/01/25 16:02
名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: 3A3ixHoS)




 ――桜は今年も咲きませんでしたね。

 ――そうですね、やっぱりもう二度とあの木が花をつけることはないのでしょうか。

 ――いいえ、きっとまた桜は咲きます。


 あなたが願い続ける限り、咲かないということはないでしょう。


 あの人はそう言って、桜の木を触った。
 エネルギーを分け与えるように、手のひらを樹にぴったりとくっつけて、願うように目を瞑る。
 私は縁側でそれを見ていた。



 その次の日、彼は姿を消した。
 私に何も告げずに、咲かない桜を残して、私をひとりぼっちにした。



 「今年も、咲きませんよ」

 
 あなたがいなくなってから二度目の春が来た。今年も庭には大きな桜の木が見える。
 お茶を入れて、縁側に座った。
 春の心地のいい風が私を包み込む。

 「ほんとう、嘘つきなんですから」

 お饅頭を一口で平らげて、そのままがばがばとお茶を飲みほした。
 鬱憤晴らしだったのかもしれない。帰ってこないあの人に少しだけ怒っていたのかもしれない。

 「っ……え、はは、なにやっ、ははは、」

 聴こえてきた笑い声に、私はぴたりと静止した。
 湯呑を口から外して、前を見る。
 そこには一人の男性が、私を優しい瞳で見ていた。


 何でいるんですか、
 今までどこに行ってたのですか、
 どうして、

 頭の中でぐるぐると回った台詞は口には出なかった。


 「おかえり、なさい……」

 心から言いたかった台詞はきっとこれなんだろう。
 咲かない桜を見ながら、ずっと待ち続けた。
 桜は今年も咲かなかった。
 けれど、あなたは帰ってきた。


 「ただいま」


 彼はそう言って少しだけはにかんで笑ってみせる。
 もう暖かいというのに真っ黒なコートを着て、私の隣に座った。

 ――桜はやっぱり咲きますよ


 彼の手には種があった。
 何の種かは分からなかったけれど、私は彼と一緒にその種を咲かない桜の木の隣に植えた。
 彼はきっと咲きますよ、と私の耳元で囁いて笑ったのだった。