コメディ・ライト小説(新)

砂浜に裸足(6) ( No.6 )
日時: 2017/01/08 11:59
名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: F69kHN5O)




 「あちい」

 誰かが呟くように言ったその言葉が、風に乗って私の耳に届いた。
 海の家の中からそっと外の様子を窺ってみた。
 見えたのは砂浜に裸足の男。じっと空を見上げている。

 こんがり焼けた小麦の肌は健康的で、手に持っているのはサーフボード。
 ここらではサーフィンをする人も多いけれど、見たことのない男だった。

 「焼きそばおかわりー」

 客からの注文に私はすぐに彼から目を逸らした。
 新しく来た客に水とおしぼりを渡して、忙しくキッチンと客席を行き来する。

 「お姉さん、ちょっと」

 手招きされて、すぐに客のもとに向かった。
 小麦色の肌にすぐにはっとする。さっきの男だと思った。
 水を一気飲みして彼は「水のお替りある?」と白い歯を見せて言った。
 私はすぐに新しい水を持ってくる。少し汗をかいた男はまた白い歯を見せて笑って「ありがとう」と受け取った。


 次の日も、その男は波に乗りに来ていた。
 サーフィンを楽しんだあとに、海の家で一休みする。

 それが一週間続いて、私はその男と自然と話すような関係になっていた。

 「でさ、きみ名前は?」

 男は一週間を過ぎたある日、ナンパのように軽く私の名前を聞いてきた。
 
 「しがない、海の家のバイトです」

 私ははにかみながら答えた。
 不満げな表情を見せながらも、また男は笑って私の頭をくしゃっと撫でた。

 男は毎年この海にきているらしい。
 隣の県のCMでも流れる有名な会社に勤めていて、毎日深夜まで働いている社畜だと自分のことを話した。
 男は自分のことをたくさん話してくれたけれど、あれから私には何も質問してこなくなった。

 「じゃあ、さようなら」

 いつものように、男は私の髪をぐしゃぐしゃにして帰っていった。
 次の日、男は来なかった。それから、彼が姿を現すことはなかった。
 八月の最後の日。もう会えないんだなと思と少しだけ寂しいと感じて、私はもう二度と会うことのない初恋の人を心の中に封印した。