コメディ・ライト小説(新)

Re: 巫山戯た学び舎 ( No.9 )
日時: 2020/12/25 18:33
名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)

第二話「アンドロイドとおっさん」

 ーーある4月の日曜日の午後、制裁せいさい公園という随分物騒な名前の公園に、僕はいた。
 前までなら、こんな友達が多そうな人が多いところになんて来なかったが、もう違う。そう、今日の僕には友達がいるのだから! 半本とどろきさんと、濠持四美さん。だましうちみたいな方法で友達になったが、友達は友達だ。
 そして、僕が来たのはその友達ーー濠持さんとの待ち合わせの為だった。本当はもう1人、半本さんとも遊ぶ予定だったのだけれど、少々事情があったのだ。

 以下、回想。

「ごめん、次の日曜日、遊べなくなっちゃった」
「え、どうして?」
「は?」

 一昨日、金曜日の放課後、僕達は帰り道一緒に歩いていた。その時に、半本さんは遊べないことをカミングアウトした。
 それに対して、壕持さんが初めて会った時と同じように、睨む。しかし、その敵意は、前と違って半本さんに向かってはいない。彼女はもうあれから半本さんにぞっこんなのだ。半本さんは壕持さんを『もっちーちゃん』、壕持さんは……普通に『半本さん』と呼んでいる。ただ、刺々しい呼び方から、柔らかい感じに変わった。
 そして、壕持さんが今敵視しているのが――加賀坂蒼かがざかあおさん。彼女は、同じ学年委員会――つまり、委員長もしくは副委員長だ。加賀坂さんは、1年1組の委員長をやっている。委員長というより、番長といった感じのようだが。
 腰まであるポニーテールに、ツリ目の三白眼。身長が僕よりも高く、髪を短くすればもう男子と言っても過言ではないような容姿だ。一人称こそ『私』だが、話し方はかなり荒っぽく、男らしい。そしてコミュニケーション能力の塊のような人物で、委員会の自己紹介の時点で、僕や半本さんなどに話しかけまくり、友達となったのだ。……かなり強引だったが。
 思い返すとこんな感じ。

「おうおうお前音桐っていうのか。ふーん、まあ見た目がかわいい系の顔してるから『かわいい君』な」
「は?」
「そしてそこの2つ結いちゃんは半本。見た目が真面目だから『真面目ちゃん』な」
「え?」

 ちなみに初対面である。初対面でいきなり呼び捨て、そしてアダ名をいきなり付ける。半本さんも顔負けのコミュニケーション能力である。
 身体能力も素晴らしいらしく、拳でプレハブ破壊だの、2段ジャンプができるだの、ガードをするだけで相手の拳が砕けるだの、半本さんどころか人間顔負けの噂がどんどん流れてくる。
 
 話はそれたが、この加賀坂さんと半本さんが仲良くなっているので、壕持さんはご立腹なのだ。
 なので、半本さんが遊べない事に対しての反応が、睨みながらの『は?』なのである。また加賀坂なんですか、という意味が込められている、『は?』だ。
 ぼくはそれをなだめるためにも、フォローを入れる。きっと加賀坂さん関係じゃないよという期待を持って。

「まあまあ、壕持さん。半本さんにも予定があるんだからさ……。で、どういう用事があるの?」
「えっと……」

 言葉を濁し、頬をかく半本さん。気まずそうに彼女は、

「蒼ちゃんと遊びに――」
「あのアマまた半本さんをたぶらかしてんのかよ」
「壕持さん! 言葉遣い!」

 もはや女子の言葉遣いではない。あの女とか言ってたし。気迫だけなら加賀坂さん並だ。

「だから、遊ぶのはまた今度に――」
「いや、良いわ」
「え?」

 僕と半本さんが同時に反応する。今までは、半本さんが来ない時点でもう遊ぶのはご破算だったのだが、何故今回は断らなかったのだろうか?

「私も音桐くんとも話してみたいしね……。まあ、半本さんが居なくても人とコミュニケーションを取れることを証明してみせるわ」

 最初は驚いて、口を開いた半本さんだが、すぐに笑顔になる。今までで一番の笑みだ。
 そして彼女は壕持さんの肩を掴み、揺さぶる。そして周りに聞こえるくらいの大声で言った。

「ありがとう! 宗谷くんはとってもとっても良い人だから、ぜひ仲良くしてね!」

 以上、回想。
 こういう事情のため、僕は今制裁公園のベンチに座っているのだった。この公園は僕の近所の中では一番広い公園で、ブランコや異常に長い滑り台がある。
 僕は、待ち合わせの時間の5分前に来たので、暇になってしまう。ちなみに半本さんは30分前に来るらしい。何をしているのか非常に気になる。そして壕持さんは絶対に時間ぴったりに来る。体内時計が確実すぎるくらい確実なのだろう。
 なので、5分時間がある。読書をするにも何をするにも中途半端な5分という時間。僕は公園の景色を見ていることにした。
 まだ桜が咲き誇っていて、花見をしている人も多い。ざわざわとした人混みをBGMに、僕は眠ってしまいそうになる――。

「ちょっと」

 飛び起きた。比喩なんかではなく、本当に飛んだ――跳んだ。ベンチに足を打ってしまったがまあ良いだろう。寝っぱなしは流石に失礼過ぎる。
 そんなに大きな声ではないのに、こちらに響く声。そしていきなり跳んだ僕を不思議そうに眺める彼女。

「そんなに驚かなくてもいいのに。別に殺そうって言う訳じゃないわよ」
「そ、そう……」

 そして、彼女は僕の隣へ座る。少し疲れたらしく、ここで休憩を取るみたいだ。

「この公園、私の家から遠いのよ……。ちょっと休ませて」
「うん、わかったよ」

 壕持さんは、ふう、と溜息をついた。
 こうして、僕達の休日は始まっていく――。

Re: 巫山戯た学び舎 ( No.10 )
日時: 2016/12/04 10:30
名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)

 ベンチに座っていた壕持さんは、首をこちらに傾ける。

「今日はどこに行くんだっけ?」
「ああ、今日は僕の知り合いの人を紹介するよ」
「知り合い……ッ!? は? 今知り合いって言った? 貴方今あの言葉を言い放った!?」
「はい?」

 いきなりこちらに掴みかかってくるくらいに近づく壕持さん。正直女子とここまで近づいてしまうのは緊張するのでやめて欲しい。今日はピンの色や形が違うんだねなんてどうでもいい事を考えることで思考を別の方向へ持っていく僕。非常に見苦しいものである。
 そんな僕の苦悩を知らない風に、壕持さんは興奮しながら言う。

「貴方に知り合いがいるなんて……。私と同族だと思っていたのに……。友達どころか知人もいない、それが貴方の個性だったはずでしょう?」
「でしょう? と言われても……」

 そんなに失礼なことを思われていたのか。さっきの緊張を返してほしい。個性が知人いないって悲しすぎるし壕持さんがそっち側だというのが悲しみを加速させる。
 散々言ってやっと熱が冷めたのか、彼女は元の位置へ戻り、髪をかき上げる。

「しかし不思議よね。貴方、別に性格に問題があるわけじゃないのにどうして友達が出来ないのかしら。外見?」
「あの、僕も傷つくことくらいあるんだよ?」
「私がそれを知らなかったと思ってるの?」

 性格が悪すぎるんだってだから。そんなんだから友だちができないんだよ。とは言わないけれど、流石に外見悪いねって直球で言うのは酷いと思う。
 たしかに僕はあまり格好良くはないけれど……。

「でも、外見も別に悪いわけじゃないのよね」
「え?」

 意外なセリフが彼女の口から飛び出してきた。外見も別に悪いわけじゃない? 壕持さんが人を褒めた? あの毒舌については中学生最強とさえ言えるような彼女が? 呼吸をするように非難し、歩くように批判する彼女が?

「流石に私そこまで性格悪いと思われていたとは思ってなかったわ」
「あれ? いつから壕持さん心読めるようになったの?」
「全部声に出てるのよ!」

 なんと。まさか口に出していたとは。口は災いの元と言うのは本当らしい。
 壕持さんは僕を見て溜息をつく。ああ、僕のせいで彼女に迷惑をかけてしまった。

「だから声に出てるんだって……。それはともかく、別に貴方顔が悪いわけじゃあないと思うのよ。三白眼な感じの眼も、タレ目と合わさってなんだか可愛い系の顔になってるし、髪型も眉上で切っててイメージを崩していない。ファッションも普通に悪くない。背も普通。総合的に見て、中の上くらいって所?」
「ちゅ、中の上……」

 評価が高い……のだろうか? せめておだてるんだったら上の上くらい言ってくれてもいいと思うのだが、しかし彼女の評価だ。いつも通り厳しい審査をして、その結果が中の上というのは、かなり高い評価なのだと思う。
 ……高い評価という言葉ほど、僕に似合わない言葉もない。可愛いもちょっとどうなんだ。ここは男子として! 男子として格好いいと言ってほしいのだ。
 ということを彼女に言うと、

「はあ? それは無理よ。身の丈を考えなさい、鏡を見なさい。貴方の顔は可愛くはあっても格好よくはないわ。女装顔よ」
「女装顔!?」

 もうそれは貶しているんじゃないか。どうして彼女の話は最後のオチで評価を下げるんだろうか。さっきまでだったらまだ、『良いこと言ってくれたな』で終わっていたのに。
 しかし、女装顔……。女装顔か……。

「では何故貴方に友達ができないか。それを教えてあげるわ」
「お、おお……!」

 やっと本題に戻してくれた壕持さん。流石にもうこれ以上評価が下がることはないだろう……。女装顔よりインパクトのある批評は彼女にはできまい。
 ――壕持四美、敗れたり!

「それは――」
「そ、それは?」

 そこで彼女は一旦止める。なんでそこで焦らすんだよ、意地悪だなあと思ったが、それは違ったようだ。何故なら。

「やあやあ諸君! はろー。こんな所で会うなんて奇遇じゃん! ちょっと一緒に遊ぼうよ」

 と、喧しい、全体的に赤いイメージの男子がこちらを見て手を振っていたからである。
 彼の名は笛子緋色ふえこひいろ。――1年1組の副委員長、つまり、僕と半本さん、加賀坂さんと一緒の学年委員会へんじんのつどい委員へんじんなのだ。
 それを見て、壕持さんはまた溜息をつく。僕もつきたいくらいだ。それくらい、彼は喧しいし、眩しすぎる。半本さんがいるときならまだしも、僕達陰気組には、勝ち目のない相手なのだ。
 壕持さんは苦虫を噛み潰したような顔をして、話を続ける。

「貴方が友達が出来ない理由は、そのネガティブな性格と」

「こうやって面倒事をぽんぽん引いてくる運の悪さよ」

Re: 巫山戯た学び舎 ( No.11 )
日時: 2016/12/04 10:30
名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)

 笛子緋色。彼は1年1組の副委員長である。癖っ毛が特徴的で、黙っているとだるそうな垂れ目もあいまって、なんだか儚げな印象を受けるが、中身は儚げのはの字も無い。お喋り好きで、人をおちょくるのが上手すぎる。身長も僕より10cm以上は高いので、なんだろうか、見下されているような気がしないでもない。
 その性格もあり、僕はもちろん、壕持さんは僕よりももっと、笛子君を苦手としているのだ。……というか、彼女が誰かしらを苦手じゃないというのは想像できない。きっと彼女は全人類が苦手だろう。

「面倒事とは失礼な。俺は偶然見つけた友人達に声をかけただけさ。それとも、なにか声をかけられたら嫌なことでもあるのかい?」
「何を言っているのよ、嫌なことなんてあるわけないじゃない。逆に話しかけられるのが好きなくらいだわ」
「いや、流石に強がり方に無理がありすぎるでしょ」

 壕持さんはベンチから立ち上がって言う。
 多分壕持さんは笛子君の言葉を否定したかっただけなのだろう。僕の指摘を「うるさいわね」と一蹴した。
 ていうか、と彼女は続ける。

「何しに来たのよ? かなりの人気者でいらっしゃる笛子様は、休みの日に私達のような下々の者に関わる暇なんてないと思われますが?」
「私達って、僕も下々側なの!?」
「何よ、自分が人気者だとでも?」
「いや、それはないけどさ……」

 言葉を選ぼう。彼女の言葉は鋭すぎるのだ。そして、嫌味混じり――というか、嫌味そのもののように話す。
 確かに、笛子君は人気者だとは思うけれど、だからといってここまで嫌味まみれに言うことはないだろう。嫌味というか、嫉妬?

「なんだよ、嫉妬かい?」
「ぜ、ぜぜんぜん嫉妬とかじゃ、あ、ああありませんけど? じ、事実無根のことを言わないでもらえます?」

 図星すぎるだろ。目の逸らし方が尋常ではない。目を逸らすどころか、もう笛子君の方を見ずに、明後日の方向を向きながらうわ言のように喋っている。
 別に私だって頑張れば友達できるし――と聞こえてきたのは気のせいだろうか。この子はやっぱり友達が欲しかったんだろうな。半本さんに話しかけられたときもなんだかんだ言って嬉しかったと思う。
 想像でしかないけれど。

「まあ、それはそれとしてよ」

 自分から話を振って話を逸らす壕持さん。やっと笛子君の方を見て、本当に謎だという風に彼を見上げる。

「さっきも聞いたけど、何しに来たの? 加賀坂はどうしたのよ」
「別に俺だっていつもアイツと一緒にいるわけじゃないさ。時々くらい皆と遊びたいんだよ。それに今アイツはあの2つ結いの子――」
「半本さん」
「そう、半本さんと一緒に遊んでるんだよ」

 そういえばそうだった。そもそも僕が壕持さんと一対一で遊ぶことになったのも半本さんが加賀坂さんとの用事ができたからだった。
 壕持さんは加賀坂、と親の敵でも見てるかのような顔をして呟く。親友だからといってそれは友情が重すぎなような気もする。

「私の嫁になんてことを……」
「いや、壕持さんの嫁じゃないから」
「何よ! 音桐君の嫁だっていうの!?」
「落ち着いて!」

 彼女は本当に半本さんが絡むと様子がおかしくなるな。とりあえず肩を掴んで落ち着かせる。やっと落ち着いたようで、ベンチに座り直す。いやいや、これからまた歩くんだから座らなくてもいいのでは。
 そして話がぜんぜん進まない。笛子君も呆れて……いなかった。にやにやしているだけだった。

「仲いいね、君達。はははっ」
「まあ、友達? ですから」
「なんで疑問形なのよ」

 また否定したがる壕持さん。先程錯乱したのが今更恥ずかしくなってきたのだと思う。
 しかしそれを無視するように話を進める。

「で、皆と遊びたいらしいですけど……今僕――俺達2人しかいないですよ」
「皆他の用事があるっていうからさ。だから君達2人から仲良くなっていくことにしたんだ」
「はあ……」

 わかるようなわからないような話だ。まず仲良くなっていくと言う考え方が僕にはあまり無い。友達が多い人は少ないやつとは考え方が根本的に違うのだろう。壕持さんもそういう顔をしている。

「でも、私達別に面白いことしないわよ? 今回も音桐君の知り合いとかいう胡散臭すぎる人に会いに行くだけだし」
「え、そんなに面白い事するんだったら最初から呼んでよ!」
「そんな風に思ってたの!?」

 僕の知り合いをそんな胡散臭がられても……いや、あの人は胡散臭さの権化みたいな人だからな。胡散臭度で言えば藍央先生と並ぶレベルで。確かあの人は藍央先生と知り合いだったんだっけ。だったら胡散臭いのも頷ける。
 そして、今日は僕のその知り合いに会いに行くという用事だったのだ。『面白いことになったからちょっと来い』と誘われたため、どうせなら友達と行こうと思いたち、提案したのだった。

「だって、音桐君に知り合いがいるっていう時点でもう怪しいじゃない」
「金で雇ったエキストラの可能性もある」
「そんな風に思われてたんだ……」

 金で雇ったエキストラって。僕は友達が欲しいとは言ったけれど役者を呼びたいとは一言も思ったこともないし言ったこともない。流石にエキストラを雇い始めたら人として終わりだと思う。

「笛子君……だっけ? 私と意見が合うなんて奇遇じゃない。まあ認めてあげるわよ」
「光栄の限りだ」

 そして笛子君と意見が合った壕持さんは、同士を見つけたとでもいうような顔をして笑っていた。それでいいのか。チョロイン2人目か。友達作らない主義はどこにいったんだ。
 まあ話が進んだならいいか。

「じゃあ、僕の知り合いのところに笛子君も行くってことで良いんだよね」
「ああ」
「じゃあ、行こうか――」
「ちょっと待って」

 と、壕持さんが口を挟む。また否定したがりか、と思ったが、どうやら普通に疑問を呈したかったらしい。

「せめてその人の名前くらい教えてくれない? 名も知らぬ人のところにいくのはちょっと怖いわ」
「そういえば言ってなかったっけ。うん、いいよ。教える」

 僕の知り合いの――彼の名は。
 安出井京やすでいきょう。いい年こいたそこそこのおっさんである。

Re: 巫山戯た学び舎 ( No.12 )
日時: 2016/12/04 10:29
名前: 河童# (ID: DxRBq1FF)

「ちょっと待って私そんなの聞いてない」
「もうここまで来たのに何言ってるんだよ」
「そうだぜ。いくらおっさんに会うのが嫌だからって。その気持ちはわからなくもないが」

 僕達はある民家のドアの前で立ち往生していた。赤い屋根の、大きめの一戸建て。見た目だけならなんだか仲良しな夫婦が住んでいそうな家。
 しかしそこに一人暮らしのおっさんが住んでいるとなるとどうだろうか。途端、怪しくなってくる。いや、彼はただ家に住んでいるだけなのだが。やはりそういうイメージが付きまとうので、壕持さんは嫌なのだろう。

「いやいやいやいや。そういうことじゃないわよ。私はね、なんで見知らぬオッサンの家に入らなきゃいけないのかって聞いてんの!」
「……? いや、だって僕の知り合いだし――」
「普通中学生の知り合いって言ったら中学生だと思うでしょ! なにが悲しくて中年と仲良くしてるのよ! そもそも嫌な予感はしてたのよ、音桐君の知り合いなんて絶対何かあるなって。でも、それは性格だと思ったのよ。まさか年齢だとは思ってなかったわよ!」
「あ、性格もおかしいよ?」
「なお悪いわ!」

 そうか、確かに中学生の知り合いと言えば同じ中学生――せいぜい高校生を思い浮かべるだろう。常識って難しいな。そう痛感する。
 しかし、僕の知り合いというだけで変なイメージをするのはやめてほしい。僕だってまともな知り合いくらい……。……いなかった。というか、そもそも僕には知り合いがほとんどいなかった。友達がいないやつの知り合いが変なやつというのは、わからなくもない。
 友達がいないということは、話す相手がいないってこと。話す相手がいないということは、つまり常識のすり合わせができないということだから。そんな理由で本人が変になり、類は友を呼ぶ現象により、変な奴としか仲良くなれないのだろう。
 そして、このまま話し合っていても埒が明かないと思ったのか、笛子君がインターホンを押した。

「なっ……」

 と、きっと中学校生活で絶対そんな顔をしないだろうというような驚愕の顔をする壕持さん。きっとまだ異論が有り余っているんだろう。
 だが世の中は厳しいようで、普通にドアが開いてしまった。

「おう、宗谷。もう来たのか――ん? なんか多いな。まあいいか、入れ入れ」
「お邪魔しまーす」
「お、お邪魔します」
「えっ、なんでそんなに軽く入れるのよ。ちょ、ちょっと! お邪魔します!」

 なんだかんだ話していたけれど、案ずるより産むが易しとは昔の人はよく言ったもので、彼女はすんなりと家の中に入った。
 その家の中は、外見から想像出来ないほどに散らかっており、何かしらの書類だの、文房具だのが床に散乱している。ちょっと待て、タンスが倒れているのは見過ごせない。散らかっているというレベルではない。
 軽く入った笛子君も、嫌々だった壕持さんも、この家の有様を見て呆然としている。どちらも綺麗好きのようだから、尚更ここは見るに耐えないのだろう。
 そして、どちらからともなくこう言った。

「お願いです、まずこの家を片付けさせてください」

 そして30分後。やっと見れる部屋になった所で片付けは一段落したようだ。今日始めて会ったばかりだと言うのに、長年のパートナーのような手際で2人は掃除をしていた。僕はひたすら雑用をしていた。

「おーおー、随分綺麗な部屋になったもんだなー」

 しかしこのおっさんは何もしなかった。というかさせなかった。最初は、笛子くんが指示を出していたのだが、まさか片付けたことにより、もっと汚くなるとは思わなかった。
 その時の2人の顔は見ていられなかった。大人というものの幻想がこんな所で崩れるとは彼らも思っていなかっただろう。
 少しだけ跳ねた茶髪に、まだ若さを感じられる切れ目。そして長身も相まって見た目だけならスーツの似合う社会人っぽいのだが、中身が家事ができないただのおっさんである。外見と中身がかけ離れているという点で、笛子君とは仲良くなれると思ったのだが、違ったようだ。

「音桐、そんな軽い考えで俺とこのおっさんが仲良くなれるとか考えてたのか……? やっぱりお前も変だよ」
「そうかな?」
「そうに決まってるわよ。そうじゃなかったらそもそもこんな事になってない」
「それは確かに」

 この短時間で随分と笛子君と壕持さんは仲良くなったものだ。なんだか僕がハブられているみたいで少し寂しい。

「まあそんなことより、見せたいものがあんだよ」
「あんたのせいで私達はこんなに疲れてるんだよ!」
「あいだっ!」

 2人のチョップが飛ぶ。まるで親戚のような仲良しさだが、これは片付けをしないおっさんとそれを片付けてあげた初対面の子供達ということを忘れないでほしい。

「そんなに言うってことは、随分面白い物ができたみたいだね?」
「おう、そうだ」

 あまりにも可哀想だったので、助け舟を出す。
 すると京さんはさっきまで殴られていたことを忘れさせるような明るく笑った。なんだろう、助け舟どうこうを抜きにしても、なんだか気になってきた。
 こっちだ、と別の部屋に移動する京さん。僕達もそれについていく。
 すると、予想以上の物がその部屋の中にあった――というか、いた。
 2人の息を呑む音が聞こえた。
 壕持さんは目を見開き、無言のままに驚く。笛子君は疑問を隠しきれないように口を開け、僕に疑問を問いかけてくる。

「なあ、なんだよこれ。音桐、聞いてたのか?」
「……いや、僕も初めてだよ、こんなことは」
「お、お前ら驚いてくれたみたいだな。ならよかった」

 相も変わらず呑気に話すおっさん。しかしそんなことが気にならないほどに僕は――僕達はその光景に目を奪われていた。
 そして、壕持さんが誰に言うわけでもなく話す。

「聞いてないわよ……。まさかおっさんの家に少女が監禁されているなんて……」
「いや、それは違う。こいつは、俺の制作した人間型アンドロイド『安泥杏あんどろあん』だ!」
「……人間型」
「アンドロイド?」

 そう。その部屋には、謎の少女が目を閉じて椅子に座っていたのだ。
 そして、安泥杏という名前のようなものを呼ばれた途端、ゆっくりと目を開き、言った。

「ハカセ 。アンドロイドは人造人間という意味なので、人間型アンドロイドは意味が重複しています」

 と。

Re: 巫山戯た学び舎 ( No.13 )
日時: 2016/12/09 02:55
名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)

「ねえ安出井さん、私貴方のことを誤解してたわ」
「ああ、俺もだ」
「僕もだよ」
「部屋が汚いだけで、実はまともな人だと思ってたぜ」
「それがまさかね……」
「少女を部屋に監禁して博士なんて呼ばせてる変態だったなんて!!」

 京さんを3人で取り囲み、絶叫する。赤い巻き毛の少女は、特に表情を変えることもなく、こちらを見ていた。
 しかし京さんはそんな彼女とは正反対に、大慌てで僕達に反論する。

「違うって! だから、俺の開発したアンドロイドなんだって!」
「いくら独り身が寂しいからってその辺の女子を拉致してきちゃ駄目だよ!」
「だから違うってば! 杏からも言ってくれよ!」

 僕達の追求に怖気付いたのか、彼が少女に呼びかける。そんなことをしても、拉致監禁の罪は無くなるはずもないのに。そして、呼びかけに、まるでロボットのように俊敏に反応し、杏と呼ばれた少女は話し始める。

「はい、ワタシ――は。安出井京博士の開発したアンドロイドです」
「そんなプレイに付き合わせるなんて! おっさん最低だぜ!」
「ああ、もう! 杏、ロケットパンチ!」
「はい」

 迷走をしたのか、もはや人間に出すはずのない指示を出す。可哀想ではないか、そんな腕をもげという指示を僕達と変わらないくらいの女の子に出すなんて。そんなんだからいつまでたっても独り身なのだ。警察に通報しなければ!
 と、安出井家の電話を探そうとしたところで、僕は膝から崩折れた。僕だけだけではない、先程まであれだけ責め立てていた壕持さんも、笛子君も、腰を抜かし、座り込んだ。
 なぜなら――彼女の細腕が一直線に吹き飛び、握り拳が壁にめり込んだからである。
 京さんが『それ見たことか』と輝かしい笑顔を浮かべていることだなんてどうでもいい。

「腕が……はず、れた?」
「まさか本当に……」
「アンドロイド、だったのか?」
「だから言っただろ! アンドロイドなんだってば!」

 確かに真実だったが、別の意味で騒がしくなる。
 それを見た今でも信じられない。腕が外れるなんてそんな巫山戯たことあるだろうか。僕は立ち上がり、めり込んだ杏さんの握り拳を触ってみる。……どう触っても、人間の肌のようだ。よくある、シリコンでぶよぶよとしている感触、というのはない。どんな材質を使ったらこうなるのだろうか。
 壕持さんは、少女を頬をつねり、縱橫に引っ張る。そして、口が無意識の内に開き、

「ありえない……。ありえないわ、こんなこと」

 と呟く。現実とは思えない。だからといって、夢なんかではない。
 じゃあ、これは一体。

「……とりあえずさ。状況を整理しようぜ」
「そう、だね」

 やっと落ち着きを取り戻した笛子君が僕達を正気に戻してくれる。
 さて。今のこの状況。僕の知り合いが見知らぬ少女を監禁していたかと思っていたら見知らぬ少女は知り合いに製造されたアンドロイドらしい。
 ……。

「いや、整理してもさっぱりわからないわよ。なんでおじさんはアンドロイドを作ったのよ」
「ん? ああ、暇だからだ」

 ここまで場を騒がせた元凶から、何やら軽い返答がなされたようだ。うん、もう一生京さんは黙っていたほうがいいよ。
 あー、もう! と、壕持さんが言った。

「もう常識とかどうでもいいから、受け入れましょう? このおかしい状況を」

 確かに、ずっとここで意味不明な点を挙げていてもキリがない。それよりだったら適当に受け入れて、面倒臭い解釈なんてしないほうがいいのかもしれない。
 そして、改めて少女を見ると、赤い、羊のような巻き毛に、冬に着るような橙色の縦縞のセーター、なんだかふわふわとしたスカートに黒タイツ――と、肌を極力見せないような格好をしている。
 顔は、いつまでも無表情だ。垂れ目がちのその目を覗いていると、吸い込まれていきそうだ。

「なんでそんなに厚着させてんだよ、おっさん。杏ちゃんが可哀想じゃないか」
「そりゃ、金がなくて肌の素材をそこまで買えなかったからだよ。肘の上辺りからかなり人間らしさは消えてるぜ」
「おい」
「わからなくもないよ」
「おい」

 お金の問題は大きい。それだけは京さんと同意見である。
 しかし、その服で隠された部分以外をみると、このアンドロイドは本当に人間にそっくりである。人間に近づけたロボットは、逆に人間らしくない部分が肥大化して見えるという、不気味の谷現象が、起こっていない。
 この暖かい時期にこんな暑そうな格好をして、汗一つかいていないということを除けば、人間らしくなさが1つ残らず排除されている。
 ……ただ。

「人の名前の呼び方だけは片言なんだね」
「そうみたいね。ねえ、杏……さん? 私壕持っていうの。ちょっと呼んでみてよ」
「ホリモチ――さん」
「うーん。やっぱり片言かあ」

 まあ、名前のイントネーションというのは訛りによってころころと変わるし、これも1つの方言だと思えば。
 名前以外はかなり流暢な発音で、抑揚の付け方もほぼ完璧なのは凄いと思う。――そこに京さんの変態性を感じるのは気のせいと信じたいが。

「俺は笛子緋色っていうんだ。こっちは音桐宗谷。友達だ」
「友達ですか。私にはよくわからない概念ですが、どのようなものなのですか?」
「……ふうむ、友達の意味とは、深いことを聞いてくれるじゃないか。杏さん哲学的だな」
「そうですか」

 笛子君、非日常に慣れ過ぎだろ。アンドロイドということを僕はまだ消化しきれていないのに……。

「そりゃあお前、蒼と一緒にいたらこれくらいの非日常日常茶飯事だぜ。まあ、アンドロイドは見たことなかったけどな」
「はあ……」

 今頃加賀坂さんと一緒にいる半本さんの安全がかなり心配されたが、まあそれは置いておこう。
 それよりも、僕も杏さんと話してみようかな。

「あの――」
「そうだ」

 と、僕がかなり勇気を振り絞って声をかけようと思った所で、京さんが話し始める。なんだこいつ、今まで黙ってたくせに僕が話した瞬間喋りやがって。何タイミングを図ってるんだよ。
 あーあ、これだからおっさんは嫌なんだよな、空気が読めない。一生黙ってればいいのに。
 しかし、京さんはまだ話し続ける。

「こんなに人数もいるんだ、外に行って杏がどれくらい人間らしく見えるかテストしようか」
「おお、それはいい案だなおっさん!」
「確かに今までのおっさんとは比べ物にならないくらいいい案だわ。そろそろこの汚い部屋から出たかったし」
「たしかに」
「そんなこと思っていたのかお前ら……」

 まあ、良い提案であるのは否定しない。タイミングはゴミだったけれどな。
 そんな不満をぶつけるように、早く行こうよ、と僕らしくなくみんなを急かす。笛子君や、杏さんもそれに続き、僕達はこの汚い家から出たのだった。


第二話「アンドロイドとおっさん」 完